第34話 クリスホイドへ

「不明戦車というからには……」

 ヴァルデマル中佐の問いに娘は丁寧に答えた。

「使途不明の戦車なんでしょうね。戦車の定義が何かはさておき」

「いやぁ、おっしゃる通りなんですよ」

 ヴァルデマル中佐は頭をぺたぺた撫でながら続けた。よく見るとこの人髪が薄いわ。背が高いから目が行かないけど。

「クリスホイドはご存知で?」

 ヴァルデマル中佐は訊ねる。娘は静かに答えた。

「東クランフの一都市ですね」

「ではそこに『耳の壁』があることもご存知かと」

 耳の壁。クランフ帝国とテュルク帝国の戦争で両断されてしまった都市、クリスホイドにあるというかつての国境を示す壁だ。壁の西側がクランフ帝国、壁の東側がテュルク帝国。マルゴリウス世界共通歴1445年、クランフ帝国がテュルク帝国からクリスホイドの西端を奪還して以来、テュルク帝国の強力な騎馬兵に対する策として「壁」が建設された。依頼クリスホイドの町は東西に分断されてしまい、住民たちは離れ離れにされてしまった。今でこそ国交が正常化され、クリスホイドはセントクルス連合王国領土だと認められたものの、クリスホイドは長いこと分断と侵略の歴史を歩んできた。ある時はクランフ帝国、ある時はテュルク帝国。戦火によって双方を行き来した町。それがクリスホイド。

 この町にあるかつての国境壁が「耳の壁」と呼ばれる理由について話そう。

 クリスホイド地域伝統の挨拶として耳と耳を近づけるというものがある。お互い抱き合い耳と耳を近づける。あなたは特別ですよ、という親愛を表す挨拶だそうだ。

 戦争の結果分断されたクリスホイド民の中には、壁の向こうに最愛の家族や恋人がいる人間もいた。そうした人たちは毎晩、壁の警備が手薄になったタイミングを狙って壁の傍に集まり、壁の向こうの愛しい人を思って壁に耳をつけていたそうである。「耳の壁」の名前の由来はそこにある。

「『耳の壁』は明晰王ラファエルの治める東クランフ帝国時代、大幅に撤去されることが決まったのですが」

 中佐が語り出す。私もその話は聞いたことがある。

「何分巨大かつ長い壁でして。明晰王ラファエルの統治下では終わらず、撤去の最中にセントクルス連合王国の成立が決まりました。なので壁は取り壊しの最中で一旦凍結。で、先日キンバリー外交官の指令により、再び撤去作業が始まることになったのですが」

 と、ヴァルデマル中佐は黒い筒の中から二枚の紙を取り出した。どうも片方は地図のようだった。

「こちらにシュバルツベルグと呼ばれる山があるかと思います」

 中佐が地図の一か所を指す。

「壁はこの山をも越えておりまして、峰に沿って反対側の麓まで、ずっと続いております。しかし急斜面に壁を作るのには難儀したのでしょう、この一帯だけ壁が薄いのです」

 ははぁ、なるほど。

「撤去作業に当たって、まずはこの薄い部分から壊そうという方向で話が決まったのですが、しかし実際に行ってみるとこの辺りにはかつて集落があったような形跡がありまして。撤去作業に当たっていた軍人の中に考古学に明るい人間がいまして、面白がって廃村を探索したそうですが、そこで……」

 と、中佐は筒から取り出した二枚目の紙を広げた。どうも魔蓄撮影機を使って撮影したものらしく、件の「不明戦車」が……写っていた。

 不思議な形をしていた。金槌みたいな、と言おうか。巨大な円筒があって、その側面に棒状のものがついている。この棒が何に使われるかはさておき、円筒の両端はドーム型に丸まっていて、なるほど確かに戦車のような……車輪に見えた。と、中佐が写真の上に手をかざした。映像が移り変わる。

「銃座があります」

 次に写ったのは、この不明戦車を正面から見た図だった。銃座。確かに、長方形をした穴がある。ここから銃を出して撃つことは……できそうだ。

「車輪に銃座。間違いなく戦車です」

 娘は黙っていた。中佐は続けた。

「背面についている棒は謎ですが、しかしどうも、取っ手のようなものがついており、そこに鎖を通したような跡があるのです。で、この鎖、戦車の内部を通って再び外に出る仕組みになっているようでして、言ってしまえば井戸の滑車のような、そんな造りになっています」

「つまり鎖を引っ張ることで移動が可能になっている?」

 娘の質問に中佐は頷く。

「おそらく。しかしその理屈だとどこかに鎖の一端を固定しなければならず、そしてその鎖を固定するようなものは見つかっていません」

「反対側にはあったのですか?」

 娘の問いに中佐は再び頷いた。

「鎖を固定できるようなものはありませんでしたが、代わりに施設がありました」

「施設」

 娘の言葉に中佐が被せる。

「捕虜収容所です」

 まぁ、確かに鎖を連想させる施設ではあるわね。

 しかしヴァルデマル中佐の鎖に対する関心はここで終わってしまったのだろう。彼は再び写真に手をかざすとこう続けた。写真は切り替わって今度は戦車の中と思しき映像が映し出された。

「内部です。歯車と車輪、それから把手があります」

 娘がじっと写真を見つめる。

「先程鎖で引っ張る、と言いましたが、この内部構造上、外から鎖を引っ張る、というよりは、外に固定した鎖を戦車の中にある歯車で巻き取って、それで移動するような仕組みになっているようです」

「自走できるということですね」

「そうなります」

 娘は顎に手を当てつぶやく。

「魔法が使えない東クランフのものとは言え、ここまで人力に頼る道具も珍しいですね」

「おっしゃる通りで」

 中佐は頭を撫でつけた。

「奇妙な点は他にも。この写真からだと分かりにくいかもしれませんが、この戦車、おそろしく装甲が薄いのです。しかも変形しやすいカルミニウムで出来ていて、軽さこそあれとても銃撃に耐えうるような仕組みにはなっていないのです」

「なのに戦車」

 娘の言葉に中佐は続く。

「まぁ、車輪があって銃座がある以上は。推察するに、予算がなかったとか、材料がなかったとか、そういう苦しい状況下で作られたものなのでしょう。ですが、戦争関係で作られた武器なら記録があるはずなのです。そもそもクランフ帝国時代からその手の管理は徹底されていましたし、東クランフ帝国時代にもなれば、明晰王ラファエルがを放置しておくはずがない。つまり記録がどこかしらに残っているはずなんです。ですがこの数カ月に及ぶ調査を以てしても、この不明戦車に関する書類や記録の類は一切見つからず……」

「全てが謎に包まれているのですね」

 私がつぶやくと、ヴァルデマル中佐は困ったように頷いた。

「完全に闇の中です」

「これを解決すると何になるんですか?」

 娘が身も蓋もないことを訊く。しかし中佐は丁寧に答えた。

「実はこの度テュルク帝国の軍と連携して、かつての戦争の悲惨さを後世に伝える企画として展覧会を開くことが決まりまして。連合王国からも戦争の被害を示す資料を出すのと同時に、テュルク帝国からも似たような資料をもらい展示することになっています。興行は連合王国とテュルク帝国それぞれで七日程度行われ、得られた収益は全て戦争孤児や貧困に悩む人たちへの救済へ当てられます」

「展示物になるかならないかの判断をしてほしいということですか?」

「おっしゃる通りで」

「なるかならないか、ならなるでしょう。戦争にまつわるものであることは間違いなさそうですし」

 私がそう返すと娘が丁寧に話を続けた。

「なるほど、面白そうな案件です。是非調査してみたいです。現場に向かいたいのですが、交通費は……」

 ヴァルデマル中佐は嬉しそうに破顔した。

「もちろん必要経費として出します」

 クリスホイドへは……と、中佐が続ける。

「魔蓄列車で行くのがよろしいかと」

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