第21話 地下室に監禁されて

 女子大生の洋子と真美は登山の最中に嵐にあい、ある山荘に雨宿りさせてもらった。しかしそこの地下室に閉じ込められた彼女たちが見たものは・・・。ググトが紛れ込んだ現実世界の話


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 奥戸部山の山頂から素晴らしい景色が望めた。しかも初心者向けで比較的登りやすかったため、多くの登山客でにぎわっていた。しかしこの山は天候が変わりやすいことで有名だった。一旦、天気が崩れると帰り道を失い、遭難する者は少なくなかった。


 嵐の中、2人の女性が山道を必死に歩いていた。彼女たちは大学の友達で、休みを利用して登山に来ていた。だが楽しい山登りになるはずが、嵐で道に迷って山を下りられないでいた。もう夕方に差し掛かったようで辺りは暗くなっていた。


「どこかに雨宿りしようよ。」

「あっちの方に灯りが見える。ちょっと行ってみようよ。」


 彼女らの先には古い山荘が立っていた。灯りがついており、人が住んでいるようだった。


「すいません!開けてください!」


 洋子が扉の前で大きな声で呼んでみた。だが嵐の騒々しさでその声はかき消されていたので、扉をドンドン叩いてさらに呼んでみた。すると扉が開いて中年の男が顔を出した。彼は目の前の2人の女性を順に見た後、ゆっくりした口調で尋ねた。


「どうしました?」

「道に迷ってしまって・・・中で休ませていただけませんか?」

「いいですよ。中に入りなさい。」


 男は洋子たちを中に入れてくれた。辺りを見渡し彼は扉を閉めた。彼はなぜか不気味な笑みを浮かべていた。



 男は山口銀蔵と名乗った。右足がかなり悪いらしく木の枝の杖を使って何とか歩いていた。部屋の中は裸電球だけで薄暗かったが、暖炉の火が赤々と燃えていた。その橙色の炎は暖かさを感じるはずだが、2人にはなぜか体の中に寒気を覚えさせた。


「この雨は当分止まないな。それに夜にもなるし、しばらくここにいたらいい。」


 銀蔵は親切に言ってくれた。


「ありがとうございます。」


 2人はその言葉に甘えることにしてリュックを下ろした。


「腹は減っていないかね?すまんが、地下に食料が置いてある。取ってきてくれんか?」


 銀蔵は奥の扉を指さした。


「はい。じゃあ・・・」


 洋子が立ち上がり、その扉を開けた。その奥下には暗い地下室が広がっていた。中はひんやりとして、何か肉の腐ったようなにおいがしていた。


「なんか怖いわ。一緒に来て。」


 洋子が言った。


「ええ、いいわ。」


 真美が後に続いた。

 電気のスイッチを入れると暗い蛍光灯が点いた。2人は地下室に下りて行った。すると、


「バタン!」


 と急に扉が閉まった。そして灯りも消えた。


「なに!なに!」


 いきなりのことで2人はパニック状態になった。扉を開けようとしても鍵をかけられて開かなかった。彼女たちは閉じ込められてしまった。


「開けて!出して!」


 扉を叩いても返事はなかった。


「君たちもやられたのか?」


 下の方から声をかける男の声がした。


「誰?」


 洋子が尋ねた。


「儂も閉じ込められたんだ。」


 裸電球がついた薄暗い地下室に一つの顔が見えた。それは白髪交じりの男だった。



 洋子と真美は恐る恐る地下室に下りて行った。そこにはその白髪の男ともう一人、若い男がいた。その若い男は地下室の隅で脚を抱えてじっと座っていた。彼は何か思いつめた表情をしていた。


「儂は須田仁作。そっちは確か次郎、次郎だったな。」


 白髪の男が言うと、その若い男は小さくうなずいた。


「この山荘は儂が立てた別荘だ。山登りするときにここを使うんだ。」


 仁作は言った。


「じゃあ、私たちを閉じ込めた山口銀蔵って人は何なの?」


 洋子が尋ねた。


「奴がここを乗っ取ったんだ。5日前、足にけがをしたところを他の登山客に担がれて来たんだ。次郎がそうだ。あともう一人いた。」


 仁作が言った。

「もう一人の人は?」


 真美が尋ねた。


「食われたよ。奴に。奴は悪魔だ!」


 仁作はきっぱりと言った。


「ええー!」


 洋子と真美は驚きの声を上げた。


「嘘よね!そんなことないよね!私たちも食われるの?」


 真美はパニックになっていた。


「落ち着いて!ここから逃げる方法が何かあるはずよ。そうでしょう。」


 洋子は仁作に訊いた。だが仁作は首を横に振った。


「無理だ。何とかしようとしたが駄目だった。」


 その言葉に洋子と真美は気落ちしてその場に座り込んだ。仁作は2人に尋ねた。


「それより何か食い物を持っていないか?水はあるが食い物はここにないんだ。」

「リュックは上に置いたままだから何も持っていないわ。」


「そうか・・・」


 仁作はため息をついて近くの筵の上に寝転んだ。しばらくして真美のお腹がキューンと鳴った。


「お腹すいたわね。」

「本当に何もないのかしら。」


 洋子が立ち上がって棚の方に近づいた。すると何かにつまずいて転んでしまった。


「あいたた・・・一体、なに?」


 洋子は立ち上がった。顔を上げると、目の前の真美の顔が恐怖で引きつっていた。真美は何かに驚いているようだった。洋子が真美に訊いた。


「どうしたの?」

「あ、あれ・・・」


 真美は震える手で洋子の足元を指さした。


「うわっ!」


 洋子はあわてて飛びのいた。そこには死体が一体あった。洋子がつまずいた拍子にかけてあった布がめくれていて、男の死体がむき出しになっていた。その死体はひどい匂いを放っており、腹部の肉が欠損していた。


「見るな!」


 脚を抱えて座っていた二郎があわてて立ち上がってその死体に布をかけた。そしてまた部屋の隅で脚を抱えてうつむいた。


「それが次郎の連れだ。あの悪魔に殺されてしまった。」


 仁作が教えてくれた。


(そうか。登山仲間が殺されたのね。確かに見たくはないわね。)


 洋子は思った。だがそれにしては次郎の様子が気にかかった。



 しばらくして地下室の扉が開いて銀蔵が下りてきた。足が悪いため、それは少しずつ階段を下りてきていた。その足音に仁作は地下室の隅で震えながら


「食われる・・・」


 とつぶやいた。洋子も真美も体を寄せ合い、階段を下りてくる銀蔵を見た。銀蔵は杖を突きながらも何とか下まで下りた。その手には洋子たちのリュックを持っており、


「ほれ!」


 とそれを地下室の床に置いた。そして洋子と真美の方に近づいた。その顔は怖いほど必死な顔をしていた。洋子と真美のどちらかを食おうというのか・・・


「もういやだ!」


 隅で顔を伏せていた二郎はいきなり立ち上がると階段を駆けあがろうとした。隙を見て逃げ出そうとしたようだ。


「逃がすか!」


 銀蔵はいきなり触手を伸ばして化け物の姿に変わった。そしてその触手をぐっと伸ばして次郎を捕らえた。


「いやだ!もういやだ!」


 次郎はわめいていた。化け物は次郎をそばまで持ってくると、鋭い口を次郎に突き刺した。そして流れる血をすすり始めた。その音が地下室に響いた。

 その様子に洋子と真由は顔を背けて両耳をふさいだ。化け物は時間をかけて血をすすり、最後の一滴まで惜しそうになめとった。


「ふうっ!生き返った!」


 化け物は次郎の亡骸を投げ捨てると、銀蔵の姿に戻りそのまま杖を突いて足を引きずって階段を上がっていった。



 銀蔵が扉を閉めて行ってしまうと、仁作は立ち上がって次郎の様子を見て言った。


「やられてしまったか。かわいそうに。」


 洋子と真美も遠くから二郎の様子を見た。首筋が斬り裂かれ傷ができていたが、それ以外はきれいで血は流れていなかった。化け物に殺されて苦しかったはずなのに、その顔は安堵したような安らかな顔をしていた。


「おい。あのリュック、お前たちのだろう。食い物は入ってないか?」


 仁作が訊いてきた。


「少しは入っているけど・・・」


 洋子が答えるとすぐに仁作は2人のリュックに取り付き、中を出して物色した。その勢いに2人は茫然としてただ見ていた。


「あった!あった!」


 仁作は2人の食料を見つけてすぐに貪り食った。よほど飢えていたようだ。


「やめてよ!」それは私たちのよ!」


 洋子が言ったが、仁作は聞く耳を持たなかった。そして残っていたわずかな食料を食い尽くすと、また筵の上に横になった。洋子と真美がリュックを調べたが食べ物はすべてなくなっていた。


「お腹すいたわね。」


 洋子が言うと真美がうなずいた。



 それから2日が過ぎた。ほとんど食べていない洋子と真美は意識がもうろうとなっていた。


「私たち、ここで死ぬのね。」


 真美がつぶやいた。


「しっかりして!」


 洋子がそう言ったものの、彼女自身もまいっていた。荷物から食べ物のかけらを口にしたがそれだけではどうにもならなかった。2人はかなり衰弱していた。それは仁作も同じようだった。


 地下室の真ん中には次郎の死体が片付けもされずに置かれていた。洋子も真美も怖くてそれに触れることもできなかったし、仁作もそれを動かそうともしなかった。余計な体力を使うまいとしたのか・・・

 だが仁作は急に立ち上がって次郎の死体を動かそうとした。


「なにするの?」


 弱った洋子が小さな声で訊いた。だが仁作は答えようとしなかった。


「洋子・・・」


 真美は何か言いたげだった。


「どうしたの?」

「考えてみたら変なの。最初に見つけた死体はお腹の肉がなかった。でも次郎さんの死体は血だけなくなっているだけ・・・」


 真美は言った。洋子はそれを聞いてはっと思った。そして二郎の死体を引きずって運ぶ仁作をじっと見た。その視線に気づいた仁作は、


「ああ、そうだよ。あまりの空腹に儂と二郎で食ってしまった。あのままでは飢え死にしてしまうからな。でも食ってみると意外にうまかったぞ。」


 2人に不気味に笑った顔を向けた。それに洋子と真美はぞっとして何も言えなかった。


「儂は空腹のあまり次郎と人の肉を食ってしまった。あの悪魔と同じだ。もう元には戻れない。一回、食ってしまったらまた食いたくなる。儂は奴と同じ悪魔になってしまった。地獄に落ちるだろう・・・」


 仁作は泣き笑いのような顔でそう話した。その顔は電球の明かりに浮かび上がって恐ろしく見えた。


「お前たちも腹が減っているだろう。こいつを一緒に食おう。そしてみんなで地獄に落ちよう・・・」


 仁作はまた不気味に笑った。


「い、いや!」


 洋子は首を激しく横に振った。だが真美は悪魔に魅入られたかのようにふらふらと立ち上がって仁作のそばに行こうとしていた。


「だ、だめよ!真美!しっかりして!」


 洋子が真美を押さえた。真美は空腹のあまり、正常な思考を失っているようだった。だが洋子も仁作の悪魔の誘惑に心動かされているのを必死にこらえている状態だった。


「ガチャン!」


 また上の扉が開いた。そして不気味な足音が地下室に響いた。


「奴が来る・・・はたして今度は誰が食われるかな?はっはっは・・・」


 仁作は常軌を失っているようだった。



 杖をついて銀蔵が地下室に下りてきた。洋子は非常な空腹の上、人肉を食った仁作のことで頭がすっかり混乱しており、化け物への恐怖が薄らいでいた。


「今度は誰を食おうというの! どうせ私は飢え死にする! 好きにすればいいわ!」


 洋子は大声を上げた。それが精一杯の反撃だった。その言葉に銀蔵は眉をひそめた。


「お前たちはまだいい。腹が減ればあの男の様に仲間を食えばいいのだからな。・・・だが私は人の血をすすっていなければ生きていけない。」


 銀蔵は静かに言った。その言葉には悲壮感があった。


「この山荘に来る人間は少ない。多分、もうお前たちだけだろう。私は足を痛めたからこの山を下りて人間を探しにも行けない。だから私は飢え死にしないように、お前たちを一人ずつできるだけ間隔を開けて血を吸っていかねばならない。・・・今も非常に空腹なのだ・・・もう我慢できない。お前たちの一人を殺して血をすする。」


 銀蔵はそう言うと触手を伸ばして化け物になった。触手が3人の誰を捕まえようか、迷うように動いていた。

 洋子と真美は抱き合って震えていた。仁作は必死に何かを考えているようで目をぐるぐると動かしていた。そして


「あの女たちは若いから血が新鮮だ。儂のようなおいぼれの血はまずいぞ。さあ、あいつらのどちらかを・・・」


 仁作は自分だけは逃れようと化け物にそう言った。だが化け物は仁作を捕まえた。


「お前の方があのやせた女たちより血が多そうだ。」


 化け物はそう言うと仁作を斬り裂いて血をすすり始めた。


「ぐわっ・・・」


 仁作はすぐに息絶えた。その手はだらりと垂れ下がった。


「グググ・・・」


 かなりの空腹だった化け物は我を忘れて血をすすっていた。周りのことを気にせずに・・・


「今よ!」


 洋子は真美の手を引っ張って地下室の階段を駆け上がった。


「逃げるな!」


 化け物は仁作から口を放して叫んだ。だが洋子たちはここで止まるわけにはいかなかった。

 化け物は一瞬、迷った。捕まえているこの男の血を吸い続けるか、それとも逃げて行った女たちを追いかけるか・・・化け物は後者を選んだ。

 化け物は仁作を放り捨てた。まだ十分に血を吸えなかったらしく、仁作の体からは大量の血が噴き出し、地下室の床に吸われていった。

 化け物は逃げて行く真美に触手を伸ばした。それは真美の足首を捕まえた。


「きゃあ!」


 真美が悲鳴を上げた。振り返った洋子はその触手を思いっきり蹴り上げた。すると十分捕まられていなかった真美の足は触手からスポリと抜けた。


「さあ、早く!」


 洋子は真美を抱えるようにして階段を駆け上がると、扉を閉めて鍵をかけた。

 化け物は杖をつきながら階段を上がってきた。扉の鍵はかけられていたが、触手をぶつけて扉ごと破壊した。洋子と真美は山荘を飛び出した。その後を化け物が足を引きずって追ってきた。


「待て!」


 化け物は必死だった。2人の女は化け物の代えがたい食料だった。それがなければ・・・

 だが洋子と真美は必死に逃げた。そして化け物を振り切って山を下りて行った。


「ぐあー!」


 その背後で獣の泣き声のような音が山に響いていた。



 後日、洋子と真美の証言によって警察が山荘を踏み込んだ。そこには銀蔵、いや化け物の姿はもうなかった。

 その地下室の扉は開けっ放しになっており、そこから強烈な異臭がした。そこには損壊された3人の男の死体と一本の杖が落ちていた。そして辺りには何かをぶつけたような跡が多数認められた。それはあたかも何かが飢えて悶え苦しんでいたかのようだった

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