創世記 罪滅ぼしの旅

オハラ ポテト

第1話 過去の過ち

「いつまで隠れている、修太?」


 黒縁眼鏡で相撲力士のような風貌。とても同い年とは思えない体格の良い少年

が、イライラしだした。


 「こっちは隠れん坊に付き合っている暇はねえんだ!」


 その体格の良い黒縁眼鏡の少年はさらに声を荒げる。辺りは日が暮れてきた。


 「お前をさっさとぶん殴らせろ!」


京吾はついに本音を吐いた。修太はそんなことだろうと思っていたが、京吾の

口から今出た言葉に、自分の選択が間違っていなかったことを確信した。


「今すぐ出てきたら殴る回数減らしてやる!」


そんな理屈で誰が出ていこうと思うのかと修太は疑問に思う。まるで異性を口説いて、当たり前のように拒絶されるような無理のあるセリフを京吾は言うなと、修太は子供ながらに思う。


その時だった。草の中に隠れていた修太は、ドキッとした。目の前に可愛らしい子熊が現れた。修太がその場を離れようとした時、いじめっ子の京吾が彼を見つけた。


「よし今可愛がってやるぞ、修太!」


京吾は気分良く修太に近づいて行った。


「その前にこの子の親を可愛がってくれないかい?」


 修太の目の前にいた可愛らしい子熊に京吾は気づいたようだ。


 「お、お前、まさか!」


 二人の目の前に、三メートルほどある母熊が現れ威嚇してきた。お互い言葉が出なかった。母熊は吠えながら、二人に近づいてきた。万事休す。そう思った次の瞬間、大きな銃声が母熊の背後から聞こえた。黒い巨体がその場に倒れこんだ。


「おーい大丈夫か?」


 大人たちは心配そうにやってきた。


 「森には絶対入っちゃだめだ!」


 ハンターの京吾の父は、京吾をしかった。


「どうしてここにいる?」

 

「父ちゃん、俺じゃねえ!」


今は亡き横たわっている母熊に威嚇された先ほどと同じくらい、明らかに京吾は恐怖に陥っていた。


「修太が森に俺を連れてきたのさ!」


京吾は嘘をついた。その親子のやり取りを見守っていた修太は、京吾が熊同等に彼の父六郎にビビっていることに驚きを覚えた。とそこに小柄で人の良さそうな、普段は温厚な修太の父八郎も現れた。今度は八郎が修太に詰問した。


「それは本当なのか、修太?」


 八郎は眉間にしわを寄せた。


「違うよ! 僕は逃げていただけ!」


 修太は困惑した。


「熊からな」


 横から京吾は言った。


「いや、そうじゃなくて僕は……」


修太は必死に八郎に訴えた。


「もういい! 二度と森には近づくな!」


 修太の温厚なはずの父八郎は怒鳴った。このやり取りを見ていた京吾は、にやりと笑っていた。


 彼の名は、長内修太。幼少時は背が低く、喧嘩も弱く、いつもいじめられていた。もともと彼は平和主義で、争わずに物事を解決したいと、いつも願っていた。その思いとは裏腹に、いつも苛めにあい、負かされていた。その息子を心配した父長内八郎は、修太に武術を教えていった。


 「お前はいじめられたくなかったら、自分が強くならなければならない。だからしっかり武術を学び、強くなり二度と苛められないようになるのだ!」


 「はい、父さん」


 修太は渋々、父の言うことを聞いていた。こうした父のおかげで、彼は逞しく、

強い大人の男に成長していった。彼は一重瞼で、長身で、マッチョな男になり、

ワイルドなひげ面になっていた。そんな修太が十九歳の時であった。彼のいた北

の国は、戦争を始める。そして彼は南の国へ、出征することになった。


 「父上、行って参ります」


 修太は八郎の目を見た。


 「気を付けて行ってこい。亡くなった母さんには、墓前で報告しておいた」


 八郎はその視線に応えることはなった。


 彼には幼くして亡くなった母がいた。どうして亡くなったのか父は教えてく

れなかった。八郎は男手一つで、一人息子を育てあげた。そんな最愛の息子に、

いつものように、八郎はそっけなかった。この一言が父との最後の会話になると

は、彼は思いもよらなかった。


 そっけない父八郎に送り出された修太は、戦地へと赴いた。


 暑かった。その日は朝から三十度を超える日だった。彼の赴いた戦地は、高温

多湿で、北国育ちの修太には耐えられる暑さではなかった。そこで彼は任務に就

いていた。所属している部隊が出撃の早朝、修太は人を殺さずに生きて帰れ

ることを願っていた。そんな都合よくいくとは思えなかったからだ。


 「今から出撃する!」


 司令官の号令で部隊が動き始める。皆銃を握りしめて。相手の陣地に徐々に近

づく。


 「今だ、撃て!」


 部隊長が号令をかける。次の瞬間銃撃戦が始まる。


 「バーン、バーン、バーン、バーン、バーン」


 修太は怖くなってきた。


 「撃て、長内! 撃たなきゃ、お前が撃たれるぞ!」


 修太は恐る恐る、銃を撃った。一発目外れ。二発目外れ。三発目外れ。


 「長内、的となる兵士をよく見ろ! お前がそいつを撃たなけりゃ、そいつがお前を撃ち殺すぞ!」


 「ウォー!」


修太は理性が吹っ飛び、撃ちまくった。次々と相手国の兵士を撃ち殺した。皆

理性を失っていたのだ。狂気の沙汰だ。修太が撃ち終わると、十数人の相手国の

兵士が血まみれになり倒れていた。


 この時の光景が、修太の脳裏をずっと離れない。戦地から帰還し、北の国に戻

っても、毎晩のようにこの時の光景が悪夢のように蘇ってくる。


 修太が帰還すると、父長内八郎は心筋梗塞で亡くなっていた。修太を八郎は無

言で迎えたのだった。


 修太は帰還すると、英雄扱いされた。彼のいた北の国は、戦争に勝った。相手

国の兵士たちをたくさん撃破した修太らは、国から好待遇の処置をしてもらった。

撃破したといえば言葉はいいが、彼のやったことは人殺しだった。戦勝国である

がゆえに、修太らはヒーロー扱いされた。そこに彼は矛盾を感じ始めた。きっと

彼が銃撃して射殺した兵士にも、家族がいて帰りを待っている人がきっといたに

違いない。そう思うともう彼は申し訳ない気持ちと、祖国への憤りすら感じた。


 修太は自分が射殺した兵士の家族のことを改めて考えた。


 「何てことを自分はしてしまったのだろうか? 自分は決して英雄ではない。むしろ人殺しだ。戦争では人をたくさん殺せばヒーロー。何て矛盾なのだ!」


 このような経験から彼は、中津国へ放浪の旅をし、自身の罪を償う旅に出るよ

うになる。















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