不明戦車の届け物

第33話 不明戦車

 セントクルス連合王国は天から見下ろすと十字の形をしていることはご理解いただけていると思う。

 北に伸びるグリテン地域、東西に一本走るクランフ、南に出っ張ったタロール。

 これらの地域の中で港を持たない唯一の地域が東クランフで、これは大陸の中央に向かって突き出る形になっている。必然、大陸内の各国とも地続きで接点を持ち、長いこと戦争に巻き込まれる地域だった。

 中でもシュウェリン地域、ゲルリッツ地域、クリスホイド地域は激戦区と呼ばれた地域で、シュウェリンは東クランフの北にあるタルキス共和国と、ゲルリッツとクリスホイドは南東に大きく構えるテュルク帝国と接する境界線だった。両国との国交正常化で今でこそ戦争はなくなったが、しかしシュウェリン、ゲルリッツ、クリスホイド、それぞれの地域に貧困問題、奴隷問題、人種差別問題が未だ根強く残っている。

 外交官キンバリー・フライ女史はこれらの問題について様々な施策を行っており、セントクルス連合王国東クランフ地域の治安を改善する一助となっていた。次期外務大臣にとの呼び声も高く、その美貌と相まって国民の期待の星となっていた。

 そんなキンバリー・フライ女史の手が娘に回ってきたのは、本当に唐突の出来事だった――。



「ぐ、グレアムくんっ」

 意を決して、という風に娘が告げる。

「こ、今晩、ムニエルはどうかな?」

「俺好きですよ、ムニエル」

 グレアムくんが騎士団服のボタンを閉めながら答える。

「じゃあ、これから市場に行って魚を買ってきます。この時期ならタロールから新鮮な魚が届くはずですし」

「うんっ」

 さてさて、『女王石事件』とそれに付随した新国王を讃える会にて。

 娘とグレアムくんの仲は急接近した。何せ一緒に踊った仲だ。グレアムくんも、この屋敷に来た頃よりずっと砕けた雰囲気になったし……とはいえ職務だからか丁寧な口調で接してくるけど……娘も照れを上手い具合にコントロールできるようになってきていた。女中のアンも私もそれが何だか楽しくて、嬉しくて、よく顔を見合わせ笑っていた。

 ドアベルが鳴ったのは、娘が日課の朝食の支度をしていた、その時だった。

「郵便でーす」

 配達人がベルを鳴らすということは手渡しの何かだ。私はアンに目配せをして受け取りに行かせる。しばらくして、アンが返ってくると、彼女の手には綺麗で小さな鉄のカードがひとつ、握られていた。私は一目で分かった。

「打鍵手紙?」

 アンが頷く。

「そうみたいです」

「ここに置いてちょうだい」

 鉄のカードを持ってこさせる。アンは静かに私の前に鉄板を置くと、それから慎ましく下がった。鉄のカードには小さな出っ張りがあった。

 私は出っ張りを押した。すると鉄板の表が二つに割れて展開し、中から小さなタイプライターが現れた。紙はもうセットしてあって、かわいい小さなタイプライターがパチパチと音を立てて紙に文字を打ち込んでいった。

「あなた宛てだわ」

 タイプライターの打ち込む文字を読んで私は台所にいる娘に声を飛ばす。すると娘はエプロンを外しながら「私に?」と首を傾げた。どうやら娘にも覚えのない手紙らしい。

 娘が手紙を読み上げる。

〈前略。国内外の事件を解決してきた御事務所に依頼したい案件があります。詳しくは明日朝御事務所を訪れる王国陸軍中佐ヴァルデマルがお話します。私は国交に携わる身ですが、本件もやや外交問題的、それも親善的な意味での課題ですのでどうか慎重に臨んでくださりますようお願い申し上げます〉

「あらあら。何だか面倒くさそうな依頼ねぇ」

 私がつぶやくと、しかし娘は小さく笑って「簡単だよ」とつぶやいた。娘がこの段階から事件を「簡単」呼ばわりするのは珍しいから私は訊ねた。

「どういうところが?」

「紙」

 娘は手紙を指した。

「打鍵手紙は鉄のカードの中に収まるサイズの紙じゃないといけないから、政府御用達の便箋は切らないと使えないの。切り口を見て。綺麗にすっぱり切れてる。政府の便箋はちょっと厚手だから、普通のペーパーナイフだとよれが出たりするんだけど、この紙はそんな雰囲気は微塵も感じないくらい綺麗に切れてる。東クランフ製のナイフを使ったんだと思う。多分今、キンバリーさんは東クランフにいる」

「それがどうして簡単なの?」と私が訊くと娘は続けた。

「新聞を読む限り、東クランフの今一番の課題は奴隷問題」

 騎士団服を整えていたグレアムくんの手がぴたりと止まった。

 しかし娘は構わず続ける。

「クランフ帝国時代、テュルクやタルキスに奪われた土地のクランフ民は奴隷に落とされてひどい目に遭わされたって聞く。戦争が終わって平和になっても、あの地の差別意識は根強い。『元奴隷だから』という理由で拉致される子女や、過酷な労働環境で働かせられる男性の話なんかは、聞いてて胸が痛い」

「じゃあ誘拐事件? 東部三地域のどこかで誰かが誘拐されたのかしら」

 しかし娘は首を横に振った。

「ううん。手紙には『親善的な意味での外交問題』とある。物騒な話じゃない。そしてヴァルデマル中佐と言えば、セントクルス各地の国営博物館で『戦争の顔:武器兵器博物展』の設営をやっているって話をこの間聞いた。このことから考えられるのは……」

 と、台所の方から何やら焦げくさい臭いが漂ってきた。娘は「いけない!」と慌てて台所へ駆ける。

「何か珍しい武器とか戦争にまつわる品とかが見つかったんだよ!」

 娘が台所から叫ぶ。はぁ、珍しい武器、ねぇ。そんな変な案件がうちに持ち込まれるのかしら。

 しかし果たしてヴァルデマル中佐は翌朝、娘の事務所にやって来た……おそらく設計図か何かが入っているのだろう、黒くて長い筒を持って。

 快活な男性だった。髪をかなり短く切り揃えた、細身の男性。しかし昆虫みたいなその腕ではとても銃器を扱えるとは思えない。おそらく中年。口髭が立派。だが目元の皺を見る限り、もう一線で戦えそうな年齢ではない。兵器の博物展なんていう軍広報みたいな仕事をしているのも、彼のそうした特徴から頷ける。

「キンバリー外交官からお手紙が行っているかと」

 男性にしては少し高めのテノールでヴァルデマル中佐は告げた。すらっと伸びた背中。身長が高いからか娘や私を見下ろすような形になる。

「ご用件の詳細についてはうかがっておりません」

 娘が丁寧に答えると、中佐は椅子を示し「座っても?」と訊いてきた。娘が「どうぞ」と答えると、中佐は長い脚を折りたたんで椅子に座った。それから、この問題があなたに解けるか? とでも言いたいような、厳かな口調でこう続けた。

「不明戦車というものをご存知で?」

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