第4話 リーダー登場!出たな怪人……でなくてゼンニン!


 ぱーん、と脳天気な音がしてクラッカーが炸裂した。同時に光がましかを包む。

 光はすぐに消え、ましかは思わず閉じていた目をそっと開けた。


 視界が少し暗い。触ってみるとヘルメットをかぶっているようだ。ヒガミンゴが興奮して叫ぶ。

「すごいンゴ、ましか!赤い、赤いよ!」

「赤いと何なのよ」

「赤は勇気と力と正義の象徴!リーダー色ンゴ!」

 ましかは鏡を見た。まさに甥っ子が好きだったあれ。ヘルメットを被り、いやにピッタリした、少しテラテラした素材の全身タイツ姿。スカートのような布があってまだ良かったが、体型が気になってしまう。

「……やだ、これ。表に出たくない」

 だいたいこんな派手なコスプレで玄関を開けろと言うのか。その上、下を見ると、部屋の中でブーツ。

「ふざけんじゃないわよ、靴履いてるじゃないの!何でここで変身させたのよ!」

 ましかは今までの調子でヒガミンゴを蹴り上げた。

「ごぶふぉ!」

 ヒガミンゴが爪先に刺さった。

「うわ、気持ち悪い!」

 ましかは慌てて突き刺さったヒガミンゴを抜き、取れたヒガミンゴで爪先を拭いた。

「ま、ましかのパワーは、スーツでものすごく増強されているので、今までと同じつもりで力を入れると、こうなっちゃうンゴ……ちなみにスーツはおろしたてだから靴も汚くないンゴ」

 ヒガミンゴは腹に穴をあけて、苦しい息の下解説した。ましかはふうん、とうなずく。

「でも部屋の中で靴は嫌よ。変身を解いて現地でまたやるわ」

「ちなみにヒネクラッカーは一度使うと地球時間で12時間は充電しないと再使用できないンゴ」

「何でここで変身させたんだよ」

 ましかは腕を振り上げたが、まだちょっと力加減がわからない。下手にヒガミンゴを殴って部屋を壊したり汚したりしたくない。

「ましか、早く、みんながましかを待ってるンゴ」

 ましかは大きくため息をついた。


 ヒガミンブレスの導く方へ走る。足もすごく早くなっていて、しかも疲れない。これなら車じゃなくて走って通勤できそうだ。

 この格好で世に出ることに我慢できれば。

 ましかはかぶっていた帽子をさらに深くかぶり、コートの襟をしっかりとかき寄せた。

「ましか、むしろその方が変態っぽぐぇあ」

 コートのポケットに突っ込んできたヒガミンゴが余計な嘴を入れ、ましかは黙ってそれを握りつぶした。


 ヒガミンブレスのアラーム音が急により切羽詰まる。

「こ、この辺りはもうゼンニンの影響下ンゴ、気をつけてましか」

 なかなかのタフさを発揮して、ヒガミンゴが息も絶え絶えに説明役を果たす。壊れないものだ。

 ましかは辺りを警戒した。


 確かに、浮かれた小娘が多いな。


 町にはやけに女性が多く、みんな幸せそうにうっとりと鏡をのぞいていた。

「これが私?嘘みたい」

「嬉しい、自分じゃないみたい」

 小娘だけでなく、ましかと同じくらいの女性、もっと年配の女性まで嬉しそうに自分の顔を見ている。

「こんなに明るい表情になるのね」

「これなら自分に自信が持てそう」


 何だ、この居心地の悪さは。


 ましかは背筋がぞわぞわするのを感じた。こんなに全ての人が一様に幸せそうな状況は、おかしい。何かが起こっている。

「きゃーっ!」

 少し離れたところで悲鳴があがり、ましかはそちらへ走った。

「やめて!」

 女性が腰を抜かして物陰から這い出てきた。ましかに必死に手を伸ばす。

「助けて!」

 しかし彼女はましかの目の前でまた物陰に引き戻された。引き戻したのは、プレゼントの箱のような頭をし、花束のように胸に花を抱き腰にリボンを巻いた謎の人型?のものたちだ。

「何あれ!」

 ましかはぎょっとして叫んだ。

「あれは一般市民アタエルン、きっと奥にゼンニンがいるンゴ!」


「うわあ!」

 今度は物陰から男性の声がして、青と黄色の全身タイツが転がり出てきた。もしやあれは。

「ヒガムンインディゴブルー!ヒガムンマスタードイエロー!」

 ヒガミンゴが叫ぶ。コードネームらしいが、無駄に長い上にちょっとくすんでいる。

「その声はヒガミンゴ!き、強敵だ……!」

「僕らまで幸せな気持ちになってしまいそうだ!」

 2人は何とか立ちあがろうと地に手をつき、必死に震える体を持ち上げようとしながら叫んだ。

「何よ、負けてるじゃない」

 ましかが呆れて口を出すと、2人ははっとましかを見た。

「帽子にコート?」

「変態?」

「違うわよ!」

 さすがにもういいかとましかは帽子とコートを脱ぎ、大事にたたんで少し高いところに置いた。ヒガミンゴには汚したら殺すと言い置いた。


「赤……!」

 ましかを見て、青が叫ぶ。黄色も震えた。

「赤だ……!」

 何だかわからないが、ましかは歓迎されているようだ。

「赤、頼む!世界を救ってくれ!」

「差し当たってはあの女性を助けてくれ!」

 女に頼るなよ、とましかは思ったが、まだ猫をかぶっていた方がいいだろう。ましかは黙って、警戒しながら物陰に近づいた。


 ふらり、と人影が動いた。身構えると、さっきの女性がふらつきながら歩いてきた。

「大丈夫ですか」

 ましかが声をかけると、女性は涙の顔を上げた。

「私が、こんなにきれいになれるなんて」

 腹の底からはあ?とドスの効いた声が出そうになる。奥から、優しい声が女性を励ました。

「泣いてはダメコスメ。せっかくきれいなんだから、笑ってコスメ。私はみんなに幸せを届けたいのコスメ」

 ましかは声の方を見た。

 謎の生き物が蠢いている。

 さっき見たプレゼント頭のアタエルンたちに囲まれて一際目立つ、真っ赤な唇。

 ガラスのような透明なドーム型の頭に、唇だけがついている。胴体は化粧用のパレットのように、見事なグラデーションの丸がいくつも並んでいた。腕はマニキュアか。手には巨大なハケをもっている。


 その赤い唇がにっこりと笑う。

「あなたも、きれいになれそうコスメ」

「お、お前は何者なの!」

 後退りながらましかは叫んだ。

「私はコスメセットゼンニン。地球の皆さんをきれいにして、幸せにするために来たコスメ。きれいになれば争いなんてなくなるコスメ」

 ましかのはらわたが煮えくり返る。昨日の苦い気持ちが否応もなく呼び覚まされる。

「あなたの赤に似合うアイメイクはどれかなコスメ」

 コスメセットゼンニンは胴のメイクパレットをがしゃんがしゃんと入れ替えた。どれだけあるんだ。


 それだけあればそりゃ似合う色くらいあるかもしれない。それを探す気力と時間、揃える財力、見せたいと思える相手、夢を見られる鏡。


「そんなものはないんだ!」


 ましかは叫び、腰のスティックを抜いた。ヒガムンジャーの装備、ヒガミンスティックだ。ましかが振るうと、それだけで当たってもいないのにアタエルンが吹っ飛び、コスメセットゼンニンがよろめいた。

「な、何て力なのコスメ……!」

「す、すごいぞ赤……!」

 ましかはヒガミンスティックをコスメセットゼンニンに叩きつけた。コスメセットゼンニンは手にしたハケで応戦する。

「あなたもきれいになれるのよコスメ!私に任せて幸せになるコスメ!」

 コスメセットゼンニンは明るい赤を取り出し、リップブラシでさっと取った。

「あなたに合う赤はこれよコスメ!」

 それは。昨日ドラッグストアの店員に売りつけられた色。ましかの怒りが頂点に達する。


「明るすぎて肌がくすんで見えるんだよ!」


 ヒガミンスティックはコスメセットゼンニンを両断した。

「下地処理をしっかりすれば、ワントーン明るくなるコスメ……!」

 断末魔を残し、コスメセットゼンニンが火花を散らし、爆発する。

「みんななんて知らないわ。私だけがきれいならそれでいいのよ」

 ましかは振り返りもしなかった。



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