あ、はい。拳で。



 化け森(勇者が名付けた)から逃れた一行は、次の町を目指していた。


 相変わらずモンスターはニースが倒し、自分に掛けたと思われるヒールのしょっぱさがジェインとアイゼンを襲う。


「戦闘だけは本当に頼もしい。小柄とはいえ逞しくはあるが、あんな力をどうやって発揮するのか」

「天は二物を与えずと言うから、力に全ての能力を持っていかれたんだ、きっと」

「それ、褒めているかい?」

「もちろんさ! ボクは他人を貶したりはしない。他人を認めない奴なんて、力がないニースも同然」

「……ジェイン、君もやや偏りがあるようだけれどね」


 ニースはゴーレムを脳天から真っ二つにし、狼型のモンスターも真っ二つにした。

 スライムと呼ばれるゲル状のヘドロのようなモンスターも、もちろん真っ二つだ。


 その少し前には、牙が1メルテもある大型のトラ型モンスターも真っ二つにした。

 1メルテ程の胴体に2メルテの足を持つ、蜘蛛型のモンスターも真っ二つだ。


「……あれ? ちょっと、ちょっと待った!」

「んあ? 何すか」

「ニース。君、もしかして剣を振り下ろす攻撃しか……していない?」

「え、だってかっこいいじゃん」


 振りかぶる前の動作こそパターンがあれど、ニースの攻撃のほぼ全てが「剣を上から振り下ろす」だけだ。

 あまりにも威力があり過ぎて気にしていなかったが、突く、振り払う、斬り上げるなどの攻撃が極端に少ない。


「ニース、君……誰に剣を習った」

「親父とお袋」

「ご、ご両親は剣術士?」

「いや、百姓だけど」

「……あの、ご両親はどこで剣を習ったんだ?」


 ニースが首を傾げる。ニースは父親がどこで剣術を習ったのか知らない。


 というよりも、それ以前の問題だった。


「知らねえけど、親父は鍬を振り下ろすのと一緒だ、百姓は剣術士の始まりだって。お袋は、魚を捌けもしねえ奴に、モンスターを斬る事は出来ねえって」

「もしかして、ご両親は家の手伝いをさせるためにそう言って……」

「何か言ったか? まあだからオレ、親は尊敬してんだ」

「ああ、なんて罪深いご両親なんだ」


 ニースが前向きで素直な馬鹿で良かった。

 そうアイゼンが呟いた頃、ようやく次の町が見えてきた。


 南北を岩場に囲まれた高台に、ドルガンと呼ばれる町がある。

 町は大きくはないものの、付近で産出される鉄鉱石は質が良く、出稼ぎの労働者が集まっていた。


「へー、オレここ初めてきた」

「ボクも恥ずかしながら来た事がないんだ。領地だというのに……」

「自分の家なのに、入った事ねえ部屋があるみたいな事か」

「んー、まあそんな感じだろうか」


 赤土の道路は砂埃を上げ、石や土壁、トタンの家が立ち並ぶ。

 樹木が殆ど茂っていないせいか、全体的に茶色くて薄汚れて見える。


 それでも活気は他所に負けていない。

 昼間だというのに酒場は満席で、外では大勢の露店商が鶏や野菜を売っている。


「おい、あれ勇者だ」

「おおー、勇者って辞めたんじゃなかったのか?」

「馬鹿、声がデケエよ! ドラゴンにボコボコにされたんだよ」


 鉱山労働者達の大きな囁き声が、アイゼンの胃に突き刺さる。

 よく言えば豪快、悪く言えば粗暴。

 勇者に早速無理難題を押し付けるような様子はないが、どこか遠巻きだ。


「……なんか、勇者様ようこそ! みてえな事なんもねえな」

「アイゼン、この町で何かしでかしたのかい」

「いや、4年前に訪れた事はあったが、特に何も」


 埃っぽい中を歩いて来たのに、この町も埃っぽい。

 宿でひとっ風呂と思っていると、前方から走って来る男の姿が見えた。

 ネッコが驚いてニースの上着の胸元に潜り込む。


「勇者さーん! お待ちしておりました!」

「おっと、無理難題のお出ましだ」

「落盤事故の解決か、それとも蛇の大群の駆除か……」

「大丈夫だ、それくらいなら想定内」


 アイゼンが笑顔を張りつけ、道の真ん中で立ち止まる。

 駆け寄る男の格好は、袖なしの黒い上着に黒い鉄製の小手。

 茶色い短髪に、誠実そうな整った顔。


 そして、何よりガタイが良くて背が高い。


「勇者さん! ああ、あの頃とお変わりなく!」

「あ、ああ……」

「アイゼン、このでけえヤツは誰だ?」


 年頃で言えば、アイゼンと然程変わらないように見える。

 19歳のジェイン、18歳のニースと比べると、20歳を少し超えたくらいだろうか。

 並べばニースなどまるで子供のようだ。


「約束通り、僕を迎えに来てくれたんですね!」


 男は目をキラキラと輝かせる。

 もしも尻尾があったなら、千切れんばかりにぶんぶん振っていただろう。


 一方のアイゼンはニッコリと笑顔を浮かべたまま、「元気そうだね」や、「変わりはないかい?」と月並みの問いかけで探りを入れる。


 要するに、この男が誰なのか覚えていないのだ。


 そんな時、周囲の者が男の名前を呼んでくれた。


「アーサー! 勇者さんはなあ、もう勇者を辞めたんだぞ」


 アイゼンの顔が一瞬だけ引き攣った。

 この男の事や、その当時の事を思い出したのだ。


「いや、僕が力になると約束した! 必ず僕が勇者さんにドラゴンを倒させて見せる!」

「あ、アーサー、覚えていてくれて有難う。だけど、今日はゆっくりしたいんだ。明日、君ともゆっくり話を」

「分かりました! 荷物は毎日準備していましたから、出発はお待たせしません!」


 アーサーはアイゼンを見下ろすような背丈で、子犬のように嬉しそうに笑みを浮かべる。

 だが、その笑みが突然フッと消えた。


「勇者さん。ところで隣にいるのは何ですか」

「今コイツ、誰じゃなくて何って言ったか?」

「ニース、耐えてくれ。あ、ああこの2人は……」

「召使ですね、ああ、納得しました」

「召使じゃない、俺の仲間だ。ニースとジェイン」


 アーサーは冷たい視線のまま、ニースとジェインを見下ろす。

 アイゼンに見せる態度と正反対だ。

 アーサーはアイゼンに視線を戻し、まるでアイゼンのように笑顔を張りつけて尋ねる。


「僕がお供するとお伝えしましたよね」

「あ、ああ。だからこうして……」

「僕よりも先に仲間を作ったんですか」

「君を迎えに来るために、手を貸してもらったんだ」

「ああ、僕のためだったのですね。失礼しました」


 アイゼンは笑みを浮かべたままだ。だが、額からは汗が滴り落ちている。

 ニースもジェインも事態が飲み込めずにいるものの、アーサーから良く思われていない事だけは伝わった。


「なあ、あんた何すか。すげー感じ悪いけど」

「ボク達はあなたの気に触るような事をしたのかい?」

「ネッコもてめえに怯えてんだけど。動物に嫌われる奴は悪人だぞ」


 ニースとジェインの抗議に、アーサーは冷たい表情で答える。

 勇者以外どうでもいいとでも言いたそうだ。


「勇者さんは、僕が大きくなったら必ず迎えに来る、一緒に旅をしようと言って下さったんです。勇者さんがまさか他にも声を掛けていたなんて」

「あ? 仲間は多い方がいいだろうが。アイゼン、てめえも何て約束してんだ」

「ま、まあ色々と……」


 アイゼンは当時少年だったアーサーに、「君が大人になったら連れて行く」と、忘れる前提の約束をしていた。

 まさか本気にして待っているとは思っていなかったのだ。


「で、てめえは戦えんのか? ゴーレムくらいカッコいいモンスターを……」

「ニース、カッコいいじゃなく、強いの方が」

「ああ悪い、強いモンスターを倒せねえとな。武器は何だ、何で戦う……」


 ニースが得意武器を訊こうとした時、アーサーが足元へ視線を移し、地面に拳を叩きつけた。


「うおっ!?」


 周囲が僅かに揺れ、地面が凹んで僅かに亀裂が入る。

 アーサーは勝ち誇ったような表情で背筋を伸ばし、ニースをまた見下ろした。


「はい、拳で」

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