第36話 A級ググト

 第35話の続きです。

 果たしてリケジョの夢野ミチルはA級ググトなのか?・・・現実社会の俺(小川涼介)の話


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 通りでググトに遭遇しても夢野ミチルは驚きもせず、逃げなかった。それどころかググトの方が逃げ出したように見えた。このことは俺にあることを思い浮かばせた。


(ミチルがA級ググト?)


 まさかとは思う反面、そうだとも考えられた。A級ググトは人間では探知できないと言われている。いや、実際に見た者もいないだろう。ググトだけがその存在を認めている。


(うーん。もしそうならどうしたらいいか・・・)


 A級はどんな姿や力を持っているか、わからない。すべてが謎なのだ。正体を確かめることもできないし、奴が暴れたらどんなことになるかも想像できない。もしA級ググトが現れたら、俺は倒すことができるのだろうか? いやそれどころか、マサドが束になっても敵わないのかもしれない。

 様々なことが頭を駆け巡った。俺はそのまま理沙の待つ喫茶店に戻った。


「どうしたのよ? 遅かったじゃない!」

「ああ、ごめん。ちょっと気になることがあったから・・・」


 俺はまた話を止めた。ふと見た窓の外に、ここから少し離れた所に立つミチルの姿が見えたからだった。ミチルは無表情にこっちをじっと見ていた。それは俺の背筋をゾクッと寒くさせた。


「何見ているの?」


 理沙が俺の様子に気付いて窓の外を見た。するとミチルはそのまま歩いて行ってしまった。


「何でもないよ。」


 俺は理沙にそう答えた。できるだけ普通に。


「本当にそう?」


 理沙は眉間にしわを寄せていた。



 俺はあれから毎日のように東野教授の研究室に通った。そこでミチルの様子を観察しようと考えた。不審な行動をしていないかどうか・・・。もしかしたら彼女がA級ググトである証拠がつかめるかもしれない。

 それは研究室の中だけではない、研究所からの行き帰り、マンションの部屋に入っても俺は外から彼女の部屋を監視していた。


(必ず動くはずだ!)


 俺は確信して待っていた。しかし数日たっても、何も発見できなかった。食事のため人を襲っている様子もないし、不審な点も見つからなかった。それでも俺は研究室に顔を出した。すると東野教授が声をかけてきた。あまりにも頻繁に来るものだから、俺が研究をしたいとでも思ったのかもしれない。


「おや、また来ているのかね。熱心だね。どうだ。君も何か研究をしてみるかね?」

「ええ、研究で何かお手伝いしたいと思って。」

「そうか。ではこれを・・・」


 東野教授との会話の間も俺はミチルから目を離さなかった。彼女は俺が監視しているのも知らず、いや気付いているのかもしれないが、黙々と手を動かしていた。


「じゃあ、夢野君の手伝いをしてくれないか。彼女の研究は人手がいりそうだから。」


 東野教授の言葉に俺は「しめた!」と思った。もう少し近くによればもっとわかるかもしれない。


「そうします。夢野さん。よろしくお願いします。」


 俺はそう言ったが、ミチルは軽く頭を下げただけだった。そしてノートを俺に差し出した。


「ここに書いてある試薬を作ってください。」


 会話はそれだけだった。俺は言われた通りに試薬を作り始めた。


 一緒に働いて気付いたのは、ミチルは何も口に入れないことだ。お茶や水さえも・・・。そして昼食の時も、


「私、ダイエットしているから。」


 と言って何も食べていなかった。これは・・・


(ググトは、血以外のものは体が受け付けない。何も食べないということはやはりミチルはググトなのか!)


 疑いはかなり濃くなった。後はもう一押しすればはっきりする。今日の仕事が終わりに近くなって俺はミチルに言った。


「今日はありがとう。いろいろわかったよ。」

「それはよかったわ。また手伝ってね。」

「それはもちろん。今日のいろいろ教えてくれたお礼に夕食をおごるよ。昼ご飯も食べていなかっただろう。何がいい?」

「ありがたいけどいいわ。」

「遠慮しないで。そうそうイタリアンのおいしい店があるんだ。そこはどう?」


(ミチルが物を食べなければググトだ。これではっきりする・・・)


 そう思った時、後ろから人の気配を感じた。それも殺気を帯びたような強い怒りの感情とともに・・・


「涼介!」


 それは理沙だった。目を吊り上げて俺に向かってくる。


(どうして理沙は怒っているんだ? あっ・・・)


 俺は気付いた。自分がとんでもないことをしていたことに。怒っている理沙は俺につかみかかり、すぐにヘッドロックした。これは理沙の得意技だ。


「この浮気者!」


 確かに言われた通りだ。俺のしていたことは、はたから見るとそう見えるだろう。


「こんなところに来てデレデレと。しかも食事に誘うなんて・・・信じられないわ!」


(いや、それ以上だ。ミチルをずっと監視し、研究室からの帰りをつけ、その部屋を見張っていた・・・ストーカー以外の何物でもないだろう。だがこんなことを知ったら理沙はますます逆上する。本当のことを言っても信じてくれまい。何かうまく言い逃れするには・・・)


 俺はヘッドロックに苦しむふりをしながら考えた。


「まあまあ、やめてください。そんなんじゃないんですから。」


 意外にもミチルが助け舟を出してくれた。


「じゃあ、なんなの! あなたも涼介に気があるっていうの!」

「いいえ。そんなことはないわ。あなたが小川さんの彼女? 話はよく聞いているわ。素敵な人だって。」

「ええっ! そうなの?」

「そうよ。焼きもちを焼いているあなたたちを見ると、かえって仲がよさそうに見えるわ。お似合いのカップルよ。」

「そお・・かな・・・」


 理沙の機嫌は直りつつあった。ヘッドロックから俺を解放した。


「ごめん。てっきり・・・。最近、涼介の様子が変だったから。」


 理沙が俺に言った。ミチルが機転を利かせてくれたおかげで助かった。A級ググトかもしれないがここは感謝しないと・・・。


「あなたにも謝るわ。つまらないけんかを見せてしまって。お詫びにこれあげる。」


 理沙はいつも持っている飴をミチルに差し出した。俺は、


(飴を受け取るが食べないだろう。ミチルはググトなんだから・・・)


 と思ってそれを見ていた。だが、


「ありがとう。」


 涼子はそう言って飴を口に入れた。


(食べた! ということは、ミチルはググトではないのか!)


 俺の直感は間違いで、単なる思い込みだったのか・・・ではA級ググトは他にいるのか? A級ググト探しは振出しに戻った。


 ◇


 それから俺は研究室に行かなくなった。町で手掛かりを探すことにした。だが何か気になっているのだろうか、理沙が俺についてくるようになった。普通ならこんなことをしているのを、どうしてかを言い訳しなければならないだろう。だが理沙は聞かなかった。大方、中2病がひどくなったとでも思っているのだろう。


「疲れたら帰っていいんだぜ。」


「大丈夫よ。平気よ。」


 理沙はあくまでも俺についてきたいようだ。すると俺はまた出くわした。あの取り逃がしたググトに。奴は少女に擬態して人を物色していた。

 俺はすぐにそこに向かおうとした。だが理沙ががっちり俺の腕をつかんだ。


「どうしたのよ!」


「いや、ググトが・・・」


「それなら一緒に行きましょう。私もそのググトがいるか見てあげるわ。」


 理沙は俺の腕を放そうとしない。以前、襲われて怖い思いをしたというのに・・・。それに前の世界で平行世界の理沙がググトに殺されているので、彼女を危険な目に合わせたくなかった。あの少女がいつググトの本性を現して人を襲うかわからない。ここにいれば危険だ。せめて理沙だけでもここから遠ざけよう…と俺は思った。


「気のせいだった。向こうに行こう。」


「嘘! あの女の子を見ていたくせに。またストーカーの癖が出たのね。あの子に涼介がストーカーだと教えてやるわ!」


 理沙は気に食わなかったのか、そんなことを言ってあの少女の方に走り出した。


(これはまずい!)


 俺が思ったときには、少女は理沙に狙いをつけてググトの姿になった。


「きゃあ!」


 理沙はあまりのことにへなへなと座り込み、やがて倒れた。恐怖で気を失っているようだった。その理沙にググトが触手を伸ばしてくる。


「理沙!」


 俺は叫んでスマホを放り出してググトに向かって行った。


「エネジャイズ!」


 俺はマサドに変身した。そして理沙に伸びてくる触手を蹴り上げた。


「グオーン!」


 ググトが悲鳴を上げて飛びのいた。俺はその隙に理沙を抱き起して道端にあったベンチに寝かせた。

 一方、ググトは逃げようともせず、俺に向かって来た。どうも奴は、俺の体にダメージが残り調子が出ないのを見抜いているようだった。だがこんな状態でも俺は戦わねばならない。振り回して触手をはねのけ、何とかパンチやキックを打ち込むが、奴のダメージは少ない。パワー不足なのだ。

 奴はそれを見てさらに攻撃を加えてくる。こうなったら最後の切り札を使わねばならない。それを発動するパワーはまだ残っている。俺は奴に向かって行った。触手が飛んできたがそれを手で払いながら奴の体を抱えた。


「エネジャイズ!」


 マサドの状態で変身するパワーをそのまま発散した。すると大きなエネルギーが発光し、


「バーン!」


 と雷が落ちたかのように爆発を起こした。その衝撃で奴は吹っ飛んだ。もちろん俺も吹っ飛び、地面に叩きつけられた。


「ううう・・・」


 私は何とか立ち上がったが、もうヨレヨレの状態だった。対して奴も大きなダメージを負っていた。もう一撃・・・。私は奴の方に行こうとした。すると・・・


「助けてください。」


 奴がその背後に現れた者に哀願していた。それは紛れもなく、夢野ミチルだった。彼女は無表情で立っていた。


「お助けを・・・。やられてしまいます・・・」


 ミチルは丸い大きな眼鏡を投げ捨てた。その目は冷ややかにそのググトを見ていた。


「愚か者!」


 彼女はそう呟くと、1本の触手を出して目にも止まらぬ速さでそのググトの頭を貫いた。それは声もたてずに倒れ、そのまま泡になって消えてしまった。それを見て


「これがA級ググト!」


 俺は戦慄した。さっきの触手のスピードで攻撃されたらひとたまりもない。だがミチルは俺を攻撃することなく、すぐに触手をひっこめて人の姿のままでいる。


(敵うはずがない・・・)


 俺は絶望に近い気持ちだった。だがここで逃げることもできない。ここで倒さないとこいつはどれほど被害を与えることか。A級ググトなんだから・・・。

 俺は身構えた。もう体はかなりのダメージを負っていて動きも悪いだろう。どうやって仕留めたらいいのか・・・。それにしてもミチルはググトに変身しようとしなかった。これはチャンスかも・・・。

 俺はこのチャンスを逃すまいと攻撃をかけようとした。しかしミチルはそれを見通しているかのように言った。


「やめなさい。あなたなんか私に敵うはずがない。無駄よ!」


「無駄かどうかやってみなければわからない!」


 そう言ってみたものの、俺は身構えたまま動けなかった。ミチルから放たれる重圧感が俺を押しとどめていた。


「あなたとは戦う気はないわ。」


「お前になくてもこっちにはある。」


「そう? そうならこうしたらどう?」


 ミチルはまた1本の触手を出してそれを伸ばした。それはベンチに寝かした理沙を捕らえて自分のそばまで運んでいった。そしてもう1本、彼女から触手が出てきて、それが理沙を貫こうとしていた。それは一瞬のことだった。俺は驚きのあまり叫んだ。


「やめろ! なにをするんだ!」


「これでも私と戦うって言うの? あなたの心の中は見通しているわ。あなたにこれが耐えられるのかしら?」


 ミチルは首をかしげて言った。こうなったら俺の完敗だ。あとは奴の好きなようにこの身を引き裂かれるしかないのか・・・。


「ふふふ。大丈夫よ。何もしやしないわ。私はあなたの敵じゃないのよ。」


 ミチルは笑いながら言った。


「何だと! 信じられるか!」


「私は知っているの。マサドシステムが次元の壁を崩壊させていることを。だから平行世界の間で人やググトが入れ替わっているわ。このままではすべての世界が危ないって。」


「そこまで知っていて・・・。お前は何が目的だ!」


「私もそれを望まない。だからお手伝いしているの。東野先生の研究を。私は、いえググトはあなたたちより賢いのよ。きっといい解決法が見つかるわ。」


 俺はミチルの言葉を完全に信じることはできなかった。しかしこの状況ではどうにもならなかった。


「だから俺にどうしろというんだ?」


「今まで通り私に研究させて。それに私がググトであることは黙っていて。もちろん人を襲ったりはしないから。」


「でも食事するだろう。人の血はどうするんだ。誰かを襲わないとどうにもならないだろう。」


「いいえ。私のように進化したググトは違うの。」


「じゃあ、ものを食べて生きていくのか? そういえばキャンディーを食べていたな。」


「いいえ。理沙さんがくれたキャンディーを口に入れたけど、あれは後で吐き出したわ。私は特殊な触手を持っているの。それで知らない間に少しずついろんな人から血をもらっているのよ。もちろんあなたからもいただいたわ。気づいてない? 私はあなたの血を少し吸ってすぐにマサドだと分かったわ。まずかったもの。」


 俺はそれに気付けなかった。ミチルがそんなことをしていたとは・・・。しかし俺がマサドであることがすぐにばれていたとは・・・。


「だけど安心して。少しずつだから。体に影響はないわ。いうなればググトは寄生虫のようなもの。私のように進化したググトは宿主を痛めつけるような効率の悪いことはしないわ。仲良く共存した方が都合がいいもの。」


 俺はミチルのペースにはまっている気がした。だがこうなった以上、ミチルの提案を受け入れるしかない。


「そこまで言うのなら俺は手を出さない。君の正体を誰にも言わない。」


 俺はそう言って、マサドから人の姿に戻った。でも内心はホッとしていた。もし俺がミチルと戦っても勝ち目はないだろう。いや誰も彼女を止められないだろう。だが彼女は人を襲わないと言っている。彼女の周囲の人が少し血を失うが、それだけで済めばいいか・・・と思い始めていた。


「それなら取引成立ね。」


 ミチルは触手に捕まえた理沙を投げて返した。俺は両腕でしっかり抱きとめた。


「じゃあ、約束よ。」


 ミチルはそう言い残して去って行った。


 ◇


 その後もミチルは以前と同じように研究室で研究を続けていた。俺は時々、研究室を訪れることがある。ミチルは俺に無関心の様にしているが、誰も見ていないときにいきなりニコッと笑顔を向ける。その時、なぜか俺はドキッとして手に持ったものを落とすのだった。ミチルはそれを見て、


「かわいいわね。」


 とかすかにつぶやいて笑っていた。どうも彼女は俺の反応を楽しんでいるようだ。俺はそんなミチルが苦手だが、いやな気はしていなかった。

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