第26話 春の祭典③呼び出し
自警団からわたしとカイ、そしてポーラとニマが呼び出された。
わたしたちは一室に案内される。通されるとそこにいた大人たちは、わたしを見てみんな息をのんだ。
ふと中に目をやると、ストレートの銀髪を長く伸ばした、とても可愛い子が目を見開いてわたしを見ていた。
「うわー、本当にそっくりだわ。あなた、私の弟なの?」
歩み寄ってきた子がわたしの両手をとった。
なんでこんなところにお嬢様が……。
目を開いているお嬢様は、わたしにそっくりだった。銀色の髪がストレートなこと。瞳の色はわたしよりも濃いし、ミケよりも大きい。わたしとは1、2年は歳が違うと思われるだろう。でもそれらは些細なことだ。雰囲気が何よりも似ていて、わたしは無意識に自分を抱きしめていた。
「こちらのお嬢様が君たちにどうしても自らお礼を言いたいとおっしゃってね」
わたしたちはお嬢様から呼び出されたようだ。
「セイラ、鏡を出して」
お嬢様が侍女を振り返る。
侍女はサッと手のサイズはあろうかの大きなノート型の鏡を取り出して、それを開いた。
わたしの隣にお嬢様が並び、鏡を見るよう促される。ストレートの銀髪のお嬢様に、まるでその弟のようなふわふわの銀髪をした幼い少年が映し出される。
「ねー、まるで姉と弟だわ」
「お嬢様、侯爵家の令嬢がストリートチルドレンなんかと似ていていいはずがありません!」
背の高い、髪をギュッと縛り上げた年配の女性が言う。
「そうですよ、お嬢様。今は小さくて可愛らしい顔だちだからそう思えるだけで、あと1年もすれば彼は男の子らしくなっていって、お嬢様とは似ても似つかなくなるでしょう」
執事らしい人のその台詞を聞いて、わたしは鳥肌がたった。
1、2年経っても、わたしには男の子らしいところなどでてきっこない。わたしは男じゃないから。
「さ、お嬢様、今日ここにいらしたのは何をするためでしたか?」
お嬢様はわたしから手を離した。
「いっけなーい。皆様も集まっていただいたのに、ごめんなさい」
そしてわたしたちに向かってきれいなカーテシーをした。
「アニス・エメリーヌ・ルパープです。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
顔をあげ、はにかんだように微笑む。それがものすごく可愛らしくて魅入ってしまった。
ニマとポーラは完全に顔を赤くしている。
「今日はチョクセツお礼が言いたくて、ジケイダンの皆様に無理を言ってこちらにきていただきました」
7歳のはずだけど、とてもしっかりしている。
侍女に持たせていた何かを、わたしたちひとりひとりに手渡す。
「こちらはお嬢様からのお礼だ」
と執事さんの注釈が入る。
「私の大好きなお菓子を詰め込みました」
ここら辺は子供で安心する。
「お嬢様とは別に侯爵家からのお礼は」
「あの、いただけません」
言い切ったのはカイで。
「カイ、何を言うんだ」
自警団の人がカイを止める。
「俺たちお嬢様を助けたわけじゃないです。仲間を助けに行って、そこにたまたまお嬢様がいただけなので」
執事がふっと微笑む。
「わかっているよ。でもそれでも助けられたことに変わりはない。だからお嬢様や侯爵家の気持ちをどうか受け取って欲しい」
カイとニマは顔を合わせて、頭を下げた。
「わかりました。ありがたくいただきます」
「本当にありがとう」
とお嬢様はひとりひとりの手を握った。その時他の人にはわからないように手の中に紙を滑り込まされてわたしは動揺した。帰っていいと促されて、わたしたちは足早に自警団の施設を出た。侯爵家からのお礼は後から届くとのことだ。よくわからないが。
外に出て、わたしはカイの上着を引っ張った。少し離れたところで路地に入って紙を広げてみた。
『30分後に教会の裏にみんなで来てください』
と書かれてある。
「どーする?」
ニマがカイを伺う。
「フィオ、お前がもらったからお前が決めろ。どうしたい?」
どうしよう。でもわからないままだとずっと気になる。そしてわたしひとり呼び出されたわけでなく、みんなでとあった。
「行くだけ行ってみていい?」
わたしが尋ねると、みんなが頷いてくれた。
教会の裏で4人で固まっていると、地味な色のコートを頭から被った子供が走り込んできた。コートを取れば、お嬢様だった。息を整えている。まさかのお嬢様ひとりだ。
「来てくれてありがとう。ごめんなさい、時間がなくて。お願いします、助けてください」
え?
「私の周りに信じられる人はいません。でも、あなたたちは私を助けてくれました。どうかお願いします。もう一度助けてください」
「何言ってんだ、じゃない、言ってるんですか?」
ニマが慌てふためいている。
お嬢様の赤みがさした頬に涙が伝って落ちたからだ。
「私はまだ狙われています。その間、カクマッて欲しいのです」
「カクマッテ?」
ポーラが首を傾げる。
「隠して欲しいってことだ」
ニマがポーラに説明する。
「それ、お嬢様が考えたことじゃないよな? その考えてくれた人に守ってもらってくれ」
ピシッと告げたのはカイだ。
そう言われてお嬢様の顔が歪む。
「私もそうしたいのです。レイに一緒にいてくださいって言いました。でも、どこに敵がいるかわからないからって。私を助けてくれたチルドレンさんたちなら、きっと守ってくれるって」
ひっくひっくとしゃくりあげる。
「あんなー、泣きたいのはこっちだ」
しゃくりあげる女の子をものともせずカイは言った。
「レイってもしかしなくてもお嬢様の婚約者の第二王子のレイモンド様のことだよな?」
「なんか嫌な感じだな。あんたの誘拐は王子様の婚約者だったからなのか?」
ニマもお嬢様に詰め寄る。
「あのさー。それどう聞いても王族問題だよな、あんたの誘拐は。王族問題におれたちみたいな後ろ盾がないストリートチルドレンが関わったってわかった場合、おれたちは簡単に殺される。それわかってて、お嬢さんはおれたちに匿えって言ってんの?」
ニマは流石にリーダーだけある。物事の本筋を見極める能力がある。
「ごめんなさい。お父様たちにちゃんと説明します。私が無理を言ったんだって。あなたたちに迷惑はかけません。お屋敷にはいられないの。誰が裏切ったのかわからないから。レイが調べるからその間みつからないように匿ってもらえって」
ハラハラときれいな涙を流す。
「泣いても、何も変わらないだろ?」
言いながらカイは手拭いをお嬢様に差し出した。
ただお嬢様は婚約者のレイモンド殿下を信じ切っていることはわかった。大人たちの目を掻い潜りストリートチルドレンに助けを求めるなんて酔狂すぎだ。
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