第16話 復興より優先される争い

登場人物

―リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァー…軍人、魔術師、友を探すドミネイターの少女。

―ドーニング・ブレイド…不老不死の魔女、オリジナルのドミネイター、大戦の英雄。



二一三五年、五月七日、夕方:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地、正面ゲートの内側


 リヴィーナは斜陽の中で、ビル街を照らす夕陽の輝きを眺めた。それらは美しいかも知れなかったが、しかし光景はあくまで光景であり、大きくなっていくデモ隊の喧騒を掻き消す事は無かった。

 ここの人々はかようにして引き裂かれたのであろうか。戦時中は団結してこの壁の内側を守り抜いた姉妹と兄弟が、かようにしてそれぞれの派閥に属して対立しているのでろうか。

 リヴィーナは近くにいた若い男性兵士に歩み寄って呼び止めた。

「失礼だが、通信が可能な施設は…?」

 彼女は尋ねつつ身分を明かした

「私は西海岸のウォール・シティから来たので――」

「連邦軍の方ですか! それはよかった! 聞いて下さい! あの忌々しい平穏派の連中が通信設備を破壊したんですよ! 我々は連邦軍を呼んで、本格的にあの化け物どもを討伐する予定だったのに!」

「ああいや、私はとりあえず本部と連絡を取りたいというだけだ。では」

 リヴィーナは迂闊に話し掛けた事を後悔し、話を打ち切ってドーニング・ブレイドの方へと歩いて行った。

「あなたはご自身が平穏派であると明かしているのですか?」

「一応ね。だが、私は普段は議論そのもの、というか、ああしたデモ活動にはあまり加わらないから。それでも、私を敵意に満ちた目で見る人々も知っている。先程あなたが呼び止めた兵士は、まあ私を少なくとも表立って嫌う事はしていなかったが」

 小さな街なので、とは少佐は言わなかったが、しかしリヴィーナは顔見知りがそこらにいる小さなコミュニティであるという事を思い知った。人々は戦時中、この隔離された地で暮らしてきたのだ。

「まあ案内しよう。ラニが生前、ここからそう遠くないコースト・プラザ・ビルに通信設備を置いていたから。我々はここで起きている事の対処に追われて、結局組み立てる時間は取れなかったし、なおかつ先程あなたが言ったように、攻撃派が連邦軍を呼ぼうとする動機が『部隊』への総攻撃である事――もう一つの動機があるものの、話が逸れるから後で必要性が生じた時に説明する――に危機感を募らせた穏健派が、せっかく完成しそうだった長距離通信設備を破壊したのも事実だから…それ故にラニと私はそれらの第二の通信設備を一旦放置していたし、秘密にもしていた。だが状況が変わった今、そうも言ってはいられまい」

 ドミネイターの少女は頷いた。

「色々あったんですね。案内して頂けると助かります。あいつはどんな感じでした?」

 少し前を歩く少佐ははっとしたように震えた。

「無論あなたの方がラニには詳しいと思うが、しかし彼は本当に立派な人間だったと思う。責任感が強く、ここで起きている対立にも心を痛めていた。彼は明確に平穏派だったが、しかしそれでもなんとか解決できないかと奔走していた。私も色々な事を後回しにして、彼と同じようにした。彼の影響だろうね。攻撃派であろうと、ラニには一目置かざるを得なかったのは事実だ」

 少し前を歩くドーニング・ブレイドの表情は見えなかった。夕陽が彼女の長い髪を照らし、各々の編まれたロックス状の髪の束がきらきらと輝いていた。

「正直に言って、私にとっても彼の死はきつかった。そしてそれを伏せなければいけないのだろうかと、あれこれ悩むのもね。彼は本当にいい友人だった」

「あいつらしいですね。やはり私はそれが聞きたかったのかも知れません。あいつはどこに行こうと好かれて、人々に愛された奴でしたから。さて、今のところ」と彼女は先程の事を思い出した。「私も平穏派寄りだと思います。私の復讐は殺人事件の真相を明かす事であって、いかにも事情がありそうな『部隊』に両親の仕返しをするのは私の復讐ではない」

 それを口にすると決意が固くなった気がした。いずれ、その『部隊』と対面する事になるのかも知れないが、しかし今は派閥争いに参加している場合ではない。

 己が完全に中立化するのは大抵の場合は困難だ。『中立』や『普通』は別に字義通りではない。だが、それらはともかくとして、いつも何かしら義務はあるものだ。



数分後:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地、コースト・プラザ・ビル、エントランス


 コースト・プラザ・ビルはいわゆる新アーバン様式などと呼ばれる、やや曖昧な定義の様式で建てられたビルの定番であるように思われた。流線型の外側に反った弧を描く下層部――その弧の反対側の辺は真っ直ぐであった――を持ち、横から見ると片刃のカッターナイフ状に見える構造物がそこから長く伸びているのだ。

 高さはおよそ千フィート程、斜めにカットしたような上辺が南を向いており、上部構造物の太さは縦横の太さが同じ程度であるように見えた。

 ビルのガラス張りの表面でシンセウェーブ的な抽象的な映像が姿を変え続けており、例えば音量を示しているような常に上下する線グラフじみた映像が蒼い太陽のようなものに姿を変えたりしていた。

 中に入ると、大きな吹き抜け構造に圧倒された。薄暗く調整されたエントランスではあちこちでホログラムが乱舞していた――だが誰もいなかった。

「無人ですか?」

 リヴィーナの疑問はもっともであった。

「基本的にここは捨て置かれているよ。私もここには久しぶりに来たし、ラニもここにはほとんど来ていない。武力衝突に至っていないのが不思議なぐらいで、人々はあちこちでいがみ合っているから、復興は正直なところほとんど進んでいない。あなたも気付いていると思うが、本当ならとっくに壁の外に出てそこに復興が伸びているはずだ。だがそうなっていない。連邦もまずは東海岸の旧首都や旧ニューヨークの復興を優先している以上は、ここがこうなるのも自然かも知れない。だが、その上で…新アメリカ連邦がここの対立についてどう対処するかはわからない。私が知る限り、連邦はここの対立自体よりは、この保留地自体の規模についての問題に関心があると思う。つまり、戦時中に放棄されたかつてのアメリカ合衆国の領土にて、その領土内に存在していたインディアン保留地が小規模とは言え広がった形になるから」

「そうですね。実際私も、ここに来るまでそのような対立の存在すら知りませんでした。連邦にとっては…どうでもいいのかも知れませんね」

 二人はエレベーターに乗った。透明な管のようなものが上向けて伸びており、それは上部構造物の方では南に面して外の風景を見る事ができた。

 このビルは壁の付近であり、下を見渡すと確かに風景は凄いものではあたったが、しかし壁の外側には戦時中と何も変わらない、朽ちた旧市街が広がっていた。放置されて朽ちたビル街であったものが、所々ドーン・ライト側の動植物に侵食され、ゲーミング用品のようにそれら奇妙な有機物は色合いを変えたりしていた。


 二人は最上階、かつて何かのレストランであったかも知れないエリアに足を踏み入れた。誰もおらず、掃除ドローンや整備ドローンによって保たれた、奇妙な光景が広がっていた。

 ここは戦前の雰囲気――とリヴィーナが想像するもの――があり、一度あらゆる電子機器を破壊されたという人類全体の歴史的経緯、更には独自に要塞化された避難所のイメージを前提にすると、実際にはとても高度なテクノロジーが残存しているように思われた。

 あるいは戦争が終わってから、それらのドローンが製造されるようになったのかも知れないが。

 ここには店舗として必要な機材などは存在せず、ドーニング・ブレイドの先導で薄暗い店内を歩いていると、やがて天井を覆う遮光ガラスの下で日光から保護されたケース類が見えた。

 それらの特に色褪せていない積み上げられたケース類を見て、大尉と少佐は特に何も言わずに作業を始めた。

 放置されたままのそれらを見ていると、リヴィーナ・ヴァンマークス・シュワイツァーは不意に心が痛むのを感じたが黙っていた。

 ドミネイター特殊任務グループはかなり独自行動の裁量が大きな部隊であった。新生のJSOC(統合特殊作戦コマンド)の指揮下で動いており、非超人兵士の部隊もまた、同様にして神出鬼没の独自行動が多かった――無論無分別に動いているわけではないが。

 ラニは上の命令で視察に来ていたが、リヴィーナや他のメンバーは恐らく『休暇半分』でもあったのであろうと考えていた。

 だがラニは、部隊との連絡も家族との連絡も脇に置いて、ここで問題の解決に取り組み続けていたというのか。失踪の真相がそれであったのか。

 大事な人々との交流をぐっと我慢してまで…。



数時間後:北アメリカ大陸、ミシシッピ川条約機構議長国『新アメリカ連邦』領、旧フロリダ州地域、暫定グレーター・セミノール保留地近郊、コースト・プラザ・ビル、屋上レストラン跡


 すっかり夜になったが、しかし通信はできそうであった。実際にやってみるとそこまで時間は掛からなかったが、逆に言うとこれぐらいの作業でさえも、ラニは放置していたのか。そこまでして。

「さて…私もあなたも一応平穏派の人間という事になるが、その前に連邦軍の軍人でもある。我々にはまあ、戦時中も戦後もなあなあで先延ばしにされてきたこの地と『アメリカ』を繋ぐために通信を回復させる義務はあるだろう」

「そうですね。そして…この事はあまり言いふらさない方がいいでしょうね。ここに人々が押し寄せるかも知れない」

「ああ…そういう意味では、全ての平穏派の人々を信用する事はできないだろう。そういう事をしない人々も知っている一方で、状況悪化を恐れて通信をまた破壊しようとする人々もいるだろう。平穏派の人々は主に旧フロリダ内の避難して来たインディアンや、その他の『在来の』避難民で構成されている。無論全員が全員という事ではないが。第一次メンフィスの戦いの生存者で『主に』構成されている攻撃派の人々とは違った体験をして来た人々が主だとも言える。まあ私は喋り始めると話が長いので、まずは通信するといい」

 リヴィーナはそう言われてふっと軽く空笑いして、それから己の部隊の副隊長に連絡を取ろうとした。アンテナが突き出た流線型の物体から球体の立体映像が投影された。

「キロ・エイト・ジャングル・スクワッドからセブン・タンゴ・ゼロ・ナイナー・シカゴ・ヤンキーへ」

 使い捨ての認証コードを音声として送信し、それが認証された機械音が聴こえた。それから聞き慣れた男性の声がして、それと同時にラニと同世代ぐらいの男性の胸から上の投影像も表示された。

『そちらの生体データを確認中、声紋一致、声のストレス無し、顔認識一致。ヴァンマークス、報告しろ』

「サー、悪いニュースしかありませんが…」

『待て、他人行儀だな…楽に話せ、他に誰かいるか?』

 リヴィーナは表情を少し和らげた。

「実はあのドーニング・ブレイド少佐が一緒だが」

『ふむ…まあいいか。それで、何があった?』

「パトリック、言いにくいが…ラニが殺された」

 息を飲む音が聴こえた。ホログラム投影像の表情が驚愕に変わった。世界が闇に染まったような気すらした。

『何? そんな…何があった?』

 リヴィーナは事の経緯を説明した。殺人現場の状況から、ここで今何が起きているかまで。

『俺が無理をしてでもあいつに付いて行くべきだった』

 パトリックと呼ばれた男性は深い後悔、そして二度と戻らない日々、選択を誤った過去について思案し、悲しみに浸っていた。

「ああ、私も同じ事を考えたよ…」

『以前あいつと飲んだ時、俺は『もしお前に何かあったら』その時は俺が側にいる、そういう時に家族じゃなく俺が隣にいるのは嫌だろうが』と言った。あいつはよせよと笑っていたが…だが俺はそうするべきだった。お前も知っての通り、俺とあいつはずっと一緒だった。あいつが殺されそうな時に俺が一緒にいたとしても、それは殺される奴が一人増えていただけかも知れないが、それでも俺は…』

 パトリック・ウィリアム・オブライエン少佐はボストンに長らく住むアイルランド系の家系の血を引いていた。祖母の代でハワイに来て、そこでたまたま出会った同じアイルランド系の祖父と出会った。

 彼の家には、様々なルーツの血を引きつつもそれらの土台にアイルランド系というアイデンティティがある事を大切にする価値観があった。

 パトリックとラニは同い年で、家も隣同士ですらあったし、長い友情の歴史があった。

『俺も死ぬ程悲しいが、アリシアも悲しむな…』

 パトリックの妻アリシアはインドネシア系とセネガル系の血を引く退役軍人で、戦時中は食料配給の責任者をしていた。

「ああ、お前やアリシアは家族ぐるみの付き合いだったしな…それにラニの家族にも知らせないとな…気が滅入るが、私がやる」

『わかった…軍で友人や知り合いを亡くしたのは何も初めてじゃないが、あいつの死は堪えるな。戦場でも日常でも、あいつは家族だった…お前にとってもそうだったしな』

「そうだ、お前であれ私であれ、あいつとは苦楽を共にしたから。私がお前と友人になったのもあいつのお陰だったよな。あいつがいる所では大体、あいつが中心になって物事が動く。だがそれは不思議と不快じゃないし、どこか暖かく受け入れ易かった」

 そこでふとドーニング・ブレイドが話に割り込んだ。

「失礼するが、やはり少佐はあなた方の仲間内でも中心人物だったのだね」

『ええ、少佐。あなたもあいつの不思議な魅力を目にしたはずだ』

 ドーニング・ブレイドはロックス状の髪の房の一本に触れながら肯定した。

「確かに彼は人々を惹き付ける何かを持っていた…彼がいなくなって、何かが心から欠けたような感じがしている」

「パトリック、さっきも言ったが少佐はラニと一緒にこっちで事態をなんとかできないか奮闘していたが、少佐から見てもラニはやはりいい奴だったと」

『そうか…ああ、もちろんそうだろうな。そうだとも…それが聞けた事は唯一の慰めかも知れないな。ああ…そう言えば一つ言い忘れていた事があった。くそ、最悪かも知れんが』

 パトリックの立体映像は俯いた。

「どうした?」

『お前のサポートのためにバースカランをそっちに向かわせたんだ』

「なんだって…じゃああいつにも…まあ…遅かれ早かれいずれラニが死んだ事を知る事には…なっていただろうが。今どの辺だ?」

『あいつの移動速度の速さは知っているだろう? あいつの使っている魔術はムルガンの神殿から流れる力を自分に通電させて、それを使って弾丸みたいに自分自身を発射して移動できる。今頃は多分…』

 その時不意に、急速でエレベーターが上がって来ている事に気が付いた。特殊任務群が使用するアーマーは標準仕様として他の隊員の位置を、ある程度の圏内であれば追跡できる。

 ゲートを通って保留地に入ってから、彼は何も知らないまま彼女を追って来たのであろうか。

「パトリック」

『どうした、ヴァンマークス?』

「今あいつが我々のいる最上階を訪ねて来た」

『慰める準備をするか…』

「ああ…こんな形で再会とはな」

 到着音が鳴り響き、背後でエレベーターのドアが開いた。

「ヴァンマークス! サポートに来たぞ。あれ、そっちにいるのは…もしかしてドーニング・ブレイド少佐? こりゃなんて偶然だ」

 ああ、何も知らないC.M.バースカラン。我々の愛するラニの死を、お前に言わなければならないとは。

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