第28話 俺がググトになる時

 俺は体の異変を感じていた。だがどこが悪いのかわからず不安を感じていた。そんな日が続いたある朝、俺に触手が生えてきた・・・。現実世界で起こった「俺(斉藤和夫)」の話。


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 俺の周りではいろんなことが起きていた。化け物が人を襲うようになるし、行方不明になる人も増えていた。だが俺はそんなことに気を取られずに、大学生活を楽しく満喫していた。勉学に・・・と言いたいところだが、仲間と遊ぶ方が多かった。まあ、その方がこれからの人生に役に立つだろう。


 仲間は翔一と健太、そして涼介だ。かけがいのない友だ。特に涼介は子供のころからの付き合いで何でも言いたいことが言えた。奴は本当にいい奴だ。もっとも最近は彼女ができたらしく、付き合いが悪くなってはいるが・・・


 とにかく俺たちは大学にサークル活動にバイトにいろんなことに充実していた。この楽しい毎日は永遠に続くわけではないが、もう少し俺たちに青春の許された自由な時間を与えてくれると信じていた。あの時までは・・・




 数週間前から俺は体の異変を感じていた。最初は体の違和感だけだったが、だんだん食事を受け付けなくなっていた。だが空腹感は常にあった。そして不思議なことに体は弱るどころか、力を増しているようだった。


「和夫。少し変だぞ。」


 涼介が真っ先に俺の異変に気付いた。


「そうか?だが体は元気なんだ。」


 俺は否定した。確かに違和感があるが、病気にはなりたくない、そう言われたくないという意識がそうさせたのだろう。内心は自分でもそう思っているのだが・・・


「いや、変だ。変わったことはないか?」


 涼介は執拗に訊いてきた。俺は涼介が最近、昔と変わったような気がしていた。何か隠しているというか、思わぬことを知っているというか、とにかく人が変わったように感じることがあった。だがやはり涼介だ。昔からの付き合いだけはある。俺の少しの異変でも感じてしまうとは・・・。


「実は…最近、食欲がないんだ。でも空腹感はあるんだ。」


 俺はやっと本当のことを言った。


「それは胃が悪いんじゃないか。胃薬でも飲めよ。」


 と横で聞いていた翔一が口をはさんだ。


「最近、飲みすぎだろう。合コンばっかり行っているな。少しは控えろよ。」


 健太も茶化すように言った。2人の言葉に、


「ああ、そうだな。」


 と俺は無理にでも納得しようとした。俺が病気であるはずがない。若いんだから。少し自重して様子を見るか・・・と思った。ただ涼介だけが深刻そうな顔をして俺を見ていた。




 それからも俺の症状は治まらなかった。いや、それどころか、ひどくなっていくようだった。だからあきらめて病院に行った。


(どこが悪いんだ?もしかしたらガン?俺は死んでしまうのか?)


 と恐怖に駆られていた。だが一通り検査をしてみたが、どこも悪くないとの結果だった。胃薬だけもらって様子を見ることになった。

 ホッとはしたが何か腑に落ちなかった。それなら俺はどこが悪いのだろう・・・。



 そんな日が続いた日の朝だった。俺は朝、寝ぼけ眼で起きて洗面所に向かっている時だった。鏡をのぞきこむと俺の後ろに細い棒状のものが1本、くねくねと動いていた。それは触手のようにも見えた。


「うわっ!何だ!」


 俺は慌てて振り返った。だが後ろに何者も立っていなかった。目の錯覚かと思って前を向いて鏡をのぞくと、やはりその触手は映っていた。


「一体・・・どうして・・・」


 俺はゆっくり首を向けながら後ろにある触手をじかに見た。そして体をずらしていくと、


「!」


 俺は驚きで声が出なかった。その触手は俺の体から生えていた。


(どうしてこんなものが生えているんだ!)


 いくら考えても俺にわかるわけがなかった。とにかく俺の体に大きな異変が起こっているのだった。


(どうしよう・・・誰に相談しよう・・・)


 そう思った時、その相手は一人しかいなかった。それは涼介だ。彼ならこんな姿になった俺でも受け入れてくれて、親身になって相談に乗ってくれるのに違いない。

 俺は涼介に会うために大学に行こうとした。それにはまずその触手を隠さねばならなかった。電車の中で誰かに見つけられたりしたら大変だ。さらしでもまいて・・・と思っていたら、その触手は俺の意思で引っ込ませることができた。



 とにかく俺は触手が飛び出さないように注意しながら、大学まで来た。すると都合がいいことに涼介をばったり出会った。いや、涼介の方から近づいてきたようにも思えた。それも涼介は険しい顔をしていた。何か俺を警戒しているかのように・・・


「ちょうどいい。話を聞いてくれ。秘密の話だ。」


 俺は声を潜めて涼介に言った。


「わかった。行こう。」


 涼介は俺を誰もいない講義室に連れて行った。そこはがらんとして不気味なほど静まり返っていた。

 涼介は何も言わなかったが、その目は俺に白状しろとも言いたげだった。俺がこんなに悩んでいるのに・・・


「驚かないでくれ!前に俺の体に異変があったと言っただろう。それがこれだったんだ。」


 俺は体から触手を出した。それはゆらゆらと空間に揺れていた。だが涼介は驚いた様子を見せなかった。なぜか身構えているかのようだった。まるで俺が襲い掛かるかのように・・・。


「どうしよう・・・こんなものが生えてきたんだ。俺の体はどうなってしまったんだ・・・」


 俺は言った。だが涼介は同情してくれるどころか、厳しい顔で俺を睨んでいた。もちろん身構えながら・・・


「涼介。俺は相談できるのはお前だけなんだ。何とか言ってくれよ。俺は何だか怖いんだ。」


 俺は涼介に訴えた。すると涼介はつぶやくように言った。


「ググトではないんだな。本当に和夫なんだな。」


(ググト?なんだ、それ?)


 涼介がまた訳のわからないことを言い出したと思いながらも俺は言った。


「俺は俺だ。和夫だ。斉藤和夫だ。見ればわかるだろう。ただこんなものが生えてきているんだ。」

「どうしてこんなことに・・・」


 涼介は構えを下ろした。そして考えてこんでいた。俺は訊いてみた。


「俺はどうしたらいい。やはり病院に行って診てもらうのがいいか?」

「いや、それより調べるならあそこがいい。ちょっと来てくれ。」


 涼介はそう言うと俺の手を引っ張っていった。




 そこは物理学部の研究室だった。涼介はそこによく出入りしているようで、そこの助教の東野先生と顔見知りのようだった。


「友人の斉藤和夫です。調べてほしいんです。平行世界から来たのかどうかを。」


 涼介は先生に訳の分からないことを頼んでいた。すると東野先生は答えた。


「わかった。スキャン装置ができたから見てみよう。平行世界の物質を識別できるんだ。斎藤君と言ったね。この装置に入ってくれ。」


 それを聞いて俺はキツネにつままれたような気がしていた。


(平行世界? なんだ? ここではSFみたいな研究をしていたのか?)


 俺は半分信じられなかったが、とにかく言うとおりに装置に入って寝てみた。装置から光が出て俺を照らしていった。向こうの部屋から東野先生と涼介がモニターをじっと見ていた。やがて装置が止まると東野先生と涼介が深刻な顔をして話していた。その会話は俺には聞こえなかった。不安に感じた俺は2人に声をかけた。


「何だ?どうしたんだ?」

「大丈夫だよ。気にすることはないよ。」


 東野先生はあわてて笑顔で答えた。そして涼介までも作り笑いをして俺に言った。


「しばらくしたらよくなるさ。」


 その嘘くささに俺は確信した。


(隠している。何か隠している・・・)


 一体、俺の体に何が起きているのか、それは誰も面と向かって教えてくれないのかもしれない。その恐ろしさゆえに・・・




 俺はそのままアパートに帰った。涼介は送って行こうと言ってくれたが、もはや奴を信用する気になれなかった。こうなったら否応でも・・・

 服を脱いで気を緩めると触手が出て来た。鏡に写るその触手はただゆらゆらと動いていた。


(こいつのせいだ!こいつがなかったら元の俺に戻れる!)


 俺は傍らに置いてあった大きめのハサミを右手でつかむと、左手で触手をつかんで躊躇なくぶった切った。


「イタ!」


 俺は激痛に思わず大声を上げた。切れた触手は俺の左手の中で泡になって消えていった。そして体の傷は血を吹き出した後、すぐにしぼんで消えていった。


「これでいい。これで元の俺に戻れた。」


 簡単なことだった。触手さえなければ問題ないはずだ。安心した俺はそのままベッドに倒れ込んでそのままぐっすりと寝た。




 俺は夢を見ていた。腹をすかせた俺は目の前を歩く人たちをじっと見ていた。それはどいつがおいしそうかを品定めしている感じだった。そして俺はよだれを垂らしながら一人の若い男に近づいた。


「うわっ!」


 若い男が声を上げたが、俺はかまわず捕まえた。それはうまい果物を手に取った感覚に似ていた。そしてその体に口を突き立てると、うまい汁が俺の口から喉に流れ込んだ。


「うまい!」


 俺はその汁を夢中ですすっていた。男はしぼんでいったが、俺は満足していた。それに合わせるかのように俺に生えている数本の触手が揺れていた。それを見て俺は目を見開いて、


「うわー!」


 と悲鳴を上げた。そこで俺は目覚めた。


 俺は額に大粒の汗をかいていた。恐ろしい夢だったが現実ではなかった。そのことにほっとしながら、俺はベッドから出て汗だくになったパジャマを脱いだ。


「!」


 俺は言葉を失った。俺の体に触手が3本生えていた。慌てて鏡で映してみたがそれは紛れもなく触手だった。


「切ったはずだぞ!どうして増えているんだ!」


 俺は声を上げた。そして俺の顔も変わっていた。鋭い歯が並び獣のような顔になっていた。


「か、怪物!」


 俺はそう思った。俺は怪物に変わってきているのだった。


「ど、どうなるんだ!」


 俺は布団に頭から潜りこみ、不安と恐怖で震えていた。




 朝になり、誰かが俺の部屋を訪ねてきていた。俺は誰にも会いたくなかったから、そのまま無視した。だが俺を呼ぶ声が大きくなり、ドアをドンドンと叩いていた。


「和夫!俺だ。涼介だ。大変なことが起こっているのはわかっている。ここを開けてくれ!」


 その呼びかけに俺は布団から頭を出した。


(そうだ。涼介なら何とかしてくれる・・・)


 俺はそんな気がした。怪物になった俺を助けてくれるかもしれないという望みを感じた。

 俺は体に力を入れて人の形の戻ろうと努めた。すると簡単に顔は元に戻り、触手は引っ込んだ。そしてその姿のまま、ドアを開けた。


「大丈夫か?」


 涼介が心配そうに俺の顔をのぞきこんだ。


「いや、それが・・・」


 俺は何と説明しようか考えた。とりあえず涼介を部屋に入れてドアを閉めた。


「朝、大学に来ていなかったからもしやと思って来たんだ。やはり恐ろしいことになっているんだな。」


 涼介は何もかも見通しているように言った。俺はただうなずいた。


「そうか。黙っていて悪かった。お前にどう伝えようか迷っていた。あまりに突飛なことでお前が信じてくれるかどうか・・・」

「信じるも信じないもない。これを見てくれ!」


 俺は気を緩めた。すると体から3本の触手が伸び、顔は恐ろしく変形した。涼介をかなり驚かせてしまうが仕方がない。真実を見てもらうしかないと思った。


「そうか。こんなに・・・」


 涼介は驚かなかった。それよりも俺に同情してくれているようだった。


「俺とお前は友達だ。どんな姿になろうとそれは変わらない。俺のできることは何でもする。」


 涼介は俺の目を見て言った。その言葉はうれしかった。こんな姿になった俺をまだ受け入れてくれるとは・・・化け物になりかけているのに・・・だがその一方で俺は確信した。



(涼介は何か知っている。俺がこうなったのを・・・)


「何が起こったんだ?隠さずに教えてくれ!」


 俺は涼介に必死に訴えた。俺はもう耐えられない。俺はこのまま化け物になってしまうのだろうか?


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 和夫はついに怪物になった。和夫に詰め寄られる涼介。果たして何と答えるのか?

 次回29話は涼介の視点から。


     

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