トロッコ列車で行く、盗賊退治の旅。




 * * * * * * * * *



 頭が悪い退治屋、世間知らずトランス王子、辞めたい勇者、思い込みガチ勢、猫もどき。


 勇者の胃に優しくない仲間達は、冒険者協会本部を目指していた。


「たーのしー! これラクチンだな、王都まで線路敷いてくれ!」

「王都からは東にしか鉄道が走っていないからね。帰ったら父上に進言しよう」

「え、ジェインさんのお父様は鉄道関係者なのですか」

「あー……、あー広い捉え方をするなら関係者かな」


 ニース達は、鉄鉱石を運ぶ単線のトロッコに乗っていた。

 世界に幾つもない蒸気機関車が黒い煙を上げ、数十台のトロッコを引き連れて走る。


 一方、客車は1両しかなく、生憎の満員。

 翌日まで待つのが嫌だった4人は、最後尾に空きのトロッコを2台追加してもらったのだ。


 ただ、鉄鉱石を運ぶトロッコは、当然ながらピカピカではない。

 ローブや装備が汚れると困るため、4人は半袖シャツに短パンの格好でしゃがんでいる。


「こんな重いの引っ張れるのすげえよな、蒸気機関車は強い。すごい重荷は任せろって、こういう事だな」

「ジェインさん。鉄道業界的にはそんなことわざが?」

「いや、ボクは聞いたことがない。トリスタンのことわざかも」

「ニースさん。もしかして、強い者には任せろの事ですか」

「それ、長いものには巻かれろ、じゃないかな。語呂しか合ってないが」


 ニースもアーサーもピンと来ていないが、アイゼンはもう気にするのを諦めていた。

 問題児たちのせいで、アイゼンは精神的に強くなったようだ。


 汽車は重いトロッコを引いているため、とてもゆっくり走っている。

 人の全速力より遅く、馬車よりは若干早い。時速にして約15キルテほどだ。


「ネッコ、外見るの楽しいのか?」

「マァォ、マァー……グルル」


 ネッコが目をまんまるにして後方の景色を眺めている。

 赤茶色の荒野には木々も殆どなく、岩山が遮らない限りどこまでも見渡すことが出来る。


 街道が次第に進行方向右手へと逸れていく。

 のどかな雰囲気の中、最初に異変に気付いたのはアイゼンだった。


「……街道はもう随分北にあるはずなのに」

「んー?」

「線路沿いに馬が追って来ている」


 アイゼンが目を凝らす。

 ネッコが大きく口を開けて鳴いた瞬間、アイゼンは双剣を手に取った。


「盗賊だ!」

「え、盗賊!? よっしゃ!」

「……何でニースは嬉しそうなんだ」

「盗賊を見たら金と思え! って言うじゃん」

「えっ、言わないが」


 盗賊退治は報奨金が高い。どこかの町で自治官に差し出せば、それまでの被害規模によっては100万エルを下らない。

 ニースは早くも報奨金の事を考えていた。


 馬達はどんどん迫って来る。

 その背には、黒い目出し帽をかぶった黒づくめの男。数は10人程だ。


「ニース、この状況でも戦えるか!」

「おう、強い者には任せろだろ? 覚えた!」

「いや長いものには巻かれろだって、全然意味が違う」


 機関士や機関助士は気付いていないようだ。速度は変わる気配がなく、盗賊はどんどん迫って来る。


 とその時、トロッコの側面に金属音が響いた。


「あいつら銃を持っている!」

「どうしますか。勇者さんは装備を脱いでいますし、心配です」

「おい、オレ達の心配どうしたよ」

「銃を持てるという事は、それなりにお金に余裕がある盗賊……報奨金の心配はなさそうだね」

「ジェイン。命の心配の方が先じゃないかな」


 厚い鉄板は銃弾を通さない。しゃがんでいれば狙撃はされないが、追いつかれて撃ち込まれたなら防ぎようがない。


 ニースはため息をつき、剣を手に持った。


「アイゼン、近寄って来る奴は全部任せていいか」

「何をする気だ」

「まあ見てろ」


 ニースがサッと立ち上がり、顔の前で剣を構える。

 男達が不安定な騎乗のままニースへと銃弾を放つ。


「ニース!」


 金属音が鳴り響いた。思わず3人とネッコが伏せるも、ニースは倒れない。


「まあ、これならいけるな。砲弾とか撃たれたらさすがにきついけど」

「もしかして、剣で……弾いたのか!?」

「おう!」


 盗賊たちがムキになって銃弾を浴びせるも、ニースは全てを剣で防ぐ。

 その眼差しは鋭く、まるで別人だ。


「……ニースが防いでくれる! 俺は乗り込んで来る奴を蹴散らす! アーサーはジェインを守れ!」

「ボクは!?」

「魔法だ、詠唱頼んだぞ!」

「わ、分かった!」

「出来れば自然への影響が少ないものを」

「き、期待には応えられない!」


 アイゼンが立ち上がった時、ちょうど盗賊2人が馬をトロッコに寄せ、飛び乗った所だった。

 トロッコに飛び乗った盗賊達は、忌々しそうにアイゼンを睨み、銃口を向ける。


「チッ! 今日は護衛を雇っていやがった!」

「フン。ただの護衛だと思うな」

「そうだぞ! あとでちゃんと護衛料はもらう!」

「ニース、黙っていてくれ」


 アイゼンは瞬時にしゃがみ込み、男の1人の両足を双剣の腹で殴りつけた。


「破ァァッ!」

「コイツ……クソッ!」


 男が仰向けに倒れる寸前、アイゼンは男の手首を掴んで投げ飛ばす。


「うわぁぁぁ!」


 男が地面に投げ出され、起き上がれずに置き去りにされる。

 だがアイゼンが揺れに一瞬怯んだ隙に、もう1人の男がアイゼンに銃を向けた。


「よくも邪魔をしてくれた!」

「勇者さん、危ない!」


 アイゼンの危機を察知し、アーサーが男に飛び掛かった。

 そのまま男の足を掴んで遠くへ投げ飛ばす。


「うわぁぁ!」

「勇者さん、お怪我は!?」

「ないよ、有難う、助かった!」


 残りの者が乗り込んでくる様子はない。

 それどころか、馬が言う事を聞かずに盗賊達を振り落とし、街道の方へと逃げていく。


「な……んだ?」


 何が起こったのか。その原因はネッコだった。

 ネッコが大きく口を開け、威嚇していたのだ。


「シャーッ」


 首輪のせいで大きくはなれないが、馬はモンスターの怖さを知っている。

 馬は臆病で、脅威を察知すればすぐに逃げ出す。ネッコを恐れたのだ。


 汽車はようやく盗賊に気付いたのか、速度を落とし始めた。


「ネッコ! おりこうだなあお前! もしかして飼い主に似たのか?」

「グルル……マァーォ」

「へへっ。アイゼン! オレ走って機関室を襲ってる奴らぶっ叩いて来る!」

「頼んだ! ジェイン、どうやら今回は魔法を使わなくても……」

「はぁっ!? 唱え始めたのに、今更止められないんだが!」

「えっ!? お、おい待て!」


 ジェインの目が光り、同時に天から稲妻が襲い掛かる。

 盗賊達がいた辺りで、衝撃音と共に土埃が舞い上がった。


「おい、やりすぎだ!」

「制御できないって言っただろう! 1つだけで済んだ事を褒めて欲し……」


 ジェインが猛抗議をしていると、再び爆音が轟いた。稲妻だ。


「……すまない、2つだった」


 ジェインが小さく謝った時、左前方から地面でのたうち回る盗賊が流れてきた。

 はるか前方に目を凝らすと、盗賊を剣の腹で殴り飛ばすニースが見える。


 やがて汽車は完全に停止し、ニースが盗賊を引き摺って戻って来た。

 気を失った盗賊をトロッコに投げ入れながら、稲妻の落下地点に向かおうとする。


「何をする気だ」

「あ? へっへ、あいつら金になるんだよ」


 盗賊を捕えたら報奨金が貰える……と言いたいのだろう。


「ニースさん、僕も行きましょう」

「あいつ、盗賊より恐ろしいな」

「そうかな? 悪者ものを粗末にせず、使えるだけ使う精神は素晴らしいと思わないかい」

「俺は君のことも恐ろしい」

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