夜になった。昨日と同じように布団を敷いた。

 すぐに、ヒサと栄ちゃんの枕投げが始まった。なんでだよ。

 たった二つの枕で、どうしてこうも騒げるのか。さっぱりわからない。

「お前ら、ほんっと、いいかげんにしろよ……!

 ここ壁、薄いんだぞ! 苦情がくるんだって! まじで!」

 ヒサと栄ちゃんが顔を見合わせる。謝らないことに、いらっとした。

「もう、かえれっ。かえってくれっ!」

「あ、ほらっ。緊急事態宣言延長だって。今、外に出たら、うつって死ぬから」

「そんなに簡単にうつらねーよ! 大人しくマスクしてろっ!」

「マスクしてたって、うつる時はうつるんですー」

「そうなんだよなー。『俺、ちゃんとやってます!』って、まわりの人に示すためのアイテムだと思ってるよ」

「明日には、ぜったいに、出て行ってもらう! コロナとか、関係ねーから!」

「うっせーな」

 緊張が走った。岡田の一言で、空気が凍りついた。

「枕投げは、やめれ。有馬くんも。そげな大声ださんでもいいべ」

「はい。反省してます……」

「悪かったなー。有馬ー」

「もう、いいよ。結局、俺が一番うるさかったし」


 気まずい雰囲気のまま、暗くした部屋で眠ろうとした。

 なかなか眠れなかった。


 ようやく眠りかけた頃に、岡田が、びくっと体を揺らすのを感じた。

「どした?」

「おっかない……」

 目が覚めてしまった。体が揺れている。……ちがう。体じゃない。部屋ごと揺れている。

「揺れてるなー」

「……地震だね」

「大きいな。じっとしてろよ」

「震度いくつ? 総合かEテレつけて」

 テレビに向かって、ヒサが這っていくのが見えた。


「5から7だってー。茨城と栃木と福島」

「全部、お前らの地元じゃねーか……」

「僕、親に電話する」

「灯りつけるぞー」


 三人がスマホに向かって話しているのを、ぼんやり眺めていた。

 同じく都内に住む家族に連絡しようかと思いかけて、やめた。回線は混雑しているはずだ。無駄に使わない方がよさそうだった。


「僕の家族は、みんな無事だって」

「よかったな。ヒサのとこは?」

「大丈夫だったわー。有紗も無事だって」

「よかった」

 岡田を見る。暗い顔をしていた。

「岡田。どうだった?」

「家ぶっちゃれだ。避難所、行ぐって」

「ぶっちゃ……? なに?」

「こわれたってこと」

「そ、そうか。っていうか、そうやって翻訳できるなら、最初っから、こわれたって言えよ。

 お前は、残っていいよ……。実家が落ち着くまでは、さ」

「なにそれ。出たー。有馬の、オカモンの逆差別ー」

「僕たちは? 家は無事だけど。正直、帰りたくない……」

「俺も、まだ帰りたくないなー」

「あーもう……。いいよ! いろよ! 好きなだけ!」

「有馬神が降臨した……! 有馬だいすき!」

「有馬ー。愛してるよー」

「ぜんっぜん、嬉しくねえっ……」

「コロナが終息するまで、四人でがんばろーなー」

「そこまで?! 何年先だよ。それ」

「その頃には、都知事が変わってるかもね」

「都知事どころか、政権が変わってるっぺ」

「オカモンが毒を吐いてる。めずらしいね」

「旅行だの、外食だの……。ごじゃっぺやってっから、いじやげる。

 あーあ。観光バス、運転してーなー」

「……そうだよな」

「目が、覚めちゃったね」

「酒でも飲もうぜ。ビール、あるから」

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