チョットの長さをそろそろ定義するべきだと分かる事例。



 * * * * * * * * *



「しっかし、でっけー町だよなあ」

「町よりも今はアイゼンさんの心配をするべきではないですか?」


 蒸気機関車は途中の町で給水休憩等を挟みつつ、8時間を掛けて目的の町にたどり着いていた。


 アンドニカ王国最西端の町、コニヤ。

 川を挟んで北に位置する隣国との貿易の要所であり、国内最大の工業都市だ。


 森や林が点在する山間の扇状地は、大河を伴って海へと続く。

 コニヤで作られたものの多くは海から他の国へ輸出され、王国の重要な資金源となっていた。


 整った石畳やモルタルの道に、レンガ造りの建物。郊外の木造の家々も手入れが行き届いている。

 海沿いには製鉄所や町工場が並び、露店通りには人が溢れかえっていた。


「アイゼンさん、大丈夫でしょうか」

「大丈夫じゃなくても、今のオレらに出来る事はねえよ」


 ニースが小さな四角い窓から外を眺め、ため息をついて座り込む。


 ニースとアーサーは冒険者協会に着いた後、アイゼン達とは別室にいた。

 石造りの室内には調度品がなく、外を眺める窓は小さい。扉は外から鍵が閉まっている。


 早い話が、牢屋だ。


「ったくよ、とりあえず牢屋に通すって、この町の礼儀どうなってんだ」

「ああ、アイゼンさんがもし拷問などをされていたら……」

「んー、オレは眠いしちょっと横になっとくわ」

「心配って言葉知ってますか?」


 ニース達は盗賊共を町に差し出し、報奨金を沢山受け取った。

 それから冒険者協会本部に向かい、アイゼンが会長との面談を申し出た時……ちょっとした事件が起こった。


「別にジェインを誘拐とかしてねえんだしさ」

「僕はジェインさんが王子だった事すら知らなかったんですが」


 ジェインの家出騒動は、コニヤまで伝わっていた。

 王子ジェインが何者かに攫われ、もう1週間以上戻ってきていない、と。

 ジェインの感覚と王室の感覚がずれていたようだ。


 ジェインが弁明するも、言わされているだけだとされ、信用してもらえない。

 結局、ニース達は王子誘拐の罪で逮捕されてしまった。


「臭い飯食わせてやるって、どういう事でしょう。ニースさん……は、本当に寝たのか」


 1時間程が経ち、看守がようやく牢屋の扉を開けた。

 アイゼンが職員らを説得し、ジェインが城との電話で無事を伝えた事で、疑いが晴れたのだ。


「おい2人共、出ろ……おい」


 看守の男が扉を開けた時、ニースは見事に爆睡していた。

 ニースの腹の上ではネッコも寝ており、アーサーまでもが寝息を立てている。


 アイゼンを心配する様子は何だったのか。


「おいっ! 起きろ!」


 看守が怒鳴り、石壁の室内に響き渡る。

 付近の牢屋からは「うるせえぞ」や「くたばれ」等の怒号が浴びせられた。


 まず目を覚ましたのはネッコだ。大きなあくびをして伸びをし、看守が恐怖でしりもちをつく。

 続いてアーサーがパチリと目を開け、最後にニースが起き上がった。


「あー、何すか、臭い飯すか」

「解放してやる、さっさと出ろ」


 看守は腕組みをし、侮蔑を込めた眼差しを向けている。

 ニースはまだ頭がぼーっとしているのか、あまり意味が分かっていないようだ。

 もう一度ベッドに横たわり、目を閉じようとする。


「おい、出ろって言ってんだろうが!」

「何だようるせえな。入れっつったり出ろっつったり」

「ジェイン様の計らいで、貴様らの疑いは晴れた。だからさっさと……」

「あ?」


 ニースの眉間に深い皺が刻まれた。


「おいおっさん。オレ達悪い事してねえっつうことだよな」

「だから出ろと言っている」

「何で悪い事してねえオレ達に偉そうなんだよ」

「あー僕も気になってましたね」


 不機嫌なニース、頭1つ分背が高いアーサー。

 2人に睨まれた事で、流石の看守も言い淀む。


「ごめんなさいは人の基本だろうが。悪人と決めつけて捕まえてんじゃねえよ」

「何だと?」

「ごめんなさい、ほら言ってみろ」

「俺は仕事をしたまでだ」

「うーわ、だっせえ。謝れない大人クソだ……うんこだせえ」


 そう言うと、ニースは看守の手から鍵を奪い取った。

 呆気に取られた看守をベッドに投げ飛ばし、アーサーと共に牢の外へ出る。


 鍵が締まったところで、閉じ込められた看守が立ち上がった。


「おい! 何の真似だ!」

「いや、別にオレ真似とかは特にしてないすね」

「扉越しだと見えないのでは」

「だよな。何で誰も見てねえのにモノマネすると思ったんすか」


 ニースは鍵を握り潰し、廊下の突き当りへとぶん投げた。

 2人と1匹は看守の罵声を無視して牢を去り、アイゼン達の許へと向かった。




 * * * * * * * * *




「この通り、どうかお許し下さい!」

「わたくし達が間違っておりました!」


 更に30分後。


 治安維持組織のロビーでは、お偉い方を含む数十人がニース達に頭を下げていた。


「ジェイン、おめーの国どーなってんだよ」

「すまない、本当にすまない! 父上が勘違いをしていたようで」

「よく言っとけ。てめえの手駒が偉そうにしやがってって」

「ああ、役人の素行についてはよく話しておく」


 ロビーに集まった野次馬達が、拍手で4人を称える。

 住民は日頃から治安維持隊に物申したいことがあったようだ。


「こいつら本当に偉そうなんです! 権力をチラつかせて」

「そうそう! 捕まりてえのか? とか言いながらニヤニヤと」

「やっぱり勇者ご一行! 理不尽で粗暴な役人からこの町を救ってくれた!」


 王子が代わりに頭を下げるなど前代未聞。

 近いうちに王都まで知れ渡り、王様はきっと激怒する。

 隊長の男は顔面蒼白で固まっていた。


「重ねて言うけれど、ボクは自分の意志でここにいる。勇者のアイゼンがボクを攫うと思うかい?」

「お、思いません……」

「退治屋と鉱夫がボクを攫うと思うかい?」

「そ、そこは、あの、はい……」


 隊長は正直だった。確かに退治屋や鉱夫が王子を連れているのは怪し過ぎる。

 アイゼンはボロが出始める前にと話を遮った。


「さて。ジェイン、君は王様に何と言われたんだい」

「ちょっと行ってくるにしてはあまりにも長過ぎると」

「確かにちょっとって……んー、人によるよな」


 4人の間でもちょっとの捉え方が異なっていた。

 ちなみにジェインは国内1周のつもりだったという。


 まさかの時間ではなく距離。


 アイゼンのちょっとは30分、アーサーは5分、ネッコはマァーォ。

 ニースのちょっとは2年だった。


「ジェイン、お前……帰っちまうのか?」

「ニースさんを護衛にして気を付けてお帰り下さい」

「何でテメーはアイゼン以外いらねえみたいな態度すんの」

「帰らないよ。ボクはまだ知らない事が多過ぎる。もっと世界を知りたいと頼み込んだよ」


 ジェインはもう少し一緒にいさせてくれと頼む込む。

 この場合の「もう少し」も怪しいところだが、ニースやアイゼンに拒む理由はない。


「王様が納得してんならいいけどよ……そこんとこ大丈夫なんだろうな」

「条件付きだが、きちんと承諾は得ている」

「ジェインさん。条件とは何ですか」

「ああ、条件を引き出すまでは大変だったけどね」


 そう言ってジェインがニッコリと微笑む。


「ボクに何かがあったら、勇者であろうと全員火あぶりという事でなんとか落ち着いたよ」

「落ち着いてねーよ! 何でオレ達が罰もらうんだよ!」

「何でその条件を飲んだんですか」

「……早く辞めよ」


 アイゼンが小さく決意を呟き、再び冒険者協会本部へと歩き出す。


 アイゼンはとうとう勇者を辞める事が出来るのか。

 次の勇者はニースになってしまうのか……。

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