反省だけならオレでもできる。



 * * * * * * * * *




「本当にすまなかった、気が付いたら倒していたんだ。君の手柄を横取りしたような形になって本当に……」

「いや謝るのそこじゃねえじゃん。今それよりやべー事になってんだろうが」


 空を覆っていた厚い雲はなくなり、青空が3人と1匹を照らしている。

 周囲の地面は濡れているものの、陽が沈むまでにはある程度乾きそうだ。

 森のようなモンスターは消滅している。街道だと思っていた道は、随分と手前から擬態によって変えられていたようだ。


 ニースはパンツ1枚になり、ずぶ濡れの装備を乾かしている。

 ジェインは鞄ごと濡れてしまった着替えの半袖シャツを乾かし、恥ずかしそうにコートから着替えた。

 3人は持ち物が乾ききるまで休憩するようだ。


「どうすんだよこれ」

「……どうしよう。いや、決して悪気があった訳じゃないんだ」


 ニースが腕組みをし、ジェインが困ったように俯いている。

 その少し離れた所では、アイゼンが膝を抱えて泣いていた。

 半袖シャツに、下は膝上までのズボン。ジェインのように、乾きの早かった服から身に着けたようだ。


「全力で勇者の心折る馬鹿がどこにいるよ、あいつ心弱いんだぞ」

「ボクは国民の仇と思って魔法を放っただけだ、アイゼンに見せつけた訳じゃない」

「マァーォ」

「なあー? 今回一番活躍したのはネッコだもんなあ?」


 2人の会話がアイゼンの心を更に抉る。

 ニースはゆっくりとアイゼンに近付き、そっとしゃがんでアイゼンの顔を覗き込んだ。


「いい加減機嫌直せって、あんなんいつでも出来る魔法じゃねえんだから」

「……いいんだ、もう、俺は……グスッ、勇者を、辞めるんだ」

「あーもう、辞めたいなら辞めたいで代わりやってやるし。何が不満なんだよ」


 アイゼンはジェインの魔法の威力を見て、完全に心が折れていた。

 アイゼンはこれまで勇者として双剣で道を切り開き、猛勉強で身に着けた知識や技術で人々を救ってきた。


 だが、それがあまりにも「相対的に」些細な事だったと気付いてしまったのだ。


「なんだよ、グスッ……雨って降らせられるんじゃん。給水車呼んだ俺って何?」

「いや、あんなの雨だけじゃなくて雷で全滅だぞ」

「ニースは強いし躊躇なく果敢に立ち向かう、ジェインは強力な魔法が使える、俺って何よ、弱いじゃん。勇者弱いじゃん」

「いや弱くねえし、つかみんなおめー頼ってんすわ。オレが退治屋名乗っても何も依頼来なかったぞ」


 ゴーレムを1撃で倒すニース、前代未聞の魔法威力を誇るジェイン。

 その2人を前に、アイゼンは勇者である事以外に誇れるものを失ってしまった。


 元々アイゼンは気が強い訳でもなく、ただ正義感だけで立っていられただけだ。

 行きつけの酒場で愚痴を言うくらい、落ち込み易い。


「仲間より弱い、魔法も使えない。度胸もない。辞めたいどころかそもそも俺って勇者やっちゃ駄目じゃん。何だよ強い奴がさっさと勇者やっとけよ、だから俺みたいなのが勘違いするじゃん」

「アイゼン。君に救われた者達の気持ちを考えた方がいい。皆、強い者に対してではなく、君に感謝しているんだよ」

「ジェイン……」


 アイゼンが赤く目を腫らした顔でジェインを見上げる。


「……俺はそう言ってくれるお前に心を折られたんだけどな」

「す、すまない。それは本当にすまない」


 しばらく無言だったが、アイゼンが大きくため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 ニースは乾いた半袖シャツを着ながら、アイゼンに声を掛けた。


「なあ、アイゼン」

「ん?」

「勇者辞めねえ?」

「え? いや、俺は辞めるつもりなんだけど」

「そうじゃなくてさ」


 ネッコが地面に下ろされた事を不満そうに訴え、ニースに「早く着ろ」と急かす。


「オレ思ったんだけどさあ」

「ん?」

「勇者の仕事が何か、オレ分かってねえんだよな」

「勇者の仕事?」


 ニースは勇者に対し漠然としたイメージしか持っていない。

 勇敢で、頼りになる。その中身が何かまで気にした事がない。


「勇者にさ、何を頼んだらいいか分かんねえ」

「えっ」

「お前何頼まれたかったの」

「そう、言われると……」

「別に勇者じゃなくても出来るんじゃねえの?」


 アイゼンも言葉に詰まってしまった。

 子供のお使いのような扱いはアイゼンの胃を痛めつけてきたが、では何が勇者の仕事なのか。

 強いモンスターの退治は間違いなく勇者の仕事だとして、勇者が必ず居合わせる時ばかりではない。


 勇者は何故必要とされるのか。


「オレは退治屋名乗ってる冒険者だし、モンスターは退治屋が倒す。他に困った事ありゃあ冒険者が片付けるじゃん」

「ボクが見る限り、冒険者はみんなニースのように、得意な分野を掲げているよね。でも勇者は何をする存在か分からないから、みんなとりあえず何でも頼む」

「おー、なるほど! 今の説明はオレでも分かった」


 アイゼンはジェインの指摘を受け、今までの勇者や勇者を頼る人々を思い返していた。


「……勇者は何でも屋のように思われていて、彼らにとっては当たり前の依頼だったのか」

「まあ、勇者がやってくれたって言えば、見栄張る事も出来るからな」

「今までの勇者の功績も、何と言われると思い出せない。そして皆、ドラゴン退治に向かって辞めた事になっている」

「途中で辞めたくなったって事だね」


 アイゼンはしばし考え、干している装備を振り返った。

 赤いマントが取り付けられた、勇者のトレードマークとなった軽鎧だ。


「……俺は、今までの勇者と同じ道を辿っている。ニースが勇者になれば、今度はニースが」

「アイゼン?」

「俺は、そのような逃げ方をしていいのか」


 ニースが勇者として何でもこなすかは疑問がある。

 それでも今のアイゼンの行動は、嫌な事をニースに押し付けるのと同じだ。


「……せっかく、ここまで耐えてきたじゃないか」


 アイゼンが自分に言い聞かせる。ようやく自分が勇者としてやるべき、最後の仕事が分かったのだ。


「2人共、俺は大切な任務を思い出した。だが、俺1人で出来るか不安だ」

「え、何?」

「強いモンスターがいるのか? おう手伝うぞ」

「冒険者協会の本部に着いてから説明する。一緒に来て欲しい」


 アイゼンが力強い眼差しを取り戻した。


「君の故郷のトリスタン島の支援は、俺が協会本部に頼む。だから君は心配しなくていい」

「お、おう」


 まだアイゼンの目は赤い。だがもう涙は落ちない。

 次の目的地を地図で示し、時間や道中のモンスター情報などを説明する。

 ニース達よりやや年上である事を除いても、アイゼンにはどこか安心感があった。


「……俺に譲るって言ったけどさ」

「ん?」

「おめー、やっぱ勇者似合ってるよ」


 先程は勇者としてのプライドをへし折られたと思っていた。

 けれど、こうして認めてくれる者がいれば、また頑張れる。


「……こういうのを、やりがい搾取って言うんだよな。知ってるんだ」


 そう呟きながらも、アイゼンは笑顔だった。

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