第28話 春の祭典⑤囮

 自警団に連れていかれてからも、わたしはカイにしがみついていた。お医者さんに診てもらおうと散々言われたけど、頑なに首を横に振った。


 部屋の中に突然人が増えた。その中には身分も意識も着ているもの何もかも〝高い〟子供がいた。カイと同じぐらいだろうか。くすんだ金髪に紫の瞳をしていて、しばらく会っていないアルを思い出させた。

 少年はまっすぐわたしに向かってくる。わたしはカイの上着をギュッと握りしめる。


「君がフィオだね。本当だ。アニエスにそっくりだ」


 彼は……。


ーーーーーひだまりの中にいたような金髪に紫の瞳をした王子様が私の手をとった。

ーーーーーアニエスって呼んでもいい? 私だけがそう呼びたい

ーーーーー家族からはアニーと呼ばれている。アニスとエメリーヌからとってくださったんだわ。王子様だけが呼んでくださる私の愛称。

ーーーーーアニエス、とても可愛い響きだと思った。


 小説の一節が頭をよぎった。そうだ、〝アニエス〟は第二王子殿下だけの愛称だった。


「礼を尽くしなさい。第二王子のレイモンド殿下です」


 カイが胸に手をやり頭を下げたが、わたしは頭を下げる気にはならなかった。


「殿下、お許しください。この子供は怖い目に遭い……」


 自警団の人がとりなそうとしてくれている。


「いや、構わないよ」


 優しそうに言う。


「君には災難だったけれど、お陰でアニエスの誘拐の首謀者が特定できた、だから礼をしたいと思ってね」


 災難? 白々しい。


「では礼として二度とわたしたちに関わらないでください」


「貴様、殿下がお優しいから調子に乗りおって、なんてことを!」


 わたしはカイの上着を引っ張る。


「帰ろう。こんなところにいたくない」


「レイモンド様!」


 お嬢様が駆け込んできた。そしてわたしに気づき、わたしの手を取ろうとする。


「フィオも無事でよかったわ」


 わたしはその手を振り払った。

 周りの空気が凍る。


「こいつ、お嬢様にまで!」


 わたしを捕まえようとした自警団を殿下が止める。


「いや、いいんだ。彼にはそうする権利があるから」


 第二王子はわたしが気づいていることが分かったのだろう。

 わたしはカイを引っ張った。

 そのままズンズン歩いて自警団の詰所から出る。


「フィオ、……どうした?」


「王子とお嬢様と二度と会いたくないし、同じ部屋にいたくなかった」


「どうして?」


「嫌なものは嫌なんだ」


 貴族より平民の命は軽く見られるってほんとなんだな。それも小さいうちから、そんな計画を立てて、胸も痛めない。あんなのが国のトップになっていくと思うと、それも絶望的に思える。


「ちょっと待って、フィオ、どうしちゃったの?」


 お嬢様が追いかけてきた。どうして放っておいてくれないのだ。


「申し上げた通りです。二度と関わらないでください」


 お嬢様は俯く。


「私と間違われて怖い思いをしたから、私を嫌いになったのね?」


「アニエス、やめるんだ」


「でもレイモンド様」


「フィオはそれくらいのことで、こんな態度をとる奴じゃない。お前たちがそんな態度をさせるぐらいのことをこいつにしたんだ。行くぞ」


 今度はカイに引っ張られる。


「で、何があったんだ?」


 歩きながらカイに尋ねられる。


「……もう終わったから、いい」


 カイが振り返る。


「本当にいいのか?」


「うん」


「わかった。帰ろう」




 拠点にはみんな揃っていて、ご飯も食べずに待っていてくれたみたいだ。


「お前一番ちびっちゃいのに、なんだって危険な目にばかりあうんだよ」


 ハッシュにギュッとされる。連れ去られる前、最後に話したのが彼だったからことさら心配させたみたいだ。


「みんな、ありがとう。この笛さっそく役に立った」


 これで助けを呼んだんだといえば、みんなが嬉しそうにする。

 みんないなくなったわたしを探すのに走り回ってくれて、お祭りを楽しめなかったみたいだ。ご飯も買うどころではなく。

 大きなお鍋にお水とご飯と野菜やお肉も入れておじやにする。こういうのもおいしいよね。いろんなものを入れるとそれぞれから出汁が出ておいしくなるのだ。

 熱々のおじやをお腹いっぱい食べてその日は終わった。




 次の日、自警団に呼び出されて、連れ去られた時のことを聞かれた。実際の起きていて覚えていることは少ないからそんなに話すことがあったわけじゃない。カイが一緒だったから話すのは嫌だったけど、包み隠さず話した。話してもきっと何も記録されないんだろうなと思いながら。


 自警団からテントに帰る途中に騎士に呼び止められる。主が呼んでいると。わたしははっきりと嫌だと言ったが、それではと強制連行された。カイは関係ないから放すように言ってはみたが聞いてもらえなかった。


 騎士の主といえばおおよそ見当はついていたが、やはり第二王子だった。

 馬車の中は殿下とわたしとカイだけだ。王子は侍従や騎士を遠ざけさせた。


「関わらないでほしいとお願いしたはずですが」


「私はそうする。今後関わらない。けれど、これは私の考えでやったことだからアニエスは知らなかったんだ。忠実に私のいうことを聞いただけだ。だからアニエスを嫌わないでやってほしい」


 そういうことにしたいのね。


「嫌うも何もありません。とにかくあなた方と一切関わりたくありません」


 王子はため息をつく。


「アニエスは君たちと過ごした時間がとても楽しかったみたいだ。また遊びに行きたいと言っている。どうかな?」


 よくそんなことを言えるもんだ。どんだけ面の皮があついんだ。


「お前、フィオをオトリにしたのか?」


 王子がわたしを見る。


「君たち、ストリートチルドレンとは思えないな」


 カイがレイモンド王子を殴った。息を呑む。だって、王子を……。


「カ、カイ」


 そりゃまずいと上着を引っ張る。


「……だから、守りをつけていた。証拠がつかめればよかったんだ」


「守りをつけていた? だったら拐われたことを知ってたんだよな?」


 笛は吹いたけど、くるタイミングが良すぎた。その前の物音、あれはもう近くに自警団がいたのだろう。守り? とても守られたとは思えないけれど、ついてきていたのは確かなんだろう。


「だったら、なんでそこで助けない?」


「首謀者を特定する必要があった。だから泳がせてはいたけれど、安全を考えて守っていた」


「守りきれるならお嬢様でやればいいだろ? なんでお嬢様でやらないんだ? 安全じゃないからだろ? フィオだったらいいっていうのかよ? そういう考えのやつは、平気で見殺しにできるんだ。お前が王太子じゃなくてよかったよ」


 カイが吐き捨てるように言った。

 カイの言うことが不敬罪になるんじゃないかと思って、ハラハラする。


「カイ、いいよ。助かったから。でも、わたしはもう一生関わりたくない」


 わたしは王子を静かに見た。


「そりゃ怒るよな」


「……わたしは哀しいだけです。そしてこれ以上哀しくなりたくないんです」


「殿下、アニエスお嬢様が」


 外から結構大きな声がして、少ししてドアが開き、お嬢様が乗り込んでくる。


「レイ、私だけ仲間外れにしてひどいわ。カイとフィオもご機嫌よう」


 場違いに明るい笑顔で乗り込んでくる。王子のほっぺが赤いことに気づいて、手を当てる。


「レイ様、頬が赤いですわ」


「ああ、これはなんでもないんだ」


 お嬢様がわたしたちをキッと見る。


「アニエス、なんでもないんだ」


 王子は再びゆっくりと言った。


「そうですの? 馬車の中で何を話されていたんですの?」


 自警団で会った時の、一生懸命令嬢を目指している姿。テントでの普通の子供と変わらない天真爛漫な姿。そして今の淑女の中でも渡っていけそうな姿。

 お姉さんぶる演技にすっかり騙された。


 お嬢様も知っていたと確信した。1日目は街に出て、2日目は籠るようにと。指示されていたのだろうけど、それだけでなく意味もわかっていたはずだ。

 王子はわたしたちがお嬢様を匿った1日目の夜にでも、侯爵家にイーストチルドレンに紛れ込んでいるようだと伝えたのだろう。餌を撒いた。侯爵家の裏切り者はまんまと餌に飛びつきその情報を流した。2日目お嬢様はテントに籠る。外に出るのは似通っているわたしだ。


 はは、笑える。双子とわかっていなくても、女の子と思われていなくても、わたしは身代わりになることが決まっているみたいだ。


「行くぞ。二度と関わらない、絶対にそうしてくださいね」


 カイに引っ張られて馬車を出る。

 お嬢様はカイと王子を交互に見ている。


「帰るぞ」


「うん」

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