第28話 訛り

「ごめんあそばせ。私としてもあなたとは是非対面でお話ししてみたいのですが」

 プリンセス・マルレーヌが粛々と告げる。

「今は女王選定の時期。公務中である故慎重にならないといけませんの」

「置かれている事情は承知しております、姫」

 娘も淡々と、頭を下げたまま続けた。

「助手として、私もバグリー騎士団長にお力添えし、此度の女王石事件解決に向けて全力で動く所存でございます」

「期待していますよ」プリンセス・マルレーヌが指に嵌めていた指輪を弄った。きちんとした教育を受けている人間なら、それが「下がってよい」「話は終わった」ことを示すサインであることは見抜ける。

「では」

 バグリーさんが再び頭を下げ、引き下がる。娘とグレアムくんも同じようにして引き下がった。中庭を出て、廊下に入ったところで、バグリーさんがつぶやく。

「何かあったのかね」

 静かな一言。娘の行動を責めているわけではないようだが、しかし真相は知りたいところなのだろう。

「いえ、バグリーおじさま。まだ仮説の域ですので」

「そうか」

 バグリーさんは騎士団長よろしく大きな器で娘の無茶を一度受け止める。しかし彼とて人の上に立つ身だ。娘からはしっかり、「何をしたかったのか」を聞き出した。

「君の中では人に話せることではないとはいえ、私も本件の解決に当たる身だ。情勢は具に知っておきたい。不確かでもいい。話してくれないか」

「分かりました、おじさま」娘も静かに頷いた。

「端的にまとめますと、私はプリンセス・マルレーヌが偽物ではないかという仮説について検討したのです」

「だからヴェールを取れと?」

「恐れ多くも」

 と、グレアムくんが何か言いたげについと目線を上げた。しかしバグリーさんの手前恐縮しているのか、すぐに黙り込むようにして床を見た。

 三人で歩きながら、会話する。

「三人のプリンセスにお会いすることはできますか?」これは娘。

「可能だが、さっきのような無礼を働かれると困る」バグリーさん。

「おじさまの迷惑にならない範囲で調べます。どの程度までならよろしいでしょうか」

「事前に姫について知りたいことを共有してくれ。話をその方向に持っていく」

 すると娘は大きく息を吸って話し始めた。

「『女王石が曇った』。この現象を説明する事由は大きく二つ。ひとつ、『女王石自体に細工がされた』」

「どのような?」

「分かりません」

「検討のしようがないな」

 バグリーさんの一刀両断に娘も頷く。

「『異常が出ていることは明らかだが何が原因か分からない。しかも、中身を具に調べるわけにもいかない』ものの異常を調べるのはほぼ不可能と言ってもいいでしょう」

 ふむ、とバグリーさんが頷く。

「必然二つ目の事由を検討することになるな?」

「ええ。『~姫は王位継承権があるか?』。女王石にはこう問うたわけですよね」

「正確な表現を心がければ、『我が名はプリンセス~。私に王位継承権はございますか』だ」

 娘は小さく頷いた。

「検討すべきもうひとつの事由は、その『問い』に対する答えが『いいえ』であったということ。つまり……」

「やはりプリンセスに王位継承権がなかったということか……?」

 すると娘はハッキリと否定した。

「違います。おそらくは前提に対して否定が出ている」

「前提とは……」と、言いかけてバグリーさんが口をつぐんだ。娘が静かに続ける。

「『我が名はプリンセス~』。この『~』、つまり『名乗り』が嘘だったとしたら?」



「プリンセス・マルレーヌが使った手口は巧妙ですね。王族の立場を利用して自分を絶対的防御領域に置いている」

 ブッキンギャム宮殿の廊下をつかつかと歩きながら娘がつぶやいた。

「おそらく他のプリンセスも同じ手を使ってくるかと」

「……要は、それぞれのプリンセスに自分が自分であることの証明をさせればよいのだな?」

 はた、とバグリーさんがグレアムくんを見つめる。

「お前、テュルク語がしゃべれたな?」

「はっ」グレアムくんが静かに頷く。

「その言語能力が活きる時かもしれん」

「と、というと……」娘がどぎまぎしながらグレアムくんを見つめる。

「タロールから来ているプリンセス、アマンダ姫は外交上の理由で生まれた時から隣国のテュルク帝国に駐在していてな」

 テュルク帝国。長らくセントクルス連合王国の前身、クランフ帝国と戦争していた国だ。セントクルス連合王国とは東クランフで地続きに接している、言わば「東の巨大帝国」。連合王国の統一に当たって一度和平条約が結ばれ、以来国交が正常化しているが、未だに両国間のわだかまりは消えていない。

 大戦争時代、クランフ帝国とテュルク帝国は一進一退の攻防を繰り広げ、国境の国や町は常に支配者が変わる激戦区だった。帝国と帝国のぶつかり合いの中で民衆は常に奴隷から貴族、貴族から奴隷といった変遷を繰り返させられ、虐げられてきた。今でも東クランフの東端のゲルリッツ地域ではそれぞれの民族が入り混じった不思議な文化が生まれ、独特の色を放っている。

「プリンセス・アマンダは連合王国語よりもテュルク語の方が堪能であられるそうだ」

 バグリーさんが再びグレアムくんに目をやる。

「もし、姫が偽物だった場合、テュルク語がしゃべれないことが推定される。グレアム、テュルク語で二言三言話しかけてみろ。それに対する反応でプリンセスを判定するというのはどうだ」

「め、名案だと思います」

 娘はやはりどぎまぎしながらグレアムくんを見ている。彼の意外な一面を見ることにドキドキしているのだろう。もう、しっかりしなさい。男の子なんてみんな一癖二癖あるものなのよ。

 と、バグリーさんが懐から探索魔法の魔蓄時計を取り出す。

「やはりぐるぐる針が回るな……しかし、どうも第二スイートルームにプリンセス・アマンダはいるようだ。行くだけ行ってみよう。この魔蓄の探索が外れていても、残り二人のプリンセスの内どちらかはいることになるだろうし」

 かくして私たちは宮殿のスイートへと足を運ぶことになった。

 娘がちょっと歩調を遅くして、グレアムくんの後ろについた。彼の広い肩幅を見て、やっぱり娘は、頬を染めた。



 第二スイートに着くとバグリーさんが丁寧にドアをノックし「プリンセス」と一言発した。すぐに中から返事があった。

「お入りになって」

 プリンセス・アマンダの声。

「失礼します」

 バグリーさんがドアを開け中に入る。天蓋付きのベッド、装飾の施された机、ゆったりと座れる長椅子、それらの奥、窓際に立っていたのが。

 やはり茸の笠のようなヴェールを被った、一人のプリンセスだった。外見的特徴はさっき中庭で会ったプリンセス・マルレーヌと同じだ。

「何か御用?」

 プリンセスが首を傾げる。バグリーさんが喉を鳴らす。

「失礼。ヴェールを被っていらっしゃるから区別がつかず……プリンセス・アマンダでおられますか?」

「ええ」プリンセスは静かに答える。

「でしたら」バグリーさんがグレアムをそっと前に出す。

「テュルク語を話せる部下を連れて参りました。此度の女王石事件の捜査に当たる助手でもあります。一度、ご挨拶をと思いまして」

ウェルウェルたいへんよろしい」片言のような連合王国語。

 グレアムくんが跪きながら一言発する。難解な、呪文のような言葉だった。

 すぐにプリンセス・アマンダが同じく呪文のような言葉を返す。グレアムくんが目線だけをバグリーさんの方に向けつぶやいた。

「『大変麗しいですね』と申し上げましたところ、『今日はお日様が眩しいから』と」

「……もう少し会話をしてみろ」

 バグリーさんのつぶやきにグレアムくんがまた言葉を発する。姫もそれに応じた。

 グレアムくんがバグリーさんの耳元で告げる。

「『此度の災難につきましては、私共の方で全力で調べさせていただきます。姫様におかれましては、今しばらくのお時間を』と申し上げましたところ、『期待しています。騎士団長バグリー様の噂はテュルクの社交界でも噂になっておりますわ。あなた、素敵な上司に恵まれましたわね』とのことです。テュルクの女性語を使っています」

「それは難しいのか」

 バグリーさんのささやきにグレアムくんは答える。

「テュルク語を少し齧った程度の人間には使い分けできません」

「姫、テュルク語での会話は如何でしたか」

 バグリーさんが空気を変えるかのように溌剌とした言葉で話した。プリンセス・アマンダは静かに頷いた。

ウェルウェルたいへんよろしい。満足ですわ」

「光栄です」バグリーさんはグレアムと娘の方に手を差し出し、引き下がるよう合図を出してきた。

「一時の戯れでございました。我々は引き続き捜査に当たります故、失礼いたします」

「ごきげんよう」

 かくしてプリンセス・アマンダの元を離れた私たちは、廊下を歩きながら作戦会議をした。まずグレアムくんがつぶやいた。

「流暢なテュルク語でした。母国語話者並みです」

「連合国内でテュルク語に堪能な令嬢となると範囲が狭まる。プリンセス・アマンダになりすましている人間もその気になれば調べられそうだが……」

「一点、気になることが」

 娘が挙手をした。

「『ウェルウェルたいへんよろしい』の発音です」

「何かあったか?」バグリーさんの問いに娘が答えた。

「『ル』の発音は外国人には難しいそうです。独特の巻き舌なのだとか。しかし先程のプリンセス・アマンダの『ウェルウェルたいへんよろしい』の『ル』の発音は私が聞いても自然に感じるくらい綺麗でした。テュルク語で育った人の発音には、とても思えない」

「家庭内では連合王国語で話していたのかもしれないぞ」

 バグリーさんの言葉に娘は返す。

「だったら『ウェルウェルたいへんよろしい』なんて片言みたいな言葉は使わないと思うんです。そう、つまり、あのプリンセス・アマンダは『外国人風』を装っている」

「ではテュルク語が通じた上に難しい女性語を用いた会話までできた理由については?」

 娘は静かに応じた。

「可能性は色々あります。確信はありませんが……」

「……一言、よろしいでしょうか」

 グレアムくんが静かに手を挙げた。

「言ってみろ」バグリーさんの許可が下り、無事にグレアムくんは語りだす。

「その、匂いが……」

「匂い?」

 グレアムくんは静かに頷く。

「ええ、家系的に嗅覚過敏で、人の気持ちや感情まで匂いで感じる体質なのですが……」

 ああ、お前の不思議な嗅覚か、とバグリーさんは頷いた。グレアムくんが続けた。

「プリンセス・アマンダ……それからプリンセス・マルレーヌからも匂いました。……嘘をついている匂い、が」

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