やりがい搾取と知っていても戦うのが勇者。



 ニースの衝撃的な告白を前に、アイゼンもジェインも掛ける言葉が見当たらずにいた。


「……なんだ?」


 その時、3人は馬車が何台も猛スピードで通り過ぎていく音に気付いた。


「……外が騒がしい。ちょっと見て来よう」


 ジェインが部屋から出て確かめに行く。暫くして、ジェインと宿の主人が駆け込んできた。

 アイゼンは慌ててフードを被る。


「大変だ! ワイバーンが何匹も飛んでいる!」

「ワイバーン!? ワイバーンが来るなんて、あり得ない……」

「あり得ないと言っても、実際に飛んでいるんだ!」

「ワイバーンは体の構造上、長距離は飛べないはずなんだ。こんな所に……」


 狂暴で強いモンスターの襲来。


 ワイバーンは翼竜種族であり、体長6~7メルテにもなる大型のモンスターだ。

 トカゲのような姿をしていて、前足は大きな翼となっている。

 毒のブレスを吐き、襲われなかった者にも病をもたらす。


「1匹だけでも厄介なのに……」


 アイゼンとジェインが動揺している中、ニースがすくっと立ち上がった。

 剣を手に持ち、そのまま部屋から出て行こうとする。


「ニース?」

「……ちょっと斬り倒してくる」

「何を言って……」

「オレはな、こんな色々悩むの苦手なんだよ!」


 ニースがいつどの部分で悩んだのかは分からないが、それ以上何も言わず、走って宿を出て行ってしまった。


「ニース! ああもう、猪突猛進って、ニースみたいなのを言うんだ……ボクもみんなの避難の手伝いくらいは!」


 ジェインも外へと駆けていく。

 宿屋の主人は地下室への扉を開け、アイゼンに手招きをしている。


「お客さん! 早く地下室に! 上が燃えても問題ないくらい頑丈に出来ているから!」

「お、俺は……」


 アイゼンは勇者を辞める、そう宣言した。今は正体を他人に知られないように旅をしている。

 フードを取れば、相手がニースでもない限り勇者だとバレてしまうだろう。


 だが、アイゼンの心にはニースとの会話が突き刺さっていた。

 故郷を誰も守ってくれなかったというのに、ニースはこの町を守ろうとしている。


 ワイバーンに襲われた町が、無傷で済むはずがない。

 アイゼンは自分が勇者になった頃を振り返る。そうしてその頃の気持ちに素直になると決めた。


「俺、行きます」

「行くって、やめときな! 死ぬだけだ!」

「ただの冒険者ならそうでしょう。でも俺は……」


 宿の主人がアイゼンのコートの裾を掴んで止めようとする。


「放して下さい、先を急ぎますので」

「あ、あんた……」


 コートが引っ張られた事で、アイゼンの赤い頭髪が露わになった。

 冒険者を相手にする宿の主人が、その姿を知らないはずはない。


「ゆ、勇者様!」

「俺は……もう勇者と呼ばれる程の者ではない。ただ、成すべき事を思い出しただけの男だ」


 アイゼンがコートを主人に預け、颯爽と大通りへ飛び出した。

 視線の先に飛ぶワイバーンは5体。既に冒険者が集まって討伐を試みているものの、苦戦している。


「だめだ、ワイバーンに炎や雷は効かない! 盾を構えたなら爪で引っ掻けられて空に……ああもう! 戦い方ってもんがあるだろう!」


 アイゼンは勇者としての経験と知識で、戦い方をどんどん組み立てていく。

 ワイバーンの相手をする冒険者へと指示を出しつつ、自身は双剣を構えた。


「冷気だ! 奴は翼があるだけのトカゲに過ぎないと思え! 治癒術士は常に毒の解除を! 盾は構えるな、盾ごと持っていかれるぞ!」

「ゆ、勇者様!?」

「お、おい、勇者だ、勇者が何で……引退したはずじゃ」

「ドラゴン戦の後で病み上がりなはずよ、どういうこと……」


 突然現れた勇者を前に、冒険者たちの手が止まった。

 勇者はそんな周囲に喝を入れながら、疑問に答えず指示を出して回る。


「ニース! ワイバーンは下からではなく上から攻撃だ!」


 アイゼンが足場を探すニースへと追いつく。


「お前、戦ったらまずいんじゃねえんすか」

「俺は……困っている人の力になれない方が嫌だと気付いた。君のおかげだよ」

「あ? 何感謝されてんのか分かんねえけど、いいってことよ」


 ニースはアイゼンの指示を受け、剥き出しの配管を伝って家の屋根へとよじ登った。

 アイゼンは注意を逸らすため、双剣を構えて跳び上がる。


「毒でも吐いてみろォ!」

「フシュル……グルル……」

「ぶぇっ、本当に吐かなくてもいいじゃないか……ニース!」


 ワイバーンがアイゼンへと毒霧を吐き出した。

 毒霧を確実に浴びせるためか、ワイバーンは家の2階程まで高度を下げている。


 太陽の中に、一瞬だけ黒い影が映った。次の瞬間、ワイバーンの背めがけ、黒く大きな剣が振り下ろされた。


「うおりゃあ!」

「ギエェェェーッ!」


 その正体はニースだった。

 彼はゴーレム退治の時のように空中で回転し、ワイバーンの首の付け根を深く斬りつけた。

 ワイバーンが驚きと痛みで仰け反り、耳をつんざくような悲鳴を上げる。


 しかし、まだワイバーンを地に叩き落とす事は出来ていない。ニースの剣は、まだワイバーンの首の中ほどを斬りつけた状態のままだ。


「ニース! ワイバーンが高く飛べば、振り落とされるぞ!」

「ふんぬぅー!」


 ワイバーンが高度を上げようと首をもたげた。このままではニースが落下するのも時間の問題だ。

 そんな中、ニースはニヤリと笑みを浮かべ、剣を握る両手に力を込めた。


「はっはっは、馬鹿め! 超頭脳派冒険者ニース様の作戦通りだ!」


 ニースは斬りつけた剣を今度はしっかり差し込んだ。

 そのまま握りを変え、渾身の力で剣を縦方向に回転させようとする。


「な、なにやってんだあいつ!」

「お、おい……なんだあの技」


 ワイバーンが首をもたげた時、首の肉が締まって剣をガッチリと固定させた。

 ニースの狙いはそれだった。


 ニースが空中で剣を持ったまま回転した事で、ワイバーンも振り回される。

 ワイバーンはそのまま地面へと叩きつけられた。


「凄い、凄いぞニース! そのまま翼を……落とす!」


 アイゼンが腕を交差させて双剣を構え、前へ振り払うように刃を押し出した。

 その動きは確かに一振りに見えた。


「うわっ!」

「ワイバーンの翼が、まるでみじん切り……」


 一瞬の間の後、ワイバーンの翼が枯葉のように細かく散る。

 目を欺くような早業に、思わずにニースも「すげえ」と感嘆を漏らす。


「眺めている暇はない! 頭を落とす!」


 アイゼンはそう叫びながら、一振りでワイバーンの頭部を刎ね飛ばした。

 その強さに周囲の者も呆然だ。


「こいつの後始末は頼んだ! ニース、他の個体を殲滅に行くぞ!」

「お、おう!」


 皆の目に映るアイゼンは、誰もが憧れる強くて頼もしい勇者そのものだった。


「ドラゴンに負けたって、アイゼン様は勇者だ、誰が認めなくても……勇者だ!」

「ええ、そうだわ! 私が憧れた勇者様よ!」


 冒険者達は、討伐も忘れてアイゼンの背を見つめる。その背後では、ニースがワイバーンから剣を引き抜こうとしていた。

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