伏兵

 ヴェルダンの丘のふもとには兵を伏せることができる程度の森があり、俺たちはそこで身を潜めた。森からは街道を挟んで西の部隊が布陣している。

 リングシュタット候は歴戦の将にふさわしく、正攻法を取っている。

 すなわち兵を三方向に分け、北に主力を、東西にも部隊を配置して包囲を敷いていた。中央に三千、東西に一千だ。

 

 丘の高低差を使っての逆落としの突撃をかけられれば不利であると考えているのだろう。仮に正面に攻撃を仕掛けても左右から攻撃を受ければ逆に危機に陥る。

 兵を分けて包囲させ、南下する方法もあるのだろうが、兵力の分散を避けるあたり実に堅実な策をとる。


「付け入るスキがないニャ」

「ここで奇策とやらに打って出てくれれば揚げ足の取りようがあるんだがな」

「正攻法は間違いが起きにくいから正攻法なのニャ。定石は大事ニャよ」


 軍歴も長く、麾下の兵をしっかりと統率しているのがわかる。普通ならば抜け駆けが起きたり周囲で狼藉を働くのだが、それらしい動きがない。


「抜け駆け部隊を叩いて少し削ろうと思ったんだがな」

「逆にそんな少数を叩いても焼け石に水じゃないかニャ?」


 様子見をしつつ一晩を明かすと、砦から兵がやってきた。


「シリウスの先遣隊で間違いないか?」

「……あっているが、お前さん何者だ?」

「私はロッソウ伯の客分でカールという」

「アルベルト殿下の護衛ニャ?」

「殿下の旗揚げの話を聞いてノーグに赴こうとしたが、ロッソウに向かって軍が迫ると聞いてこちらに合流したのだよ。殿下はご壮健にて有られるか?」

「ああ、シリウスの本隊とこちらに向かっている。で、用件を聞こうか?」

「あ、ああ。ロッソウ伯は援軍の到着を待って一気に敵を倒すおつもりだ」

「あれだけかっちりと包囲されていて?」

「そうだ」

「策を教えてもらえるか?」

「無論だ。まずは……」


 策自体は単純で、東西の分遣隊の背後に偽兵をおいて動きを止め、敵本体を撃破すると言うものだった。


「いちいちそんなことで足が止まるかね?」

「うむ。リングシュタット候と生死を共にするほどのつながりがあるのは直卒する千ほどだ。それ以外は傭兵や上からの命令でくっついてきている程度の連中だよ」

「背後に兵が現れたってなれば、覚悟を決めて戦うよりも逃げるだろうな」

「そういうことだ」

「わかった。ではこれを渡しておく」

 渡された荷物はずしりとした重量を感じさせる。

 開封してみると、色とりどりの旗が出てきた。


「なるほど」

「理解が早くて助かる。ここで勝てば日和見の諸侯のいくらかでも味方になるだろう」

「リングシュタット候を破ったとなれば名は上がるだろうな」

「そういうことだよ。ではよろしく頼むよ?」


 そう言ってカールは去っていった。


「隊長、ありゃ本物かニャ?」

「んー、カール本人じゃない可能性が高いんじゃないかね? ただ策は真っ当だし、俺たちをはめようって感じじゃあなかった」

「だよな。んで、俺たちはどうするんだ?」

「そうだな。お前さんの意見を聞きたいんだが」

 陣借り傭兵たちを束ねるのはグスタフという男だった。10人ほどを連れてきているが、皆腕利きで、潜伏もうまくこなす。そもそも五千の敵の前で百に満たない数の兵が見つかれば、即全滅だ。


「情報収集だな。できたら敵の物資を集積してある場所を知りたい」

「なるほど、策がうまく行かなくても敵を引き上げさせれば負けじゃないってわけだ」

「理想は勝つことだけどな。それもなるべく被害を少なくして勝つことが求められる」

「やー、無理難題ってやつだな」

「その通りだ。本隊もいいところ500だからな。ロッソウ伯が率いている……ん?」

 砦の規模を見れば、1500を収容するにはいささか規模が小さい。


「グスタフ、あの砦に入るとするとどれくらいだ?」

「んー、そうだな。いいとこ1000くらいじゃねえか? ……ああ、そういうことか」

「俺たちのほかにも別動隊がいるってことだろ。おそらく敵本隊の側面を突くことができる様な方向にな」

「たぶん北だろ。南から来るシリウスの本隊と反対側だ。あとは北の街道を遮断したと知れれば敵が動揺する」

「問題はだ。どうやって攻撃のタイミングを合わせるか、だが」


「んー、たぶんこれじゃないかニャ」

 カールが置いていった荷物の中に、通信用の魔道具が置いてあった。受信専用で、送信側からの信号を受けて音を発する。

「やれやれ、準備のいいことだ」


 こうして俺たちは潜伏しつつ情報収集に精を出すことにした。そうして三日後、ついに本隊が到着する。


 皇族のみが掲げることのできるドラゴンの旗印を掲げ、シリウス本隊は整然と行軍してきた。


「ロッソウ伯を救うのだ。みんな、力を貸してくれ!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおお!」」

 陣頭で剣を抜き放って兵を鼓舞するアルベルト殿下の姿は初代皇帝を彷彿とさせる黄金の鎧をまとっていた。


 リングシュタット候の軍勢から一隊が出撃する。このまま本隊が進めば西に布陣した部隊の後背を突く形となるので、先に抑えようとしたのだろう。

 同時に西に布陣した部隊も半数を南に振り向けている。


 その時だった。魔道具が光と音を放つ。


「旗を立てろ!」

 西の部隊の背後に旌旗が立つ。その有様を見た西の部隊はあきらかに動揺した。同時に、全軍の目が一瞬こちらに向く。その気を逃さずに、砦に入っていなかった一隊が東の部隊に斬り込んだ。

 その突撃の勢いはすさまじく、一瞬で中央を突破され崩壊した。


「好機かと思いますぜ」

「そうだな。一撃を加えてすぐ離脱する」

「次はどちらへ行くんですかい?」

「砦から打って出るはずだろうから、敵本陣の側面に斬り込む」

「ってことは10倍の兵の中央突破ですかい。いやあ、面白くなってきた」


 ゲオルグは手に持った槍をぶんぶんと回転させながら率いてきた兵に目配せをする。


「おっしゃ、野郎ども! 突撃だ!」

 東の部隊の崩壊を目の当たりにした目の前の部隊はあきらかに動揺していた。旗を掲げたことでこちらの存在は認識されている。そして敵が切りかかってこられたら、こっちは敗走以外できない状況だった。

 それを、混乱に乗じて機先を制したことで状況は逆転する。


「わははははははははは! どっちを向いても敵しかいねえ! ものども、斬って斬って斬りまくれ!」

 ゲオルグが高笑いを上げながら敵を突き崩す。敵は組織だった抵抗ができないまま兵士がバラバラに応戦しているような状態だった。


 こっちの部隊が突撃したのとほぼ同時に砦の門扉が開け放たれ、全軍が突撃を開始した。東の部隊を蹴散らした別動隊は本隊と並走しつつ敵左翼を衝くように走り出す。


 シリウス本隊の戦況は一方的だった。

「おっしゃ、一気に蹴散らせ!」

 テオバルトが槍を振るいながら敵を突き崩す。団長は抵抗している部隊を見つけると、そこに戦力を集中して丁寧にすりつぶしていった。一方的な戦闘に士気が崩壊した迎撃部隊が潰走していく。

 

 そして目の前の戦いも一方的だった。

 敵を蹴散らしながら進む中で目の前に立派な鎧を着た騎士を見つけると、名乗りを上げる間もなく喉首を突き抜く。

 断末魔を上げる間もなく俺に討たれたのはどうやら指揮官だったようだ。


「殿!? 殿が討たれた!」

 近くにいた従騎士たちが絶望的な声を上げる。


「よし、そのまま本隊の前に出るぞ! 先駆け隊は常に先陣を切るのだ!」


 多方面に配置した伏兵を効果的に使い、一瞬の混乱を捉えて敵を撃破した。ロッソウ伯の知略は恐るべき切れ味を見せていた。

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ライヘナウ帝国戦記~風を統べる竜王とルーンの騎士~ 響恭也 @k_hibiki

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