第22話 檻の中の僕

 僕はずっと檻の中にいた・・・僕から見た人たちは・・・ググトのいる平行世界の子供の「僕」の話


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 僕は物心ついたころから檻の中にいた。たまに手足を拘束され、いろんな機械に入れたりしたが、痛い目に合ったことはなかった。目の前で僕を観察する人たちは、僕を「テス。」と呼んでいた。多分、これが僕の名前なんだろう。彼らはいつも僕に話しかけてくれていた。


「テス。元気?食欲はどう?」

「今日は一日何していたの?」


 僕は答える。


「元気さ。今日は遊具で遊んでいたんだ。」


 檻の中には遊具とか、本とかいろんなものがあった。だから退屈しなかった。それに僕の周囲にいる人たちを観察してみると面白かった。


(今日はあの人は機嫌が悪いな。)とか、

(あの女の人はウキウキしている。いいことあったのかな)。とか

(眠そうだ。昨日、あまり寝てないな。)とかわかるようになった。


 彼らが何気なく話す会話から僕はいろんなことを知って、そして学んでいた。僕の周りにいるのは主に「ハットリサン」という女の人、「コウタ」という下っ端らしい男の人で、たまに「ブチョウ」とかいう偉そうは人が来た。

 僕はお腹がすくと彼らに呼び掛けた。


「ハットリサン。お腹がすいた。食事はまだ?」


 僕はあの人たちとは違うググトというものであり、人の血を吸って生きているらしいことを知っていた。だから僕の食事は赤黒い液体をチューブでもらえるし、その時だけは体を変えなければならない。でも僕はその姿が好きではなかった。鏡に映るその姿はいつもの僕ではないし、周りの人の姿でもない。僕は鏡を見ないようにして食事をして、すぐにいつもの僕の姿に戻った。



 たまに僕を見学に来る人たちがいた。みんな偉い人なのだそうだ。その時はブチョウもへいこら頭を下げていた。僕はそのお偉いさんが嫌いだった。まるで嫌な物でも見るような目つきで僕を見て、


「こいつは使えそうか?」とか

「厄介な奴だ。」


 とか話していた。そしてたまには敵意むき出しの目で僕を見た。僕は何も悪いことはしていないのに・・・



 僕は周りの世界に興味があった。世界と言ってもこの部屋の外のことだ。上には空があり、雲が浮かんでいてまぶしい太陽があるらしい。夜は暗くなって月とか星が輝くようだ。それは本で知った。


「ハットリサン。空を見てみたいな。」僕は言ったことがあった。でも

「そのうちにね。」と言ったきりだった。


 僕の近くにも僕と同じように檻に入れられている人がいた。いや、ググトらしかった。離れた檻に入れられているためよくは見えないが、年をとっているように見えた。


「出せ!」「この下等動物が!」「下劣な奴め!」


 とか僕の知らないような言葉で罵倒しているようだった。ここの人はそんなに悪い人じゃないのに・・・でもすぐに消えていった。泡になって溶けていた。


「ググトは死んだらすぐに消えてしまう。体の中を調べることもできない。」

「そうですね。このまま観察するしかないようですね。」


 ブチョウとハットリサンの会話は聞こえてきた。僕も死んだら消えてなくなるんだろうか・・・本によると死んだら天国に行けるはずなのに・・・



 ある日、もう一人、男の人が増えた。シツチョウという人だった。何か前にもっと長い名前があるのだが、みんなシツチョウと呼んでいた。あの偉い人と同じところの人のようだった。ブチョウはやはりシツチョウに頭を下げていた。僕はシツチョウが嫌いだった。やっぱり僕を物か何かであるように見ていた。


「こいつの実験を進めていく。」


 シツチョウはそう言っていた。それから僕の食事は変わった。血の代わりに何かまずいものを飲まされた。空腹は少し満たされるが、中には体の調子が悪くなるものがあった。僕は頼んだ。


「おいしい食事をください。」


 だがハットリサンは悲しそうな顔をして何も言ってくれなかった。その後ろでシツチョウは言っていた。


「まだまずいか? 次はうまくしてやる。」


 それからもそのまずい食事が出て来た。でも普通の血も出てくるときもあったから僕は飢えずに済んだ。

 そのうち僕は手足を拘束されるようになった。コウタが恐る々々それを僕にはめた。まるで僕が怪物か何かであるかのように。僕はそんなに危険じゃないのに・・・。あまりにコウタがびくびくしていたから


「ウオッ!」


 と脅かしてやった。するとコウタはものすごい速さで後ろに飛びのいた。それが面白かったから僕は笑った。でもハットリサンは笑わずに、


「やめなさい。」


 と怖い顔で僕に言った。ほんの冗談のつもりなのに・・・。叱られたから僕は下を向いた。


 でもそれから僕にいろいろな物がつけられた。体表面に張るものはまだ我慢できたが。体を突き刺す器具もあった。


「痛いよう・・・」


 僕は言った。ハットリサンは悲しそうな顔をしていた。シツチョウは残酷な笑いを浮かべていた。こんなに痛いのに・・・。

 だけどそれだけじゃなかった。何か体がビリビリすることもあった。コウタが話していたのは電流というものだそうだ。あれは本当に痛かった。

 コウタは電流を強くしているようだった。僕は、


「痛いよう。やめてよう。ものすごく痛いんだよ!」


 僕は大声で訴えていた。涙までこぼれた。それでもコウタは表情も変えずにさらに僕の体をビリビリさせていた。脅かしたから僕を怒っているのだろう。ハットリサンは顔を背けていた。


「ハットリサン。助けて!」


 僕はハットリサンなら何とかしてくれると思っていた。だが、


「ごめんね。ごめんね。」


 とつぶやくばかりで何もしてくれなかった。


(どうして僕はこんな目に合うのだろう。ちゃんと言うとおりにしているのに・・・)


 僕はみんなを恨んだ。そんな日が続いた。これ以上、耐えられないと思った。



 僕は檻から抜け出した。扉を開けたままになっていたからだった。コウタが檻の掃除のときについ閉め忘れたのだろう。僕が元気なく横になっていたから・・・

 するとコウタもシツチョウも、


「うわっ!」


 と叫んで逃げだした。いつも僕をいじめているくせに・・・。でもハットリサンはいなかった。

 赤い光が回り、けたたましい音が鳴り響いた。そんな音、僕は聞いたことがなかった。


「うるさいなあ。ちょっと外を見に行くだけじゃないか。」


 僕はその部屋を出て外を目指して歩きだした。僕には初めて見る光景だった。いや、もっと幼い頃、見ているかもしれないがそんなことは忘れていた。

 歩いているうちに知らない人が僕を遠巻きにしていた。彼らは何か、混乱しているようだった。


「外には出すな!」


 声が聞こえていた。でも僕は一度でいいから外を見てみたかった。僕はかまわず歩き続けた。すると僕を部屋へ追いやろうと長い棒で僕を押したり、網で僕を絡み取ろうとしていた。


(あの姿になればみんなどけてくれるかな?)


 僕は食事をする姿になった。すると周りの人は逃げ始めた。僕の触手は棒をへし折り、網を引き裂いた。これで自由になった。

 ようやく外の光が見えてきた。窓が開かないから無理に触手でガタガタしていたら、壊れて開いた。それで僕は外に出ることができた。


「うまい!」


 その言葉が思わず出た。外の空気は新鮮だった。そして見上げると空はどこまでも青く、白い雲がぽっかりと浮かんでいた。太陽はまぶしくて見ていられなかった。これが僕にとっての世界だった。

 周囲には見たことのない建物が並んでいる。あれはどうなっているんだろう・・・好奇心が僕をいっぱいにしていた。


 だがそこまで行きつかなかった。僕の前には黒い人が並んでいた。僕は彼らから強い殺気を感じていた。


「ググトを排除する!」


 彼らの一人が言った。僕はその時、直感した。僕は殺されると・・・少し外が見たかっただけなのに・・・僕は恐ろしさで震えていた。


「やめて!」


 ハットリサンが出て来た。彼女は黒い人たちを止めているようだった。


「私がおとなしくさせます。だから少し時間をください!」


 ハットリサンは必死に訴えていた。


「相手はググトだ! 危険だ。下がってください。」


 黒い人はハットリサンをどけようとしていたが、彼女は必死に抵抗していた。僕はひどく悪いことをしていたんだと反省した。


「ごめんなさい。」


 僕はみんなと同じ姿に戻った。そしたらハットリサンは僕のそばに来て手を引いて檻まで送ってくれた。あの黒い人は僕に手を出さなかった。でも・・・



 あれからハットリサンもコウタもいなくなった。ブチョウさえも見なくなった。その代わりゴトウサンとワタナベサンが来るようになった。でも僕に何も話してくれなかった。ただ僕を拘束して器具を突っ込んで、また痛い電流を流していた。僕をただの物のように見ていたし、扱いも雑だった。僕はボロボロになっていた。


「助けて・・・」


 僕の言葉を誰一人聞いてくれなかった。シツチョウは残酷な顔をしてゴトウサンに指示していた。


(僕は殺される・・・何も悪いことはしていないのに・・・誰か助けて・・・)


 僕は死んで溶けて消えてなくなるのだろうか?魂という物だけが残って天国に連れて行ってくれるのだろうか?

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