最終話 あなたの本物でありたい

 冒険者になったランドとイリヤが隣街のギルドにやってきて、わたしたちは再会を果たした。すっかりたくましくなっちゃって、面影はあるけれどすれ違うだけならわからなかったかもしれない。みんな元気らしい。ノッポは拠点を出て、サウスやウエストの卒業生たちと家を借りてギルドの裏方の仕事についているらしい。


 村に連れてきてわたしたちの家に泊まってもらう。隠れ里というわけではないのだが、老人と捨てられた子供たち、そしてわたしたちぐらいしかいないので、防犯面を考えてひっそりと暮らしている。隣街まで2時間かからないぐらいだから、買い物なんかにもいけるしね。行ってくれるのはほとんどがカイで、わたしは村にいることが多い。


「ここ、いいな」


「うん、おれたちも拠点にしたいぐらいだ」


 それは大歓迎だ。人が増えるのは嬉しい。

 そんな話をして、ランドたちはギルドの仕事を見繕いイーストに帰って行った。

 何度か手紙のやり取りがあり、元イーストチルドレンのみんながここに来るという。

 もちろん村長や村のみんなに相談し、許可を得た。みんなも人が増えるのは嬉しいと喜んでくれた。



 1年後、元イーストチルドレンのみんながやってきた。他にも小さな子供たちもいた。一緒に来たいと言った子たちだそうだ。

 ミケに抱きつかれた。わたしより頭ひとつは大きい。でも話し方は優しいままだ。


「何で女の子の格好をしているの?」


「ミケ、マジでわかってなかったんだ」


 カートンが驚いている。カートンもガッシリした。頼れるお兄さんって感じだ。

 カートンの上着をツンツン引っ張っているのは5つぐらい下の女の子だ。


「モウロだ」


 赤毛の女の子の頭を優しく撫でている。


「わたしはフィオナ、よろしくね」


 モウロに挨拶すると、はにかんだ笑顔をくれた。


「そっか、『フィオナ』か」


 うん、とカートンに頷く。

 ノッポはさらに大きくなっていて、もう大人だった。隣に茶色い髪の大人しそうな女性を連れている。


「おれの嫁さんになるイートだ」


「初めまして」


 挨拶をしていると、カイに肩を抱かれる。


「俺の嫁のフィオナだ」


「何だよ、もう結婚してたのか」


「おめでとー」


 とみんなに頭を叩かれたりなんだりして祝福された。

 ハッシュは精悍な青年になっていた。ホトリスも男っぷりを上げている。

 9年の歳月で姿形は変わったけれど、軽口を言い合えば空白の時間は感じられない。

 イーストから移動してきたみんなは、隠れ里のみんなとすぐに仲良くなった。

 イリヤとランドは冒険者の仕事に出てはお土産を持って帰ってきてくれる。

 人も増えたことから、罠の仕掛けも多くできたし、獲れる量も増えた。物づくりも余裕ができて森に恵をいただきにもいっぱい行けるようになった。わたしは森と相性がいいみたいで、自然の豊かなところにいくと勘が良くなる。眩しい気がする方を見ていくと、いいものを収穫できる。獣の気配にも敏感なので、森では重宝される存在だ。

 ハッシュもホトリスは隠れ里の女の子とすぐに付き合いだして、来年結婚するという。

 手が器用なカートンが来てから、物づくりのレベルが上がった。わたしたちの作った物はなかなか好評で、発注がくるほどになった。



 唐突にスポットライトに照らされた幽閉されていた第一王子様、アルの評判は上々で、危なげなく新派を増やし、外交もうまくやっているらしい。

 アルからはグッズを提供したお礼だといって綺麗な外国の布をもらった。真っ白な手触りのいい美しい布だった。わたしはそれで結婚式の時のワンピースをこしらえた。

 結婚式といっても、街の教会に行って届け出をして、食べ物を買い込んできて、村では村をあげての宴会をして祝ってもらった。その日からまたカイと一緒に眠るようになった。カイの隣はとても安心できる場所だ。


 それから2ヶ月ほどしてイーストのみんなと合流して。今、こんなに恵まれた生活ができるようになった。


 カイはどんな時もわたしの指針だった。わたしが迷い込んだ時は、わたしよりもわたしのことをわかっていてくれて、いつも助けてもらった。ひとりで生きていくと息巻いていたけれど、わたしの出生の重たい設定に抗っては挫けてしまったのではないかと思う。小説の記憶があることを思い詰めたこともある。でもそれさえも乗り越え、後悔をせずに顔を上げて生きられるのはカイのおかげだ。わたしはそんなカイのためになることをして生きていきたい。


「どうした、眠れないのか?」


「うん、なんかね。思い出しちゃって。いろいろあったけど、いい方向にいって良かったと思って」


「それはお前が頑張ったからだ」


 おでこにカイが口づけをしてくれる。大丈夫だというように。


「カイ、いつもわたしをちゃんと見ていてくれてありがとう」


「お前は俺のフィオナ、だからな」


 下巻を読んでいないことを後悔していたが、それでよかったのかもしれないと今は思う。

 今となってはわからないが。……カイの言うように、復讐はわたしのものではなかったのかもしれない。カイはわたしが復讐を考えるとは思えないとよく言ってくれた。


 わたしは怖かった。いつかとても辛いことが起きて、何かを憎んでいないと心が保てなくて生きていられなくなる日が来ることが。だから逃げ出した。重たい設定は全部取り払って、自由に生きたかった。でもそう思えばそう思うほど、望まないそんな日が来るのではと不安で怖くなることがあった。そうと口にしなくても、そんな時カイがいつも言ってくれた。わたしはわたしだし、わたしは復讐を考えるような性格ではないと。


 ……そういえば、誰の復讐とは書かれていなかった。

 上巻がアニエスの幸せ物語で、下巻はスペアな姉の一人称の始まりだったから、てっきりスペアの姉がアニエスに復讐をするんだと思ったのだ。誰が復讐したのかはわからないけれど、復讐した方もされた方も、果たして幸せになることができたのか……。


 イーストから持ってきてくれたこちらで作ったパッチワークの上掛け。色とりどりで気持ちが明るくなる。離れてからも大切に使っていてくれたことがわかる。お前のだと持ってきてくれたのだ。今日洗ったばかりだから、干したお日様の匂いがする。お日様とカイの匂いに包まれる。


 わたしはこういう何気ない日常が宝物だ。特別な幸せではなくて、毎日の幸せを喜びとしたい。でも、わたしひとりだったら、そんなことに気づきもせず、前世の記憶に振り回されるだけになったんじゃないかと思う。でも、カイがいた。みんながいた。いろんな出会いがあった。だから振り回されるだけにはならなかった。勝手に絶望したり思い詰めたりしないですんだ。あらがったり、行動することができて、それで道が開けたんじゃないかと思っている。


 カイにギュッと抱きつく。カイと出会えて本当によかった。

 カイがわたしを見ていてくれたから、わたしという存在を確立できたのだと思う。

 わたしはわたし以外の何者でもない。

 たとえ運命が小説の世界のようにわたしを誘おうとしても、そんな厄介な設定は蹴飛ばしてやる。


 わたしはフィオナだ。


 カイの隣で一緒に過ごして時を重ねて生きたいんだ。


<完>





 拙い物語に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

 心から感謝いたします!

 seo拝

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転生したらスペアとして生かされているようですが、重たい設定は蹴飛ばす所存です seo @kohagi-seo

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