第18話 ライターに火をつければ・・・クリスマスの奇跡
おばさんの家を追い出された私は行くところがなかった。雪の中、ただ夜の街をさすらうだけ・・・ポケットにはライターが入っていた。これに火をつければ・・・・ググトのいる世界の「私(摩弥)」の話
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雪の降る夜の街を私は寒さで身をかがめて歩いていた。地面からの冷たさが痛いほど足をしびれさせ、冷えた体は感覚を失いつつあった。街の灯りはまぶしく照らしてはいたが、それは同時に暗い影も作っていた。
私はかじかむ手を白い息でそっと温めた。雪はまだやみそうにない。辺りを見ると、街を歩く人たちは幸せそうに笑顔をたたえていた。今日はクリスマスイブなのだ。だが私は・・・雪の中をコートも着ずに震えながら歩いていた。そんな私に誰も声をかけようともせず、見て見ぬふりで近づく人もいなかった。私は独りなのだ・・・。
あの忌まわしいアパートから飛び出してきた。もう行くところがない。このまま街をさすらうしかない・・・。
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去年のクリスマスイブは幸せだった。窓の外の雪を見ながら温かい家の中で家族で楽しく過ごした。リビングに大きなクリスマスツリーを飾り、テーブルにはご馳走が並べてあった。もちろん大きな包みのプレゼントもあった。
「メリークリスマス!」
パパもママもお兄ちゃんもいた。みんな笑顔で幸せな時を過ごした。だが今はもういない・・・。
そのクリスマスの日、私たち家族に悲劇が起きた。家族で買い物に街にくり出していた昼間、通りで私たちの前にいきなりググトが出現したのだ。それは腹をすかしているのか、私たちを見て舌なめずりしてすぐに触手を伸ばしてきた。
「逃げるんだ! 聡! 摩弥!」
パパとママがお兄ちゃんや私を守ろうとググトの前に立ちはだかった。だがググトは触手をのばして簡単にパパとママを捕らえた。パパとママは必死にもがいたがどうにもできなかった。ググトは慌てもせず、ゆっくりとその鋭い口でパパとママを切り裂いていった。
「逃げよう!」お兄ちゃんは私の手を引いて逃げようとした。だが私は恐ろしさでその場を動けなかった。
「パパ! ママ!」
私は必死に叫んだ。だがパパもママもググトにやられて血だらけになっていた。
「やめて!」
私はお兄ちゃんの手を振り払ってググトに向かって行った。ググトはうるさいとばかりにその触手を私に振り上げてきた。
「危ない!」
お兄ちゃんはかばおうとして私に覆いかぶさった。
「バシッ!」
触手がお兄ちゃんの体を激しく打ち付けた。その勢いでお兄ちゃんと私は吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。激しい痛みが体中に走った。
「痛い!」
だが何とか痛みをこらえて体を起こした。するとそばにお兄ちゃんがうつぶせに倒れていた。
「お兄ちゃん!」
私は叫んだが、もうお兄ちゃんは血を流して動かなくなっていた。私をかばって触手の直撃を受けてしまったのだ。
「あ、あ、あああ。」
私は悲鳴にもならぬ声を上げていた。ググトは私をにらみつけ、うるさい蠅でも叩き潰すかのようにまたその触手を飛ばしてきた。
「バーン!」
大きな音がしてその触手は叩き折られた。そして私の前に一人のマサドが立っていた。
「ググトめ! 覚悟しろ!」
そのマサドは触手を掻い潜ってググトの体にパンチやキックを打ち込んでいった。その激しさにググトは血まみれになったパパとママの亡骸を放した。そして大きなダメージを受けたググトは泡になって消えていった。戦いは終わった。辺りは不気味に静まり返っていた。
震える私の前にはパパとママ、そしてお兄ちゃんの亡骸が無残に転がっていた。
「い、いやー!」
私はあまりに悲惨な光景にしりもちをついたまま叫んだ。目から涙がとめどなく流れていた・・・。
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その後、茫然として座り込んでいた私は救助され、しばらく病院に入院した。私はパパやママやお兄ちゃんが死んだことが信じられなかった、いやそのこと自体を認めたくなかったのかもしれない。あの悲劇を記憶の外に追いやろうとしていた。だから私はいつも周囲の人に聞いていた。
「パパは? ママは? お兄ちゃんは? どうして来てくれないの?」
それに誰もはっきり答えてくれなかった。みんな悲しそうに顔を背けた。
退院の日になっておばさんが来た。パパの妹だが、私は会ったことがなかった。パパと仲たがいをしていて疎遠になっていたようだが、身寄りのない私を引き取ってくれるということだった。ふてぶてしい顔にでっぷりとした体・・・私はあまり好きにはなれなかった。
「摩弥! お前の父親も母親ももういないんだよ。お前の兄も死んだ。だから私が引き取ってやるんだからね!」
おばさんは恩着せがましく言った。つらく身に突き刺さる言葉だったが、そこで私は家族を失ったことを思い知った。
「さあ、さっさと自分の荷物をお持ち! これからは何もかも自分でしなければならないんだよ!」
おばさんはそう言って乱暴に私の手を引いて行った。
おばさんの家は汚くて古いアパートの一室だった。いろんなものが散らかり放題で埃がたまり、嫌なにおいがしていた。そこにはもう一人、中年の男の人がいた。無精ひげを生やし、昼間から酒を飲んでいた。
「帰って来たか。こいつか? お前の姪というのは。」
「ああ、そうだよ。うじうじした子でねえ。こっちの方が気が滅入ってしまうよ。」
「そう言うな。これで金が手に入るんだから。」
「まあ、遺産はたくさんはないけど、しばらくはゆっくり暮らせるわ。」
その男は清二という名だった。おばさんと清二さんは内縁関係でずっと一緒に暮らしているようだった。だが2人ともぐうたらで、まともに働きもせず、昼間から酒をあおるか、パチンコに出かけるだけだった。掃除も洗濯もあまりしないため、部屋の中は荒れ放題になっていた。
「住まわせてもらってるんだ! ちゃんと働くんだ!」
おばさんはそう言って掃除や洗濯、そして家の食事の支度まで私に押し付けた。だが今までやったことがないのにそんなことが急にできるわけがない。
「何もできない子だ! しっかりおし!」
おばさんは事あるごとに私を叩いた。私は言い返すこともできず、ただうつむいていた。
「またうじうじして。気に障るっていったら仕方がないよ。嫌なら出て行くんだ!」
おばさんは私を外に追い出した。
「ごめんなさい。おばさん。許して・・・」
私は許しを請うことしかできなかった。もちろん学校にも行かせてもらえなかった。不審に思った学校の先生や児童相談所の人が来ても、
「あの子は家族を失ってふさぎ込んでいるんです。もうしばらくそっとしてあげてください。おばの私がきっちり面倒をみていますから。」
と言って追い返した。そして私には、
「つまらないことを言うんじゃないよ! もし余計なことを言ったら追い出すからね。お前なんかもう行くところなんてないんだからね!」
と言って脅していた。私はおびえてうなずくしかなかった。
清二さんはいつも酒に酔っていた。機嫌がよければいいが、そうでなければ気に入らないと言って私を殴ったり、蹴ったりした。私は逃げることもできずにただ身を小さくして耐えていた。気が付くと体中、青あざだらけになっていた。
今日もタバコに火をつけるのが遅いということで殴られた。清二さんがタバコをくわえたらポケットの入れたライターを素早く取り出し、すぐに火をつけなければならないのだ。私は苦手だった。なかなか火はつかなかったし、焦れば焦るほどうまくいかなかった。
「こののろまめ!」
カッとした清二さんは私に手を挙げることが多くなってきていた。
(きっとそのうちにいいことがある・・・。つらいことばかりじゃない・・・)
私はそう思ってこの生活に耐えていた。死ぬほどつらい目に合ったが死のうとは思わなかった。パパやママ、そしてお兄ちゃんが守ってくれた命なんだから・・・。
だが限界が来ていた。クリスマスの日、私は一人でおばさんや清二さんの帰りを待っていた。2人はまたパチンコに行ってしまったようだった。やがて外から2人のののしり合う声が聞こえてきた。
「畜生! ボロ負けだ!」
「どうしてお金を全部使ったのよ!」
「仕方がないだろ! 取り返せると思ったんだ!」
「明日からどうするのよ!」
2人は私が新聞配達をして稼いだお金まで持っていっていた。あの様子ではただのパチンコではない。何か非合法なギャンブルにはまっているに違いない・・・ 私は思った。
やがて玄関のドアが開いた。おばさんと清二さんが帰って来た。
「帰ったぞ!」
「夕ご飯は?」
冷蔵庫は空で、2人がお金をすべて持ってしまった以上、私が夕飯を用意できるはずはなかった。食べ物が何もないと知るとおばさんと清二さんは怒り狂った。
「何してんだ! 家にいてたんだろう!」
「さぼっているとここから追い出すよ!」
「お前の家の財産はもうとうにないんだぞ。それでもお前をここにおいてやっているんだ!」
「ありがたく思え! この穀潰しが!」
2人はいつものように私を殴ったり蹴ったりした。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
私は身をかがめて謝っていた。それでも2人の気はおさまらなかった。
「兄さんに似てお前は強情だね。可愛げがない!」
「お前の家族が死んだせいで俺たちまでついてない! この疫病神め!」
「兄さんもお義姉さんもろくでもなかったわ。だからあんな死に方したんだよ!」
私はもう我慢できなかった。
「パパやママのことを悪く言うのは止めて!」
私は初めて反論した。しかしそれがおばさんや清二さんをさらに怒らせてしまった。
「そこまで言うなら出ていけ!」
私は2人につかまれて外に放り出された。いつもなら玄関の戸を叩いて必死に謝るのだが、今日の私はそんな気にならなかった。
(もうどうでもいい・・・)
生きていく希望の糸がぷっつり切れたようだった。このままあそこにいてもろくなことがない。かといって行く当てもない・・・このまま街をさすらうしか・・・。
しばらく歩くときらびやかな街を離れて暗い道を歩いていた。こんなところを一人で歩いていたらググトに狙われる・・・でもそれでもよかった。そうしたらパパやママやお兄ちゃんのところに行けるかもしれない。歩き疲れた私は暗い道の傍らに腰を下ろした。ふとポケットを探ると何かの手触りがあった。
「何だろう?」
取り出してみるとそれはライターだった。私はそれを見て思い出した。
(確か、『マッチ売りの少女』という童話があったわ。マッチに火をつけるたびに素晴らしいものが現れ、そして最後には天国に行った・・・)
私はライターに火をつけた。
「ボッ!」
その炎は妖しげに揺らぎ、私の心を不思議なほど引き付けた。まるでその小さな炎が私に語りかけるかのように揺れていた・・・
私はその小さな火を眺めていた。すると過去の記憶が鮮明に蘇ってきた。楽しかった家族の思い出、優しかったパパやママ、そしてお兄ちゃん・・・まるで目の前にいるかのように脳裏に浮かんできた。
「パパ、ママ、お兄ちゃん・・・」
今まで我慢していた涙が頬を伝って流れた。このまま私は死んでしまって、家族のもとに行けると信じていた。やがてガスが切れてライターの火は消えた。疲れた私はそのまま眠り込んでしまった。
◇
「起きなさい! 朝よ!」
声がして急に周りが明るくなった。ベッドから体を起こして目をこすりながら見ると、なんとそこにママがいた。
「ママ!」
私は驚きの声を上げた。ママはその声に驚いたようだったが、
「早く起きなさいよ。今日はクリスマスよ。」
と笑顔を向けてそのまま部屋を出て行った。私は信じられない気持ちでリビングに行った。
「おはよう!」
そこにはパパもお兄ちゃんもいた。2人とも笑顔で私を迎えていた。
(もしかして天国? 死んでパパたちのそばに来たの?)
私は思った。しかし様子が変だ。そこは前に住んでいた家のようだ。天国ではない。でも前の家にしては何かが違うような気がした。
「どうしたの? ぼさっと立っていないで座って。朝食にしましょう。」
ママが私に声をかけた。
「はい。」
私は座ってみんなと一緒に朝食を食べた。それは久しぶりに感じた幸せだった。かつてはこんな風に暮らしていたのだ。だが何かしらの違和感があった。それは・・・辺りを見渡すうちに私は気づいていた。
(ここは私の世界じゃない! 別次元の平行世界だわ!)
だがそれでもよかった。ここにはパパもママも、そしてお兄ちゃんもいる。クリスマスに私がもらった大きなプレゼントだ。
(メリークリスマス!)
私は心の中で叫んでいた。
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