過去と現在

第17話 在りし日々

登場人物

―ラニ・フランコ・カリリ…ドミネイター第二特殊任務群の隊長、大戦の英雄。

―C.M.バースカラン…同部隊の隊員、最年少。

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…同部隊の隊員、ベテランの部類。

―パトリック・ウィリアム・オブライエン…同部隊の副隊長、ラニの幼馴染み。

―カレン・ムハンマドゥ…同部隊の隊員、〈否定〉使い。



戦時中、第三次パナマシティの戦い(アメリカ軍としてはデンジャー・ダッシュ作戦)の終結後:パナマ共和国、パナマシティ


 戦時中に軍人が心休まる瞬間というのは貴重であった。特に、JSOCの命令で動く特殊部隊の類いであればなおさらであった。

 新アメリカ連邦はメンフィス陥落という屈辱の前には他の国々と共に同盟を結んでおり、その同盟関係であるミシシッピ川条約機構の議長国でもあった。

 故に、アメリカにはかつての超大国としての『責任』――つまり、歪んだ正当化による開戦をするような国ではなく、その国力と軍事力を持っている以上すべき行為――だけでなく、議長国としての責任も背負っていた。

 メンフィス陥落後はずるずると敗北し、せっかく再建していた国内通信網も破壊され、連邦は相当追い詰められていた。だがラニの部隊とドーニング・ブレイドの部隊の活躍によって巻き返し、反撃し、他国の奪還作戦を支援できる段階まで回復する事ができた。

 後に第三次パナマシティの戦いとして知られるデンジャー・ダッシュ作戦は成功を収めた。汚染を広げていた中枢を排除し、敵勢力を撤退に追い込みすらした。

 破壊され、侵食された海沿いの市街は酷い有り様で、しかしそれでも人類はここでは負けぬという強い気概がこの国を覆い尽くしていた。

 開戦後もパナマ共和国という政体を保ったこの国は、他の国々と可能な限り連携して持ち堪えた。

 連邦がUSだった頃の国際関係に基づく中米諸国への責任を果たしても果たし足りぬと考える旧ロサンゼルスの首脳陣は、国内での戦争を続けつつ、中米の戦況を覆し、最終的にはブラジルやアルゼンチンら南米の力ある国々と合流したり、東アフリカ戦略同盟や戦略的コモンウェルスと共闘できる段階まで行かねばならなかった。

 世界中が苦境であり、故にかつてあちこちで戦争に関わったアメリカはその歴史的経緯故に、ここで陥落するわけにはいかなかった。

「まあ、私が習った範囲だと歴史はそんな感じだったな。パトリックの奴は居眠りしてよく教師があいつの席の隣に立ったものだが」

 ラニ・フランコ・カリリはケイレン風の脈動する外套を纏ったまま、壁や窓が破壊されたビルの十六階から夜のパナマシティを眺めていた。

 より高いビルが立ち並び、まあそれらの大半は損壊したり得体の知れない異次元のゲーミング用品じみた発光をする物体に侵食を受けていたが、それらと疎らな明かりが月夜の下で不思議と爽やかに見えた。

 大柄は彼は瓦礫を積み上げてその上でもたれるようにして座り、片膝立ててその上に左腕を起き、だらんと垂らした逆側の手でハワイビールを持っていた。

「ずっと聞きたかったけど、その外套にも酒を飲ませると喜ぶかな」

「酔ったのか? いずれにしても、ケイレン系のテクノロジーは我々地球人の常識では生物や有機物に見えるというだけで、実際にはただのそういう素材や機械に過ぎない。意思を持つ武器とかではないだろうな」

 はっと笑う熟練兵士から少し離れた場所に立ってアフター・ダークの瓶とインペリアル・ブルーの瓶を抱えた青年は、己が一体何に参加し、何を成し遂げるのに貢献したのかが未だに現実感の無いままに、しかし漠然とした達成感と共に夜景を目にしていた。

 発掘現場じみたスタンド式の双頭LED投光器――バッテリー内蔵型は便利であった――で照らされる室内には彼ら二人しかいなかったが、ドアの外からは人々の喧騒が聴こえてきた。

 パナマの軍人も民間人も問わず、国の端っこまで追い込まれるような事態にもめげず、人々は屈しなかった。その結果がここにあるのだ。

 もう一人の人物であるC.M.バースカランは口髭の辺りを腕の袖で拭い、それからウイスキーを呷った。超人兵士故に酩酊とは程遠かったが、それでも酒のきつい味が心に染みた。

 メキシコやベリーズ、グアテマラなどでここまで連戦してきた若い最上級曹長は赤褐色の濃い肌がきらきらと輝き、若干カールした少し長めの上向けて伸びた黒いツーブロックの髪、すらっとした長身が目を引いた。

 口の周囲を覆う髭が逆に若い印象や可愛い印象を与えるこの青年は東海岸の両親の元に生まれた。二人ともタミル系の血を引き、父親は『タミル人的には』インド南東部のタミル・ナードゥ州にルーツがあり、母親はスリランカのモラトゥワにルーツがあった。

 南アジアから遠く離れた地で結ばれた二人は夫側が己の名チェタナーナンドに由来するCの頭文字を、妻側は同様にして己の先祖が暮らしていたモラトゥワに由来するMの頭文字を、それぞれが己らの愛する一人息子に与えた。

 太陽のような子に育つようにと名付けられたバースカランは戦時中の経緯によってたまたま連邦軍に入隊し、気が付けば精鋭であるラニの部隊にいた。

 そして彼もまた、ラニを中心とした深い絆の中にいた。バースカランにとってもラニは尊敬する上官に留まらず、敬愛する友人となっていた。

「ラニといると僕が好きな映画を思い出すよ。コリウッドじゃなくてボリウッド映画だったけど、あれは好きだったな。象が出てくるやつ」

「もしかして『ガネーシャ(Junglee)』か?」

「そう、それ!」

 ラニはビールを飲み干した。市街は人々の声で満たされ、時折音楽も聴こえていた。

「あれか。子供に見せるのにもいい感じだったな。それで、なんで私が関係してくる?」

「あの挿入歌が、僕とあなたの関係みたいな感じがするから」

 ははっと大柄なハワイ系の兵士は笑った。部隊にとっての父親か長老のような彼は、懐が深かった。

「まあ言いたい事はわかる。私は象じゃないが」と笑い、それに対してバースカランは顔を逸らして気不味そうに笑った。

「とは言え、私に対してお前は象みたいだ、象みたいにデカいと言いそうな奴なら知っているが」

「もしかしてパトリック?」

「そうだ。というか、実際にそう言われた事があったような気がするしな。あいつは昔からデリカシーが欠けている」

 ラニはしかし、懐かしむように、そして楽しそうにパトリックの話をした。バースカランは彼らの長い長い友情について、やや付いて行けないものや若干の嫉妬のようなものを感じたような気がした。

「あいつはいい感じのクソ野郎で、お前も知っていると思うが、あいつは自分を怒らせた相手ですら、よほどじゃなければ『言われたくない事』や『超えちゃいけないライン』は絶対に守る。それに、私が辛かった時はいつもあいつが隣にいたよ」

「辛くない時も?」

「概ねそうだな、それが問題だ」

 それから二人で笑い、わざとらしい足音と共に誰かが背後から現れた。

「なんだ、二人して俺の悪口か? 水臭い奴らだな」とにやにや笑いのパトリックがいた。

 ラニと同年代のその人物は酔えない癖にわざとらしくリヴィーナに肩を借りて酔ったふりをしながら、しかし満更でもない彼女は逆側の手でグースIPAの瓶を握っていた。

「よう、このご老体も混ぜてやってくれないか?」とリヴィーナは笑い、パトリックはバースカランからくすねたインド系のウイスキーを瓶で飲んでいた。

「聞いていたかも知れないが、お前はいいクソ野郎だって話をしていたところだ。二人ともこっちに来いよ」とパトリックは優しい笑みを浮かべて手招きした。

「おいおい、大男。お前の酒が無いじゃないか」

「パトリック、なんかいかにも『自分で持って来た』って顔だけど、そもそもそれ僕が見付けた支給品だからな」とバースカランは苦笑した。

「まあまあ、水臭い事を言うなよ。全員にハワイからこいつをプレゼントだ」とラニは溶岩の印刷が特徴的なファイアロックの瓶を指差した。

 足元に置かれたそれらはそこらで拾った金属バケツに氷水と共に入っており、古いアメリカ的な情景であるような雰囲気があった。各々がそこからビールを取った。

 冷たいビール瓶と濡れた表面が心地よかった。この地に平穏が戻ったという実感、全員でここを取り戻したという達成感がじんわりと染みて、油断すると全員泣きそうになった。

「カレン、お前もこっちに来いよ!」とラニが呼んだ。

「はいはい、コーヒーはある?」

 ラニの大声に反応して部屋に入って来た女性は紺色っぽい軍用グレードのブルカ状の衣服で全身を覆っており、背中側に連邦軍のエンブレムが描かれたそれが夜風に吹かれて靡く様は美しかった。

 肌色の濃い顔は露出していたが、顔の周囲を外付けのアーマーで保護しており、更には顔の前面もフットボールか野球のキャッチャーのような細い骨組みのプロテクターのようなもので守られ、彼女は基地内でも武装するのを好んでいた。

 カレン・ムハンマドゥはリヴィーナと度々意見がぶつかるが、しかし互いに深く信頼し合っており、深い絆で結ばれていた――そして他のメンバーとも同様に。

 ハウサ系のいわゆる否定法に長け、戦闘の際は〈否定〉使いとして超人的に戦うものであった。

「口に合えばいいが」と優しく言いながらラニはコーヒーの入ったペットボトルを投げ、それをクールな笑みと共に受け止めたカレンも輪に加わった。

「さて、今回もかなり厳しい戦いだった。だが我々はやり遂げた。人類は少しだが、それでも確実に前進している。ここにいる人々、そして何よりお前達の奮戦のお陰だ」

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