第28話 淫魔とお別れ
「魔界に、帰るんですか?」
「当たり前でしょう」
「で、でも。また人間界に来られ──」
「今回の件でお母様がかなり心配してるのよ。もちろんお父様も気にかけてるわ。場合によって人間界に来られなくなる、って言うのはそう言うことよ」
「そ、そんな……」
リリアは俺の顔をチラリと見る。そして、何かを決意したようでキリッとした顔つきに変わった。
「ま、魔界には帰りません!」
「リリア!?」
「ま、魔力だって何とか──」
「無理よ。言ったでしょ。一時的に与えただけだって。あなたの魔力はもうほとんど残ってないのよ。だから仮に今そこの人間があなたと……せ、せっくちゅしても魔力には変換できないわよ」
一番大事なところで盛大に噛んだ……。うわぁ……顔真っ赤になってる……。
「うぅ〜……」
「そんな可愛く唸ってもダメ。それにこのまま人間界にいたら、本当に消えて無くなるわよ」
「……じゃあ、一度魔界に戻って回復したらすぐに戻ってこればいいんじゃないか?」
ぱぁっとリリアの顔が明るくなる。
「ダメね。魔界とココを行き来するのってすごい難しいのよ。 空間を飛び越えたりするから、下手したら何十年、何百年とか掛かっちゃうこともあるんだから」
あぁ……一気にリリアの表情が暗くなった。つまり、一度魔界に戻ってしまったらいつ人間界に戻れるか保証はできないということか。
それでも、人間界に止まったことでリリアが消えて無くなる。それは嫌だ。リリアが消えるようなことがあれば、俺は一生後悔することになるだろう。
「リリア」
「た、タクミさんからも何か言ってください。ほ、ほら。私がいないと、タクミさん漫画描くのに困るじゃないですか」
「……俺からも頼む。魔界に、帰ってくれ」
「へ……」
リリアの目に涙が浮かぶ。その涙が頬を伝う前に、俺は言った。
「そして、必ず戻ってきてくれ」
「タクミ……さん……」
「この際だから正直に言う。リリアのいない生活なんて、もう考えられないんだよ」
「ふぇっ……」
「も、もちろん俺だけじゃなく、ここの、江口荘のみんながそうだと思う。リリアやリリイがいることが当たり前になってるんだ。……だから、また戻ってきて欲しい」
「……っ」
リリアの目からポロポロと涙が流れ出る。泣かせまいと思って理由を言ったが、結局泣かせてしまった。
「……わかりました。私、絶対に戻ってきます」
「あぁ。ずっと待ってる」
「さ、最後に一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「ん? あぁ。いいぞ」
内容は特に聞かなかった。これから長い時間離れるかもしれない。どんなお願いでも聞いてやりたいからだ。
「し、シルシを、つけさせてください!」
「ちょ!? や、やっぱりここでおっ始めるつもりなの!?」
「きゃー! お姉ちゃんったらだいたーん♡」
「ち、違います! え、エッチはまだしません……! もし、私が戻ってきた時に、タクミさんが遠く離れていても気づけるようにです。絶対に、見つけられるように」
「そんな理由でシルシをつけるなんて聞いたことないけど……まぁいいんじゃないかしら。目印ってことで」
「あーあ、これでお姉ちゃんも処女卒業かー」
「も、もう! 茶化さないでください! だ、ダメでしょうか」
俺の返事は決まっていた。
「いいよ。それくらい、ドンとこいだ」
「……ありがとう、ございます」
「それで、シルシってどうやってつけ──」
次の瞬間、俺の唇は奪われていた。
「!?!?」
「ん……ちゅ……」
頭が真っ白になる。初めてのキス。リリアの顔しか見えない。これがキス。
体が段々と熱くなってくる。
息が苦しいと感じた瞬間、唇は離れた。
「っ……」
「ぷはっ……えへへ。キスって、少し、息苦しいですね」
胸が破裂するんじゃないかってぐらいドクンドクンと脈打っている。これがシルシをつけられた影響なのか。それとも単純にリリアが異常なまでに魅力的なのか、そのどちらかはもう判別が付かなかった。
「い、いきなりすぎるだろ……」
「えへへ、でも、これでシルシは──」
「……も、盛り上がってるところ悪いんだけど……シルシ付いてないわよ」
「「へ?」」
ということは、今俺たちは普通にキスしただけということ……?
「ね、姉様! そういうことは先に言ってくださいよ!」
「い、言い忘れてたの! それに、こ、こんな見られてる中で本当にすると思ってなかったし……」
(お姉様、キス見てみたかっただけなんだろうなー)
リリイだけは何か察したような表情をしているが、姉二人は顔が真っ赤だ。
「す、すみません……。これだと、私が帰ってきたとしても……」
「──見つける」
「え?」
「シルシなんかなくたって、必ず見つける」
「でも、人間界に来た時に、まだこの場所が残ってるとは限らないんじゃないの?」
リリイが顎に指をあてて心配しているが、その点も問題ない。
「それなら大丈夫だな。リリアがいなくなってる間に、俺は超人気漫画を描く。リリアが戻ってくる頃にはバズりまくって、俺はメディアに引っ張りだこだ。テレビや雑誌で俺のことをすぐに見つけられるはずだ」
「タクミさん……」
「手紙でもなんでもいい。連絡をくれよ。再会したその時、改めてシルシを俺につけてくれ」
「……っ!」
「きゃーっ!!! お姉様! プロポーズだよっ!」
「す、すごい……なんかこう、すごいわね……」
「語彙力死んでますお姉様」
「だー! もう茶化すんじゃない! さ、早く行ってくれ! これ以上いられると、名残惜しくなる」
「そ、そうね。それじゃあ、ゲートを開くわ」
そう言うとリリスは何もない空間に魔法陣を出現させた。その魔法陣はみるみる大きくなり、ちょうど人が入れるぐらいの大きさにまで広がった。
「さ、行くわよ」
これで本当に、しばしお別れだ。
「ふふっ、おにーさん。アタシがいなくて寂しい?」
「んなわけあるか」
「ふーんだ、強がっちゃって──」
「と言いたいところだけど、本音を言えば寂しいに決まってる」
「ふぇ?」
「リリイが俺の部屋にいることが今じゃ当たり前だったからな。いないと逆に不自然だ。だから、リリイもまたこっちに来てくれよ。待ってるから」
「ふ、ふーん。まぁ、別に行ってあげてもいいけど?」
「あぁ」
「……」
リリアさん、無言で頬を膨らませるのは何故でしょうか……。
「もういいかしら?」
「……はい。あ、そうだ、リリスさん」
「何よ?」
「リリアをお願いします」
「ふんっ。脆弱な人間なんかに頼まれるまでもないわよ」
「ありがとうございます。面倒見の良さそうな、優しいお姉さんで安心しました」
「……そ、そんなの当たり前よ」
プイッと後ろを向くリリスさん。また会えた時、少しは打ち解けられればよいのだが。
(今までのオスは、私の体を舐めるように見てきたり、褒めても容姿や家柄のことばかりだった……。初めて言われたわよ……優しいなんて……そんなこと……)
「……変な人間」
「え? 変でした?」
「へ、変態って言ったの!」
「なんで!?」
どうやらファーストインプレッションは最悪のままらしい。
「今度こそ本当に帰るわよ! これずっと開いてるのしんどいんだから! ほら、リリアは私の背中! リリイははぐれないようについてくるのよ!?」
「は、はいっ」
「はーい」
やはり面倒見のいいお姉さんだ。いや、姉というよりママにも見えてきた。
「それじゃあタクミさん。少しだけ、魔界に帰り──いえ、お休みをいただきますね」
「……あぁ」
「また、会いにきますから!」
「あぁ! ここで、この江口荘で待ってるからな!」
3人の淫魔は魔法陣の中へ入っていった。そして何事も無かったかのように消えた。
「……行ったか」
部屋はとても静かだった。先程までの喧騒が嘘のようだ。まるで初めから3人は存在しなかったかのように、跡形もなく消えた。
「……あーあ、年取ってから涙腺が脆くなっきてしょうがねぇや」
何年かぶりに、少し泣いた。漫画やアニメを見てるときに涙を流すことはあったが、こうして現実で誰かがいなくなって泣いたのはいつ以来だろうか。
泣いてリリアが戻ってくるわけでもない。涙はもう、いらない。
「俺も、頑張らなきゃな」
リリアが戻ってきたときに胸を張れるように、俺はまた、漫画を描き続けるのだ。
ちなみにこの後、俺はリリアたちが魔界に帰ったことを江口荘のみんなに伝えた。どうして教えてくれなかったんだクソボケ、別れの挨拶できなかっただろこの万年童貞野郎とみんなから詰められてまた泣きそうになったのは、別の話。
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