チョコレート(後編)

 少し、時間がかかってしまった。

 私は駅までの道を駆け抜けて、改札をくぐり、電車に飛び乗った。


「何とか間に合いそう」


 息切れぎれに私はつぶやいた。

 時計の短針はちょうど二を指している。

 彼が家にいる時間は予めリサーチ済みだ。三時までは家にいるとのことだからまだまだ余裕がある。

 私は一息つくと座席にもたれかかり、鞄から鏡を取り出した。

 そして自分の顔を眺めた。そこにいるのはばっちりお化粧をして白雪姫のようになった私だ。

 おこがましいだろうか、でも今日ぐらいは許してほしい。

 

 彼の家までは四駅ほどある。私は最後の仕上げをしようと鞄から口紅を取り出した。

 そして口に入らぬよう注意しながら、ムラがでないように丁寧に塗っていった。

 そんなことをしているとすぐに彼の家の最寄り駅までついた。

 私は改札を出るとすぐさま、彼の家へと向かった。

「大丈夫」「きっとやれる」と心の中で言い聞かせながら、ひたすらに歩みを進める。

すると彼の家はすでに目前に迫っていた。


───────────


 私は扉の手前まで来るとインターホンを押した。

 甲高いベルの音がなったけれど、自分の心臓の音がやけにうるさくて気にならなかった。小心者な私の心臓は、どうやらこんな時に限って熱心に働くらしい。

 

「はーい! えっっ」


 扉の向こうから彼の声が聞こえた。最初は元気が良かったが、私の顔を見ると驚いた声を出した。

 そんな彼に私は「今日は何の日でしょうか? 」と問いかけた。


「えっと…… あっバレンタイン」


「そう! 正解! 」

 

 彼は少し考えてから答えた。

 それからさらに簡単な会話をして、彼はようやく扉を開けて招き入れた。

 私は玄関に入ると靴を脱ぐよりはやく、彼にハグをした。


「私、ずっと寂しかったんだよ」


「ごめんね、最近忙しくて スマホを失くしちゃったから連絡取れなかったんだ」


「てっきり、私より好きな子ができたのかと思った」


 私が面倒くさい彼女になるさまを見て、彼はただ苦笑いを浮かべただけだった。

 私は作戦変更とばかりにカバンからチョコレートの箱を取り出すと、一個だけ摘まんで、彼の口の前までもっていった。

 

「これ、ウィスキーボンボン!  ●●君、お酒好きだって言ってたからさ」

 

「え、あ、ありがとう」

 

「そんなにお酒の度も強くないから食べられると思うよ」


 彼は私の指に自分の唇が当たらないよう、器用にチョコレートだけを口でつまんだ。

 そして「うん、おいしい」と言いながらあっと言う間に食べてしまった。


「すごくおいしかったよ」


「やった! 一安心だ」


 彼は私に笑顔を見せると「ありがとう」と頭を撫でてくれた。

 しかし、彼の目はまだ私だけに向いているわけではなかった。

 何やら、時間を気にしているようで下駄箱の上の時計にばかり目をやっているのだ、気に食わない。

 もうここしかないかもしれない。

 私は勝負にでることにした。



 私は彼の耳を両手でふさぐと、彼に優しくキスをした。

 実際の時間はわずか三秒にも満たないだろう。    

 でも私にはその三秒に永遠を感じた。

 それくらい優しく、そして強いキスだった。

 耳をふさいだのは彼に心音が聞こえてしまいそうだったからだ。

 唇が離れて、少しの余韻をお互いが味わったあとで、彼が口を開いた。

 

「急に何するんだよ……」

 

 そういいながら彼は頬を赤らめて、唇を舐めた。

 彼の唇に移った薄桃色は舌に絡めとられて無くなった。


 それを見た私の胸は今まで生きてきた中で一番の高鳴りを見せた。

 その鼓動を感じながら、私は自分の唇を舌で丁寧に舐め回した。

 

 彼とのキスを最後まで味わうようにして。

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ウィスキーボンボン ユキ @YukiYukiYuki312

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