第25話 午前0時

 私はあのググトを年が変わる前に仕留めなければならなかった。もう時間がない・・・ググトのいる平行世界のマサドである「私(大野)」の話


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(もうすぐ年が明ける。そうなれば・・・)


 私はビルにある時計を見てそう思った。夜の街はきらびやかでまぶしいほどだ。特に今日は大みそかだ。町は賑やかで人通りも多い。行き交う人々は新しい年に希望を持っている。だから年明けを楽しみにして笑顔でいる。だが私はそうではなかった。


(この中に奴がいるはずだ。いや、きっといる。)


 私は焦りにも似た感情を抱いていた。すれ違う人の顔を次々に見ては、足早に歩いていた。もう時間が少ないのだ。


(必ずやってやる! この年のうちに!)


 私は強くこぶしを握り締めた。


       ―――――――――――――――――――


 あれは去年の出来事だった。私は井上という若い相棒と組んで街を歩いていた。年末はどうしても街にくり出す人が多い。こんなところをググトに襲われたらひとたまりもない。だから警戒のためマサドも街に多く配備されるのだ。

 町にこれほどのマサドがいると、さすがにググトも活動しにくい。人に擬態した姿でもマサドが近くによればその正体がわかってしまうからだ。

 この年末警戒は数年前に始まったのだが、当初は大きな成果を上げた。街のあちこちで人に擬態したググトが発見され、すぐに対処された。この期間だけで通常の10倍のググトが仕留められた。

 しかしそのことがググトの間に浸透したのだろう。年末の街に姿を現すググトは少なくなり、最近2年間はゼロだった。


「さすがにもうググトは現れないでしょう。大野さん。」


 井上は気楽そうにそう言っていた。私もそう思っていた。この数のマサドが街に投入されている限り、ググトも容易に人に手が出せまい。


「ああ、そうだと思う。しかしもしもということがある。気を抜かずに行こう。」

「はい。」


 私たちは夜の街を歩き続けた。街の人の群れは相変わらず多かった。この夜も私たちの前にググトは姿を現さず、平穏無事な夜のはずだった。しかし・・・。




 次の日、街の路地の片隅から死体が発見された。手口から昨夜、ググトにやられたものと判明した。


「一体、どういう事なんだ!」


 私をはじめ、警戒に関わったマサドが管理局に呼ばれて事情を聞かれた。その口調は我々マサドが手を抜いて被害が出たと言わんばかりだった。


「君たちには人々の期待が寄せられている。それがどうだ。これほどのマサドがそろってこのざまは! 怠慢としか思えん!」


 私たちはうなだれていた。確かにググトの被害を出してしまったのだから・・・。しかし井上は違った。彼は背筋をピンと伸ばして管理官に顔を向けた。


「お言葉ですが、管理官。それは違うと思います。」


 管理官は思わぬ発言にムッとして井上をにらんだ。


「どう違うのかね? 君たちの怠慢のせいで被害者が出たんだ!」

「いえ、我々は手を抜いておりません。いつも通りの警戒をしておりました。しかしググトの方が我々に感知されずに人を襲うことができたのです。」

「それはどういう事かね?」


 管理官は怒りを押し殺しているようだった。その顔には「この若造が! 生意気な!」という表情がありありと出ていた。


「人に擬態しているときはもちろん、ググトの正体を現しているときもマサドに感知されにくい個体がいるようです。私が調べたところ、そのような事件は少なからず起きております。」

「なに! それを真に取るのかね? 私はその付近にいたマサドの能力の問題だと思っているが。」


 管理官は(そんなことがあるわけがない。)と頭から否定していた。しかし井上は引き下がらなかった。


「いえ、そのような個体はおります。その事件の一つに私が関係しているからです。私は直にその個体に接触しました。」


 井上はきっぱり言った。そして言葉をつづけた。


「しかしだからと言って、年末の街の特別警戒が無駄とは思えません。マサドの能力で感知できなくても、もしかしたらググトが人を襲う場面に遭遇するかもしれません。その場を押さえることができれば、その特別なググトを排除できるかもしれません。」



 私たちは管理局から出て来た。井上の意見に管理官は一応、納得したようだった。しかしそんなググトがいるなら今夜も被害者が出るはず・・・我々マサドはより慎重に街の警戒に当たることになった。



 その日は大みそかだった。街を行き交う人の数はやはり多かった。私は井上ともに街を歩いてググトを探していた。しかし手がかりもなく、その存在を感知できないのでは暗闇の中で手探りで物を探しているのと同じだった。私は歩きながら井上に尋ねた。


「で、どうだったんだ? 感知できないググトは? 何か特徴があったのか?」

「いえ。気づくと人が血を吸われて倒れていました。奴は音もなく食事をしてすぐに姿を消します。その姿を見た者はいません。」

「そうか・・・それならば発見が難しいな。 それに奴がどれほどの力を持っているか・・・」

「ええ。だからこんなものを用意してきました。」


 井上は得意げに短い警棒のような物を取り出した。


「レーザーナイフです。以前、ググト対策用に開発された武器の試作品です。管理局の倉庫に眠っていたものを拝借してきました。マサドの力が通じないときはこれを使おうと思って。」

「そんなものが役に立つのか?」

「さあ。でもないよりましでしょう。」


 井上はその警棒をぐるりと回して腰にしまった。


「他に気付いた点はないのか?」

「他にと言うと・・・奴は食いだめができるようです。短期間で集中的に血を吸い、そしてしばらく姿を消す・・・そんな変則的な食事をするようです。」


 井上はそう答えた。彼自身、悔しい思いをしたのだろう、かなり詳しくそれらの事件を調べていたようだった。


「たまたまこの時期に奴の食事のサイクルが重なったかもしれません。それに・・・」


 そう井上が話しているとき、私は手を挙げてそれを制した。井上は話を止め、不思議そうに私の顔を見た。私は何かの気配を感じていた。血の匂いというか、生臭い獣の雰囲気というか・・・それはマサドを長く務めた私の勘だった。


(あの男・・・)


 それは前方を歩く中年の男だった。どこにでもいそうなサラリーマン風の男・・・だが私の勘が、あの男が怪しいと告げていた。私は井上に目で合図すると、その男の後をつけた。井上もそれを理解したらしく、私とともに男の後を追った。

 男は街を普通に歩いていたが、そのうち尾行に気付いたのだろうか、急に走って角を曲がった。


(逃がすか!)


 私と井上も走って、男を追ってその角を曲がった。そこには男の姿は見えなかった。さらに先の角を曲がって行ったのかもしれない。井上もそう思ったらしく、私を追い越して無警戒にその角を曲がろうとしていた。


(待て、井上! 一人で行くな! 相手は得体の知れないググトなんだぞ!)


 私は心の中でそう叫んでいた。しかし井上は行ってしまった。私は遅れながらもその角を曲がった。


「なに!」


 そこには血だらけの井上が倒れていた。ググトの触手で吹っ飛ばされたらしい。しかし物音一つ立てないとは・・・。だが落ち着いている暇はなかった。私にはまだあの気配を近くに感じていた。


「エネジャイズ!」


 私はマサドに変身した。するといきなり触手が飛んできた。


「バーン!」


 私は不意打ちを食らったが、マサドになっていたためダメージを押さえられた。人間のままなら即死だろう。しかしそれでも少なくないダメージを負ってしまった私は、攻撃に転ずることができなかった。それに奴の姿がまだはっきりしない。私を襲った触手が飛んできた方向には何もいない。


「バーン!」


 触手が別の方向から飛んできた。それを私は何とか両腕でガードした。それから奴は姿を見せぬまま触手を何度も私に飛ばしてきた。その度に何とかガードするが、それでも少しずつダメージが蓄積していく。このままではもたない・・・。


(こうなったら・・・)


 私は自分の感覚に賭けることにした。マサドのセンサーでは感知できない。敵が見えない。それなら感じる気配で奴の動きを読むことにした。息を止めて目を閉じた。するとある方向から奴の息づかいが感じられた・・・。


「バシッ!」


 私が放ったキックが奴の触手を破壊した。


「ぎゃあ!」


 奴の声が聞こえた。しかしそれっきり奴の気配は消えた。思わぬ攻撃に深手を負い、逃げてしまったようだった。私のそばには息絶えた井上の亡骸が転がっていた・・・。




 私はまた管理局に呼ばれた。そこで昨夜の出来事をすべて話した。だが管理官をはじめ、その話を信じる者はいなかった。


「本当にそんなググトがいるのかね?」

「どうして仕留められなかったのか?」

「怖くなって井上を放っておいて逃げたんじゃないか?」


 その多くは私に対する非難だった。管理官たちはこう思っていた。


『警戒を怠り、ググトの攻撃を不意に受けた。マサドに変身したが、能力不足のため倒すこともできず、恐怖に駆られて大野だけが逃げ出した。そのため井上は一人で攻撃を受けて死亡した。』と。


 私は謹慎を命じられ、その後、査問員会にかけられた。そこでも私は非難された。無能で臆病な男だと。マサドには全く不適だと・・・。私は抗弁したが聞いてもらえなかった。

 私はマサドを懲戒解雇となった。だがそれだけではなかった。命を落とした井上まで無能呼ばわりされた。しかも殉職したはずなのにそれにふさわしくないとして死亡退職扱いになった。

 私は悔しかった。多分、井上もそうだろう。この上は自らの、いや井上の名誉のためにもあのググトを倒してやる・・・私はそう誓った。



 私は密かに奴を追った。姿を見せぬググト、マサドに感知されぬググト、それは多くなかったが、各地に点々と出現していた。それをつなぎ合わせるとただ1体だけのググトであることが分かった。

 その食事の期間のパターン、出現の仕方から今年もあの街を狙うことを私は確信していた。管理局やマサドのかつての仲間から情報を引き出したが、彼らは


「そんなググトなど存在しない。例年のように年末警戒をしっかりさえやっていればググトの被害を防げる。しかも去年のような不祥事を起こしたマサドがいないのだから・・・」


 と言っていた。

 私は悔しかったが、それならこの手で奴を倒すと決意を固めた。正式にマサドでなくなったが、その仕組み上、私は今年中、つまり新年になるまでマサドになれる。この私に奴を仕留めることができるのか・・・。


         ―――――――――――――



 私は奴を見つけるため、夜の街を歩き続けた。相棒はおらず、一人だけの戦いだ。しかし私の腰には井上の形見のレーザーナイフがある。私は井上とともにいる気がして心強かった。

 だが年が明けるまでもう10分もない。あのググトはもう姿を現さないのか・・・そうあきらめかけた時、私はあの気配を近くで感じた。それは向かいの通りを歩く中年男だった。奴があのググトに違いない。


「エネジャイズ!」


 私がいきなりマサドに変身して向かって行った。男は驚いたようだがその姿をググトに変えた。


「やはりググトか! くらえ!」


 私はパンチを放った。しかしそれは奴の触手に阻まれた。私はキックを放とうとしたが、その時、不思議なことが起こった。奴の姿が消えているのだった。


(やはりこのググトは姿を消せるのか・・・)


 そう思ったときには私は触手で叩かれ吹っ飛ばされていた。地面に叩きつけられ体に大きな痛みが走った。体を起こしたがやはりググトの姿は見えない。その気配は感じられるというのに・・・。

 その騒ぎにマサドが集まってきていた。彼らもググトの気配を感じたようだ。周囲を見渡していた。


「バシッ!」「ドカッ!」


 マサドが次々に見えないググトによって攻撃されていた。奴が本気になればこの場にいるマサドは全滅する。私は立ち上がった。


「貴様は俺が倒す!」


 私は叫んでいた。すると何かが私に向かってくる気配がした。あのググトが私を標的にしている。こちらの狙い通りだ。

 私は奴の気配を読んだ。もう逃がしはしない。


「くらえ!」


 私は奴にキックを放った。だがそれは奴の1本の触手を破壊したに過ぎなかった。


「このクソめ!」


 ググトの怒り狂った言葉が聞こえ、私は触手につかまった。いやすでに触手でぐるぐる巻きにされているようだ。身動きが取れない。


「貴様などこのまま絞め殺してやる!」


 その声は私の顔の前で聞こえた。奴の顔と体は私にかなり接近しているようだ。ここぞとチャンスとばかりに奴に攻撃を加えたいが、腕と体は奴の触手で巻かれて締め上げられている。その絞り上げるように締まってくる苦しさに、


「うううっ・・・」


 私は声を上げていた。

 他のマサドは次々に奴に攻撃を加えて私を助けようとしていた。だが思わぬ方向から突然加えてくる触手の攻撃に皆、吹っ飛ばされていた。

 奴は私に止めを刺そうとさらに締め上げた。


「死ね!」

「うわーっ・・・」


 私は苦しみながらも右手で何とか腰を探った。するとそこにそれはあった。


「ビーン!」


 高い音がして腰のレーザーナイフが起動した。警棒からまばゆい光の刃が伸びている。右手で何とか握ると、


「これでもくらえ!」


 私はそのレーザーナイフをググトがいるであろう場所に突き立てた。


「グサッ!」


 確かに手ごたえがあった。すると見えなかった奴の姿が浮かび上がった。


「くそっ! お前ごときに・・・」


 奴はそう言って倒れ、やがて溶けていった。私は奴の触手から自由になった。その時にはもう人の姿に戻っていた。

 時刻は午前0時、新年を迎えていた。街はいきなり活気づき、周囲からは新年を迎えた喜びの声が上がっていた。

 私は「はあっ」と息を吐いてレーザーナイフのスイッチを切った。


「井上、安心してくれ。君を殺したググトは倒したぞ。」


 私はレーザーナイフにそうつぶやいた。これで私の役目は終わった。あれから長い1年だった・・・。私は夜の街の暗がりに消えていった。

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