第29話 スペア

 それから数日、穏やかに時は過ぎていった。

 井戸の水汲みから始まり、掃除、ご飯の支度、手仕事をする。カートンとミケは時々森に行ったけれど、わたしはテントの中で過ごした。街の外に出るのは少し控えるつもりだ。


 テントに篭っていると、ミケやカートンが心配して、買い物に出ようと誘ってくれる。

 気持ちはありがたいから、外に出る。

 わたしは編んだ帽子を被るようにした。なるべく深く被って顔が見えないようにする。


 ミケと雑貨屋に行って糸と縄を買い込んだ。縄は新しいタイプの罠を仕掛けるのに必要なものだ。

 帰り道、立派な服を着た人たちが前を歩いていた。


「殿下からも関わらないよう注意があったばかりじゃないですか、行って大丈夫なんですか?」


「金でもチラつかせれば、すぐに尻尾を振ってくるだろう」


 自警団であったお嬢様のところの執事ではないかと思った。距離を取りつつ、聞き耳を立てる。


「ワーク様はどうしてあの少年に執心するんです?」


「スペアにできるじゃないか」


「はい? 男の子ですよ。少ししたら顔立ちも全く違くなるじゃないですか」


「栄養をとらせないでゆっくり成長させればいい。替え玉がいなくなって困っていたんだ。それにあれはストリートチルドレンだ。いなくなっても誰も探したりしない」


 ミケが立ち止まって、わたしの手をきつく握る。


「フィオ」


 泣きそうな顔をしている。ミケにもわかっちゃったか。まあ、そのまんまの会話してたもんね。


「ミケ、今聞いたこと誰にも言っちゃダメだよ」


 ミケは頷く。


「かち合うと嫌だから、遠回りして帰ろうか」


 ミケはもう一度頷いた。


 双子の姉でなければ避けられると思った。男の子で、ひとつ年下で。似ていると思われてもなんとかなると思った。その考えは甘かったようだ。

 あの人たちに捕まったらアウトだ。


 それに……どうしても我慢できなくて王子の企みを知っているんだと暴露してしまったが、あれはよくなかった。今は黙認されているけれど、いつ怒りとなり脅かされるかわからない。王族が王族以外をどう扱おうと、許される立場なのだから。あの小説では王族はそのように描かれていた。わたしが暴露したことで、知ってしまったカイも、自警団の調書をとった人も、いずれ危険な目に合うかもしれない。口封じとか考えるかもしれない。


 …………………………………………。

 けれど、……元凶であるわたしがいなければ、何が語られたって調べようがないから、話は大きくならない。本人がいなければ噂にしかなり得ないから。


 スペアになるのは嫌だ。いつか復讐にはしるまで、憎むことになるのは嫌だ。

 それにあんな考えじゃ、あいつらがみんなに何をするかわからない。


 わたしは、離れるべきだ。なるべくそう決断したくなかったけれど、いろんなことがここにいるべきでないと、そう指している。

 ここにいられない。カイやみんなと一緒にいられない。それが一番哀しい。

 覚悟を決めれば、残された日を楽しく過ごそうと思えた。

 一つ一つ覚えておきたいと思った。いつでもすぐに取り出して思い出せるように。楽しいこと嬉しいことで心をいっぱいにしておきたかった。


 ああ、そうだ。カイに税金を返しておかなくちゃ。わたしは紙に金貨を包んで、紙には拙い文字でありがとうの文字を書いた。

 それからお別れの置き手紙を。それを書くのが一番大変だった。すぐに涙が出てきてしまって、気持ちがいっぱいいっぱいになり書くべき言葉がなかなか出てこなかった。だからものすごく素っ気ない文章になった。理由があって出ていくこと。みんなのことが大好きなこと。今まで、ありがとう、と。

 誰かと常に一緒にいなくてはいけないわたしには、なかなかひとりになれる時間はなかったけど、なんとか手紙は書いた。文字を習っておいて本当によかった。


 5日後、侯爵家からのお礼が届くという。きっとその日に何かしてくるつもりだろう。この前はそのことを伝えにきたようだ。

 だから、2日後の休日の次の日、みんなが働きに行った時に、手紙を置いて出ていくつもりだ。

 後3日、できるだけ楽しく過ごしたい。



 地図を買った。それから携帯食や食料、調味料なんかもミケたちの目を盗んで買った。

 隣町だとすぐに追われそうなので、山越えを選ぶつもりだ。テントやら何やら必要なものは買い込みバックちゃんに入れていった。

 みんなの持ち物も手入れしておいた。作り置きにできるおかずも作りだめしておいた。

 ちゃんとお礼をして、ちゃんと話して出ていくべきだが、そうすると行きたくない気持ちが勝ってしまいそうなので、黙って出ていくことを選んだ。


 休みの日にはキイロ食堂のご馳走を食べた。煮込み料理や、パンにいろいろ挟んだものもちろんおいしかったけれど、果実水にわたしは感動した。やはり甘いものに飢えている。

 みんなもプロが作ったおいしいご飯を食べられてとても喜んでいた。

 みんなでご飯を食べて、みんなで分かち合う。満たされて楽しい時間。

 それらの何気ない日常が、わたしの何よりの宝物となった。



 最後の日の朝ご飯は一人一人の好きなものを作った。


「品数がいっぱいだな」


「うん。今日は頑張った」


 わたしは胸を張る。

 みんなと会えて、わたしはめちゃくちゃ幸運だった。

 だから、本当にありがとう。願わくば、いつか、遠い未来にまた会えたらいいな。



「行ってらっしゃい」


 みんなが片手を上げて出ていく。


「おれたちは今日はどうする?」


「わたし、雑貨屋に行きたい」


「雑貨屋? うん、行こうか」


 先に出てもらって、わたしは棚の上に手紙をおいた。カイの引き出しの中に税金を包んだ包みを入れた。


「お待たせ」


 カートンとミケの後に歩き出す。少し歩いてから声を上げる。


「あ」


「どうした?」


「忘れ物。先行ってて」


 ふたりの顔が歪んだように見えた。


「一緒に行くよ」


 そう言ったミケの袖をカートンが引っ張っている。


「すぐそこだよ」


 わたしは安心させるために言った。ごめんと心の中で謝りながら。


「そうか?」


 ふたりはどこか不安そうな顔をしていた。


「カートン、ミケ!」


「ん?」


「バイバイ」


「おう、待ってるからな」


「……うん」


 カートンとミケが雑貨屋を目指して歩き出す。

 肩を組んだふたりをずっと見ていたくなる。でも、ダメだ。

 踵を返して走り出す。泣いている場合じゃない。

 気が変わらないうちに街をでなくちゃ。

 わたしは周りを気にしながら、拠点をそのまま通り過ぎ、裏門と勝手に呼んでいる穴を潜った。


 街道先の細道を登っていくんだっけ。

 唇を噛みしめても涙が出てくる。最初は拭いていたが、どうでもよくなってそのまま歩いた。

 登り道は当たり前だけど普通の道より息があがる。いつしか涙も乾くだろう。

 どれくらい登っただろう。振り返っても山裾も見えなくなっていた。

 わたしは息を整えて、歩き出した。

 人影?

 木に寄りかかるようにしていたのはカイだった。


「遅い!」


「カイ、なんでこんなところに?」


「お前の考えなんてお見通しだ」

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