第37話 束の間の別れ、新たなる旅立ち

登場人物

―ウォーロード/ヌレットナール・ニーグ…PGGのゴースト・ガード、単独行動する昆虫種族の青年。

―八目鰻じみた種族…先ライトビーム文明を築いた種族。



計測不能:不明な領域、先ライトビーム文明の避難所


 ウォーロードはそれらの言葉を飲み込んだ。四肢を備えた昆虫種族である彼は、硬い甲殻に覆われた顔面をこの場で晒しながら周囲を窺った。歩行型の八目鰻じみた異種族は歯列を独特の調子で動かして互いにコミュニケーションを取っているようであった。それらの意味合いは、曖昧ではあるが理解できるようになりつつあった。

「会ったばかりの私に、あなた方の辿った歴史についてお話頂けたのは誠に光栄です。ですが何より、あなた方が今後も存続できるという事実が、私にとっては嬉しい限りです。あなた方が過ちを犯したのであれ、そうでないのであれ、あなた方は今後も選択をする事ができます…今まで私は、遺跡の調査ばかりしていました。辺境地域の治安維持等に従事していない時の私は、我々の既知領域の外側にある、既に滅亡した文明の廃墟を巡って、そこに何があったか、どのような種族が住んでいたのかをひたすら追い掛けていたのです。

「ですが、今…私は伝説がただの伝説で終わらない事例に直面しているのです。あなた方は既に滅んだ過去の種族ではなく、今こうして私の前にいる…これ程の感動は本当に久しぶりです」

 実際にそうであった。そして言うまでもないが、かようにして誰かとまともに話す事すらも、久々の事ではないのか。彼は確かに優秀だが、極論だとただ、救えばそれで終わりであるとも言えた。救ったり悪に対処したりした後は、その後を見る事も無かった。

 彼は己の中にあった矛盾について、今となっては目を逸らすのが難しくなったらしかった。

「あなた方はこれからどうしますか?」

 ウォーロードは立ち上がり、姿勢を正すような立ち方をアーマーにさせて、巨人のようにその場に聳えた。有機物じみた壁の表面を覆う、黴と苔の中間じみたものが空気を清浄に保ち続けていた。ここの大気がこちらの呼吸にも適していたのでアーマーのマスクを外したが、もしかすると彼らがこちらに大気組成を合わせてくれているのかも知れなかった。

 床にある血管じみたものが稼働しているのが感じられ、この地が生きており、文明の生き証人である事を物語っていた。

 それらの様子を眼球だけで窺ったりして返答を待っていた。正確なニュアンス、何かの敵意や威圧と取られねばいいがと少し緊張していた。

「我々、ですか。我々は…しばらくはこちら側に残るでしょう。その後、いつになるかは不明ですが、やがては故郷の大地に帰り、そこでまた暮らすと思います」

「そう、ですか。PGGとの交流などは…?」

「それについては…今の我々では…永らく引きこもった我々では、大勢の見知らぬ種族との交流は不可能だと考えます。あなたはとても親切で、友好的ですが。しかしあまりにもこの内側にいましたから…知らない誰かとコミュニケーションを取る事に深い不安があるのです」

「わかりました。あなた方の存在、及びここで起きた事を私は報告だけはします、PGGがあなた方に無理に接触してくる事は無いと、我々の規定から断言しますが、しかしともかくとして、あなた方の存在を組織に伝えても構いませんか?」

 ヌレットナールは己の権限でそれを勝手に決める立場には無かったが、しかし今は異常な時空の流れの中にいて、恐らくバレないと踏んでいた。

「それ自体は問題無いでしょう。我々はただ、自信が無いという状態ですから」

「わかりました。ですが、あなた方さえよければ、いつでも我々の領域にお越し下さい。座標や各種のプロトコルはこちらに」

 彼はイーサーで形成されたオレンジ色のガラス板のようなものを形成し、それをすうっと空中を浮遊させて投げ掛けた。最寄りの個体がそれを手にして、口でその構成等を探知していたところで、それは様々なデータを表示し始めた。

 投影されたものがこのホールに出現し、興味深そうにこれらの異種族は観察していた――異種族、そう、まだ彼らの種族名もわからなかった。

「ちなみにですが、私がここから元の宇宙に戻るにはどうすれば?」

 彼がそう尋ねると、空間に奇妙な門のようなものが出現した。その向こう側は見えなかったが、懐かしい通常宇宙の雰囲気があった。異次元に少しいただけなのに、永らく帰還していないような気がした。

「ご親切に感謝します。最後に一つだけ、あなた方の種族は、自らをどのように呼んでいますか?」

 すると全ての個体が同時に言葉を発した。『アーティファクツ』と。

「我々は自らをアーティファクツと呼んでいます。人工物として、顔も覚えていない創造主達に生み出された事を決して忘れないために。我々がその存在を覚えていなければ、誰も彼らを観測してはいないのですから」

 ウォーロードはそこにある信念に満足した。被創造物である事を前向きに受け止め、滅亡した創造主達を忘れないようにしている。そこに彼は優しさを感じた。不都合な真実として、イデオロギー上の問題でそのような過去を抹殺する事は無かった。

 彼らは『覚えていない誰か』によって創造されたという事実のみを覚えていたが、それらの種族が覚えているに値すると信じていた。そこに優しさを感じる他無かった。

「それからこれは我々からあなたに」とアーティファクツの一人から声が掛かった。

「あなたはとても勇敢で、そして心優しい事は我々も存じている事ですが、しかしあなたは恐らく、多くの接触を絶ってきた事でしょう。あなたは冷たいわけではありませんが、しかし今回の我々との会話が久々のものであった事は理解できます。我々もまた、内輪以外との接触が永らくありませんから。

「ですがこうして我々と話せた事について、あなたが喜んでいる事が伝わります。お節介でしょうが、接触を保つのは本来的にはあなたに必要な事だと我々は感じました」

 ウォーロードは全てを絶ったあの日に戻っていた気がした。無様な己の様を見られ、それ以降は、それでも消えぬ正義や義務、義憤への想いを実現するために、孤独かつコミュニケーションを取らない流離いのヒーローじみたスタイルを取っていた。

 だが、結局それはあらゆる問題から目を逸らしているに過ぎなかった。彼自身にも無関係ではなく、現在進行形で、しかし紛糾する問題は無数にあった。

 ただ犯罪者と戦うとして、その背後にある問題は本当に見えていたか? 見えるはずがなかったのではないか。犯罪にも種類があるが、例えば辺境で起きている衝突はどう考えるか? 受け入れ先の問題は?

 温床や根源が何か、それについて考えた事はあったか? 今まで無視したものが、今になって全て追い付いた。もうあの、パラディンとの関係が拗れた部屋で生まれた、コミュニケーションに難のあるウォーロードではいられなかった。

「私が無視したあらゆるものが鮮明に見えました…ありがとうございます、進むべき道が見えました」

 彼は門を潜った。気が付けばあの砂漠の中にある、朽ちた産卵管じみた遺構の林に立っていた。空を見上げ、それから彼は飛び去った。

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WARLORD――コミュニケーションに難ありだけど正義感は強い宇宙警備隊の青年が社会と向き合う系 シェパード @hagezevier

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