第39話 トライアングル

ある海域に起きた失踪事件。漂流する船から乗員が消えていた・・・一人を残して。果たして船で何が起こったのか?


        =================


 バミューダトライアングルと言われる海域がある。そこは古くから船や飛行機、またはその乗員が跡形なく消える事故が多発している。それは現代に科学によっても解明されない未知の場所である。


 それと似た現象が太平洋の真ん中にある場所で起こっていた。それはカウス島、シエセ島、ツオタ島に囲まれた、通称カシツトライアングルと言われている海域だった。そこに通りかかる船はなぜか、乗員がすべて消えて発見されることがあった。


 多くの人々がその謎を解明しようと調査した。しかし手がかりはいまだに得られていなかった。


 今回、この問題の調査のため、ある学者の有志の団体が参加することになった。彼らはサンジニア号という小型船に乗り込み、その海域に向かった。


 ◇


 その日、波は穏やかで静かだった。降り注ぐ日の光が船の甲板にまぶしく反射していた。その船上で2人の男が海を見ていた。


「モーリス先生。特に変わったことはないですな。」

「そのようだ。船長。しかし機器の調子が悪いと聞いたが。」

「まあ、よくあることです。この船は老朽化していますから。せめて無線などの機器を新しくしてくれたらよかったんですが。」

「しかし遭難した船は連絡を絶っていた。もしかしたら電子機器を狂わせる何かがここにあるかもしれない。」

「まさかね。船のもの以外のはしっかり動いていますけどね。」


 このサンジニア号には調査を行うモーリス教授と助手のハリス、国連海洋部のジェーン、船を操船するワット船長にボブ、デビッド、フランクの3名の船員が乗り組んでいた。


 船は近くの港を出て3日たつ。そろそろあのカシツトライアングルの海域に入ろうとしていた。海は荒れることなく天気はしばらくいいようで、この船の乗員はこのまま何もなく調査が終わるような気がしていた。


「船長はこの海域で起こったことについて何か聞いていないかね?」

「この海域を通る船が連絡を取れなくなり、捜索したら無人になっていたということですかね。何が起こったかはわかりませんが、船に血痕が残っていたという噂です。」

「血痕?」

「ええ。だから船の中で全員でけんかでもしてたんでしょう。 そしてみんな海に落ちてしまった。この辺はフカが多いから死体なんて上がりゃあしませんよ。」


 船長の話を聞いてモーリス教授はため息をついた。どんな不思議な事象でも案外簡単なことで生じていることがある。もし船長の言うことがこの事件の真相なら、自分たちは全く無駄なことをしているのだろう・・・。


「船が見えます! 正面です。」


 急にブリッジからボブの声が聞こえた。船長はすぐに首から下げた双眼鏡を前方に向けてのぞいた。


「確かに船だ。」


 船長はモーリス教授に双眼鏡を渡した。モーリス教授も双眼鏡をのぞいて正面を見た。


「あれは確か行方不明になっていたダビデ号じゃないか。こんなところを漂っていたとは。」


 ダビデ号は10日前、この海域で消息を絶った貨物船だった。モーリス教授がその船を観察したが、外見上、船は何の損傷もなく、ただ波に揺られて浮かんでいた。 

 船が見えたということであわてて助手のハリスと国連海洋部のジェーンが甲板出て来た。


「先生、船が見えたのですね?」


 ハリスは今まで船酔いで寝ていたのも忘れたように元気になっていた。


「ああ、そうだ。ダビデ号だ。」


 モーリス教授は双眼鏡を渡した。ハリスはそれを受け取って、前方に現れた船を見た。


「ダビデ号ですって!」


 ジェーンは驚いてハリスから双眼鏡を奪い取ってその目で見た。


「間違いないわ。ダビデ号よ。でも甲板には誰もいないわ。」

「あの船には確か15人乗っているはずだ。」

「じゃあ、中にいるのかしら?」


 ジェーンは双眼鏡で船のあちこちを見たが人影はやはりない。


「とにかくあの船につけてみましょう。中を探せば何かわかるかもしれません。」


 船長はブリッジに戻り、自ら操船してダビデ号につけた。2つの船はロープで結ばれた。そしてまずデビッドが乗り移り、ハリスが続いた。その後にモーリス教授、そしてデビッドの手を借りてジェーンが飛び乗った。


 ダビデ号は不気味に静まり返っていた。人の気配が全く感じられなかった。モーリス教授はなぜか、この船に不吉な予感を覚えていた。なにか、禁断の箱に手をかけてしまったような・・・。それは他の者も同様だった。


「気味が悪いですね。」


 ハリスが辺りを見渡して言った。彼はこの船に何かがいるように感じていた。


「とにかく中を探そう。」


 モーリス教授は船室に入って行った。ドアを開いて薄暗い中、懐中電灯をつけて階段を下りて行った。物が散らかっていたが争った跡はなく、人の姿はなかった。ハリスとジェーンも降りてきて、中を探したが、これというものはなかった。


「何もないわ・・・」


 ふとジェーンが懐中電灯を上にあげた。


「あっ! あれっ!」


 彼女の声にモーリス教授とハリスが、


「どうした!」


 と集まった。ジェーンは壁を指さしていた。


「血です! 血の跡があります。」


 その壁に3本の線状に血の跡がついていた。血の付いた指で壁に触れたようだ。


「やはりこの船で何かあったんだ。殺し合うようなことが・・・」


 モーリス教授がそう言いかけた時、奥の方で、


「ガタン!」


 と音がした。そこはエンジンルームの方だった。


「誰かいるのか!」


 3人は懐中電灯で足元を照らししながらそこに向かった。そしてエンジンルームのドアを開けた。するとそこに大きな塊があった。


「いた!」


 それは膝を抱えて丸まって座わっている男だった。もじゃもじゃした髪に伸ばしっぱなしの髭で顔はよくわからなかったが、懐中電灯の光がまぶしいようで、目を細めてパチパチしていた。


「大丈夫ですか? 一体、何が起こったのですか?」


 ジェーンが声をかけたが、男は返事をせずただ3人を見ていた。


「とにかくここを出よう。わかりますか? あなたを私たちの船に案内します。」


 モーリス教授は大きな声でゆっくりと男に言った。すると男はうなずいた。


「よし、じゃあ、手伝ってくれ!」


 モーリス教授とハリスは男を抱えて階段を上がって甲板に出た。男はしばらく日の光に当たっていないようで青白く、足腰も弱っており立っているのがやっとというありさまだった。それに何より痩せていた。食事を満足に食べていないようだった。


「あれが私たちの船です。安心してください。すぐに救助隊を呼びますから。」


 モーリス教授はそう言った。男は何も答えず、船を見て目をしょぼしょぼさせていた。


 ◇


 男は船室のベッドに寝かされた。あれからダビデ号をよく調べたが、他に乗っている者はいなかったし、死体もなかった。血痕もジェーンが見たその1カ所だけだった。

 ブリッジを調べていたデビッドが甲板に下りてきた。


「ダメです。無線機も操舵装置もすべて使い物になりません。」

「故障しているのか?」


 モーリス教授が尋ねた。しかしデビッドは首を横に振った。


「いいえ。人為的に破壊されています。何か大きな力で。船にある工具か何かで壊したみたいです。」

「そうか。この船で何かがあったことは確かだ。それで乗員は消え、船の機器は壊された。一体、何が起こったのかはあの男が知っているだろう。」


 モーリス教授は救助した男に、救助隊が来る前に話を聞こうと思い立った。



 ダビデ号はサンジニア号にロープで結ばれたままになっていた。ダビデ号が大きいため曳航することもできず、救助隊が来るまでそのままにしておこうということだった。

 モーリス教授がサンジニア号のブリッジに顔を出した。するとそこでは船長とボブ、そしてフランクが工具をもって作業していた。機器の故障が起きているようだった。


「どうかしたんですか?」

「とうとう無線機がいかれてしまった。調子がおかしいとは思っていたが、こんな時に故障するとは。」


 船長は額の汗を拭いた。3人で無線機を前に何度も修理を試みたがうまくいかなかったようだ。モーリス教授は聞いた。


「じゃあ、どうするんです? 他に連絡は取れますか?」

「いや、それが・・・ダビデ号のも壊れているみたいだし。とにかくもう少しやってみます。だめなら明日、ダビデ号を切り離して港に戻るだけです。もう日が暮れますので。」

「それまで救助した男は大丈夫でしょうか?」

「ジェーンが見てくれているが、状態は安定しているようだ。今はベッドで寝ている。ただ何も口にしようとしないから、それが心配だ。」



 モーリス教授はブリッジを出て、男のいる船室に言った。ベッドで寝ている男の横にジェーンが付き添っていた。モーリス教授はドアを少し開けてジェーンに「ちょっと来てくれ。」と合図を送った。ジェーンはわかったというようにうなずいて立ち上がった。

 船室を出るとモーリス教授が尋ねた。


「どうだい? 男の具合は? 名前とか身元とか何かわかったかい?」

「いいえ。それが・・・。ちょっと聞いたんだけど名前も何も言ってくれないの。それに何も口にしようとはしない。水さえも。無理やり飲まそうとするんだけど嫌がるの。普通なら脱水になって命が危ないのだけど、不思議なことに体は安定しているわ。ただの栄養失調みたいだけど。」


 看護師の経験もあるジェーンがそう言った。それを聞いてモーリス教授はほっとした。


「それなら明日までもつだろう。」

「えっ? それはどういう意味? 救助隊は来てくれないの?」


 ジェーンは驚いていた。


「ああ、無線機が故障しているみたいだ。船長たちが頑張っているが直らないらしい。でも明日、ダビデ号を切り離してすぐに港に向かうようだ。今夜一晩の我慢だ。」

「そうなの。少し可哀そうだけど仕方がないわね。それより気になっていることがあるの?」


 ジェーンはタブレットを取り出した。


「ダビデ号の乗員を調べたけど、あの男に相当する人がいないの。」

「なんだって!」


 モーリス博士はタブレットを見てみた。長い髪やひげでわかりにくくなっているが、彼はアジア系の若者であるのは確かだ。しかし乗員は白人や黒人だけで、アジア系の者は乗っていなかった。


「これはどういうことだ?」

「不思議でしょう。もしかしたら密航者か、それとも私たちの様に遭難した船から救助した人かも。でも何も言ってくれないからわからないの。」

「もしかしたら言葉が通じないだけかもしれないな。港に行けば彼のことが分かるかもしれない。」


 モーリス教授は釈然とはしないものの、そう思うことにした。とにかく明日になれば港に帰って解決すると思っていた。


 ◇


 その日の夜は久しぶりに波が高く、海が荒れていた。助手のハリスはすぐに船酔いでダウンして船室に閉じこもっていた。モーリス教授はパソコンに向かって報告書を作成していた。

 このカシツトライアングルと言われる海域には船の乗員の失踪事件が頻発する。そして今回、ダビデ号の乗員失踪事件に遭遇した。だが幸いなことに1名の生存者がいた。今のところ、名前も身元も不明だが、今後、船上で何が起こったか明らかになるだろう。もしかすると他の船の失踪事件も解明できるかもしれない・・・と。

 だがモーリス教授の心は晴れなかった。何か見落としているようで何かもやもやしたものが引っ掛かっていた。それにダビデ号を見てからの不吉な予感が頭を離れなかった。


(今夜は眠れそうにない。)


 彼の頭の中に様々なことが去来していた。ベッドの横になっても目が冴え、何度も起き上がった。すると真夜中になり、


「ガチャーン!」「バーン!」


 と大きな音が響き渡った。それは何かを打ち付けた音に似ていた。


「何だ!」


 モーリス教授はすぐに船室を出た。確かブリッジの方から音がしてようだった。彼は階段を上り、甲板に出てブリッジに入った。


「これは・・・」


 ブリッジに中は悲惨な状態になっていた。すべての機器が何かに打ち叩かれたかのように破壊されていた。


「こりゃ、大変だ!」


 後から来た船長がブリッジに入り、そこら辺の機器を調べた。


「だめだ。操舵装置も何もかも破壊されている・・・」


 船長は茫然としていた。ブリッジにジェーンやフランクやボブ、船酔いで倒れているはずのハリスも大きな音を聞きつけて集まってきていた。外を見るとつないでいたダビデ号の姿はない。つないでいた縄を切られたようだ。モーリス教授が尋ねた。


「どうにもならないのかね?」

「ええ、でもエンジンと舵を手動で動かせれば・・・まだ望みはあります。」


 船長は冷静になろうと努めているようだった。


「それならエンジンルームを見てきます。」


 フランクがブリッジを出て行った。モーリス教授は辺りを見渡した。一見、鉄パイプか何かで壊したようだったが、機器の金属のゆがみから見て、もっと強い力で破壊したように見えた。


「一体、誰がこんなことを・・・」

「当直はデビッドです。彼の姿が見えない。もしかしたらやられてしまったのかも。」

「するとあの男が・・・」


 モーリス教授は信じられなかった。まず疑うべきは救助したあの男だろう。だがあの栄養失調のヒョロヒョロした男がたくましい体をしたデビッドを殺し、こんなにひどく機器を壊せるかどうかを。



 すると急にブリッジの電気が消えた。電源装置がやられたのかもしれなかった。そしてまた大きな音が響き渡った。


「バーン!」「ドカーン!」


 そしてそれに加えて焦げ臭いにおいも漂ってきていた。


「まずい! エンジンルームだ! 火災を起こしている!」


 船長はブリッジにある消火器を手に取って出て行った。その後を、懐中電灯を手にしたボブがついて行った。モーリス教授もその後に続こうとしたが、大きく深呼吸をしてジェーンとハリスに言った。


「ジェーンとハリスはここにいてくれ! あの救助した男に注意するんだ。奴が犯人かもしれない。もし見かけたら逃げるんだ!」


 そして壁に掛けてある斧を手に取った。それを持って船長の後を追った。




 エンジンルームに火の気が上がっていた。しかしそれほど激しいものではなかった。船長が消火器を吹き付けるとすぐに消えた。だがエンジンも舵も相当ダメージを受けているようでもう動かせそうにない。


「これで我々は漂流です。でも食料や水はたくさんありますから安心してください。そのうちに異変に気付いた救助隊が来てくれるでしょう。」


 船長は内心、絶望した気持ちであると思うのだが、モーリス教授たちを少しでも不安にさせまいとそう言った。確かにこれで漂流状態になった。この海域に来た遭難した船と同じようになった。しかし我々はまだ生きているし、しばらくは生きていられるだろう。もし絶望的な状態になっても何があったか、記録は残せるはず・・・しかしそれがほかの船にはなかった。それはどういうわけか・・・モーリス教授は考えていた。


「フランクがいない。一体、どこに行ってしまったんだ?」


 船長とボブは辺りを調べてみた。すると少しだけだが床に血痕が見つかった。


「フランクもやられてしまったのか。でもどこにやったんだ?」


 この船にないとすると後は海しかなかった。デビッドもフランクも海に投げ込まれたのかもしれなかった。


 ◇


 ブリッジにハリスとジェーンがいた。2人はモーリス博士たちを椅子に座って待っていた。そこは機器がすべて壊され、電灯も消え、暗く静まり返っていた。外からの波の音のみがかすかに聞こえており、不気味な雰囲気に包まれていた。外の波は高く、船はまだ揺れていた。

 あまりのことにハリスは船酔いのことなど忘れて飛び出してきたが、落ち着いてくるとまた気持ちが悪くなり、胸の奥がむかむかしてきた。


「ちょっとすいません。船酔いで・・・」


 ハリスは慌ててブリッジを出た。多分、海に向かって吐いているのだろう。ジェーンは一人、ブリッジに残された。一人きりになるとさらに不気味な雰囲気が重くのしかかるようだった。我慢してしばらく待っていたが、一向にハリスが戻ってくる様子がない



「ちょっと! 大丈夫?」


 ジェーンは椅子から立ち上がって外に向けて声を出した。すると足音がした。ハリスがやっと戻ってきたようだ。彼女はほっとして椅子に腰かけた。やがてブリッジのドアが開いた。


「遅かったわね。大丈夫なの?」


 ジェーンはそう言って振り向いたが、それはハリスではなかった。あの男だった。栄養失調でヒョロヒョロとしていたはずだが、なぜだか体が太くなり、血色がよくなっていた。


「あんたは・・・」


 ジェーンはモーリス教授に言われて事を思い出した。「あの男が犯人かもしれないと、見かけたら逃げろ!」と。彼女は後ずさりした。


「おかげで助かった。生き返ったよ。」


 男は微笑んでジェーンに近づいてきた。


「寄らないで!」


 ジェーンは叫んだ。彼女は後ろ手で何か投げつけるものを探していた。




「ふふふ。すぐ殺しはしないよ。大事なんだから・・・」


 男はジェーンに詰め寄った。ジェーンは手に持ったものを次々に投げつけた。しかしそれはすべてはたき落とされた。男から伸びて来た触手に・・・。


「きゃあ!」


 ジェーンは悲鳴を上げた。



 その悲鳴はモーリス教授の耳に届いた。


「しまった! 奴はブリッジに行った。助けないと。」


 モーリス教授と船長、そしてボブは急いでブリッジに戻ろうと階段を上って甲板に出た。3人はそれぞれ備え付けの斧を持った。


「待ってください! 危険な奴だ。もしかしてわなを仕掛けているかも。」


 慌ててブリッジに向かおうとするモーリス教授を船長は押しとどめた。


「じゃあ、どうしろって言うんです? ジェーンたちが危ないのに!」

「3か所からブリッジに突入するんです。ボブは向かいの窓から。先生はこのまま上がっていつものドアから。私は奥に回って非常用のドアから。少し時間がかかりますが1分後に。それではまた!」


 船長はそう言うと奥に回った。ボブは向こう側のブリッジの壁を登り始めた。モーリス教授は音を立てないようにゆっくりブリッジ横の階段を上がった。彼はそこでしばらく待たねばならない。


(一体、あの男の正体は何なのか? 他の船もこうしてやられてしまったのか? あの男一人のために・・・)


 モーリス教授は考えた。


(もしそうならあの男はひどく危険な奴だ。我々の手に負えないのかもしれない。他の船の乗員もこのように行動して奴にやられたのだろう。だとしたら奴に戦いを挑むのは無謀だ。このまま生存者だけで救命ボートで逃げ出した方がいい・・・)

 そこまで思った時、もう約束の1分が来ていた。ここまで来て一人で逃げ出すこともできない。モーリス教授はドアを開けてブリッジに飛び込んだ。


「あっ!」


 モーリス教授は言葉を失った。そこで思いがけないものを見た。ブリッジに突入したボブと船長はあの男から出た触手で、口をふさがれ体を巻かれて捕まっていた。その横には縄で縛られたジェーンがいた。

 あの男の口には鋭い歯が並び、恐ろしい顔に変わっていた。そして多数の触手・・・奴は化け物だった。モーリス教授は逃げようとしたが、すぐに奴の触手につかまった。


「放せ! 放せ!」


 モーリス教授は暴れたが、触手に巻かれてもう動けなかった。


「これでしばらく大丈夫だ。生き延びられる。」


 化け物はそう言った。


「お前なんだな。この海域で船を遭難させていたのは!」


 モーリス教授はそう叫んだが、化け物は怪訝な顔をして言った。


「俺も遭難しているんだ。俺はググトだ。ある日、目覚めると船の上にいた。仕方がないので船にいる者の血を吸って生き延びたんだ。しばらくすると人間がいなくなってしまって、そのままじっとして救助を待っていた。腹をすかせたまま。すると別の船が救助に来た。俺はその船に移ったが、奴らが不審に思って俺に危害を加えようとしたんだ。だから無線などの機器やエンジンを破壊して助けを呼べないようにしてやった。しかしそれでまた漂流することになった。その間、船の人間を食料にして・・・。」

「じゃあ、なぜこの船の機器やエンジンをすぐに破壊したんだ。そのままなら明日、港に帰るというのに。」

「我慢ができなかったんだ。空腹に。だからまず3人程、血をいただいて海に落とした。しかしいなくなった者がいれば俺が疑われるだろう。だからどこにも連絡できないように、また行けないようにした。これで振り出しだ。またここで救助される船を待つ。それまでお前たちで食いつないでな。」


 モーリス教授たちが助かる見込みはもはやなかった。捕まった4人は順に血を吸われて殺されるだろう。そしてこの船は・・・。


 ◇


 サンジニア号はカシツトライアングルで消息を絶った。しかし遭難続きのその海域に恐れをなして、サンジニア号捜索に行く船はしばらくいなかった。だがようやく一隻の調査船がそこに派遣されることになった。多分、彼らはサンジニア号を発見するだろう。不審な男が一人乗っているその船を・・・。




      

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