元勇者界隈に騙されていた世界。



「やべえ、この元勇者さん、オレの名前知ってる! オレもしかして勇者に覚えられるくらい強いっつうことか!」

「え? 元勇……アイゼン様、ニースの事を御存じだったのですか!」

「え、え? あー、いやー……」


 アイゼンは先程から「ニース」「ジェイン」と呼び合っているのを聞いていただけだ。しかし、この流れではもうそれも言い出せない。


「な、名前だけは聞いていた。とても強い退治屋だと。ジェインくん、もちろん俺は君の事も覚えている。5人兄弟の……4人目の王子さまだったかと」

「そうです、ええそうですとも! まさか、ボクを見て王子だと気付く方がいるなんて!」


 賢くないニースと、世間知らずなジェイン。2人は大はしゃぎで喜び合う。

 そんな様子を見て、勇者は気づいてしまった。


 この2人が、とんでもないアホの子だと。


「さあアイゼン様、ニースを次期勇者に推薦しに向かいましょう!」

「オレが次期勇者として、モンスターを全部よゆーで倒しまくってやんよ!」


 今更、人選を間違ったとは言い出せない。

 アイゼンはまた痛み出した胃を押さえつつ、笑顔を張り付けて2人の後に続いた。


 胃が痛いと言い出せば、またしょっぱいヒールを掛けられるだろう。

 元勇者アイゼンの心労は、もう少しばかり続きそうだ。





 * * * * * * * * *





「うぉりゃあああーっ!」


 ニースが剣を振り回し、モンスターを一刀両断していく。

 全身が黒い狼のようなモンスターは、牙を剥いた次の瞬間に下半身を失った。


「ふんぬぅぅー!」


 背丈が3メルテ程もある太めの巨人「トロル」がこん棒を振り下ろす。

 しかし、ニースは機敏にかわし、跳び上がる。

 トロルは振り下ろした手を足場にされ、そのまま胸を一突きされて息絶えた。


「よっしゃ次!」


 町に着くまで、ニースは殆どのモンスターを1人で倒した。

 アイゼンとジェインを守りながら……という自覚があるかは分からないが、モンスターは2人に襲い掛かる事ができずにいた。


「凄い……いや、相手するモンスターが初級・中級者レベルなのは分かる。けれど君の剣の威力は信じられない」

「あ? それなんか疑ってんすか。それとも剣がすげえって言ってんすか。ナメてんすか」

「君自身が信じられないくらい強いと言っているんだ」

「へっへっ、まあな」


 街道を歩いていると、やがて草原のど真ん中に高い外壁が見え始めた。

 町や村は、モンスターの侵入を防ぐため、大抵は高い壁を築いて暮らしている。


 外壁の門をくぐれば、ポツポツと家が並ぶ。中心部までは少し歩かなければならないようだ。

 アイゼンはフードを被り、やや俯いて歩く。


「ニース、すまないが先に宿屋へ寄らないか」

「あー腹痛えんすね、うんこっすね、分かったす。宿って勇者割とかないんすか」

「腹は平気だよ。生憎、割引などの厚意は遠慮している。それより先に話しておきたい事があるんだ」


 大抵の宿屋は町の中心部にある。酒場や賭博場が近く、飯処も多いからだ。

 疲れて立ち寄った時は外壁の近くに欲しいと感じるものの、町が大きければ大きい程、郊外には何もない。


「ニース、その……今更なんだけど、ボクはこの後も一緒に旅をしていいんだよね」

「あとは一人で帰れなんて言わねえよ。旅に出るっつって2,3日で帰る奴がいるかよ」

「うん、有難う」


 城ではジェインが戻らないと言って大騒ぎになっている。それがニース達の耳に入るのは、もう少し後になるだろう。


「あ、あれは宿じゃないかい?」


 10分程歩いた時、徐々に増え始めた家々の中に、1軒の小さな宿屋を発見した。

 宿とは書いているものの、大きさは通常の民家と変わりない。


「まあ、ここでいいや。アイゼンさん、いいすよね」

「こだわりはないよ。君の名義で宿を取ってくれるかい、俺の名前を書くと、騒ぎになる」

「そうですねえ。元とはいえ、勇者様が来たとなれば人が押し寄せそうです」

「王子のおめーの名前も駄目だからな。金目のもん狙われるの面倒だし」


 木造の建物は随分と古い。ただ、床もカウンターも綺麗に磨かれ、手入れは行き届いていた。


 ニースは代表で記帳し、4人部屋を1つ取った。

 3つある部屋の、どれも4人部屋なのだから仕方がない。


「さーて、オレ風呂に入りてえな。飯まで腕立てして、腹筋と……」

「その前に、少し話を聞いて欲しい」


 アイゼンがベッドに腰かけ、真剣な顔でニースを見ている。

 ニースとジェインもそれぞれのベッドに腰を下ろし、話を促した。


「俺は、次の勇者を探して旅をしていた。勇者が不在となっているのは、一応まだ勇者だけど戦えない事になっているからだ」

「あ? ちょっと待って、いきなり難しい話っすか。オレ心の準備してねえと無理だ」

「ボクも一緒に聞くから大丈夫だよ。戦えないから、実質不在という事ですね」


 ニースはとても真剣な顔で話を聞いている。

 頭に入らなくても、彼なりにしっかり聞こうとする気はあるのだ。


「オレは、ドラゴン退治で怪我を負ったという話になっている。だから、表立っては行動できないんだ」

「ごめん、難しい。つまりどういう事すか」

「え、この時点でもう!?」

「勇者だとバレるとまずいから、顔を見られないように行動したいって事さ」

「なんで?」


 ジェインは理解しているが、ニースは理解できていない。

 話をニースのレベルまで落とした方が早いと思い、アイゼンは回りくどい言い方をやめた。


「勇者だと知られたら、俺がこうして無事でいる事に不信感を持たれる」

「もしかして、ドラゴン退治に失敗したというのは……嘘ですか?」

「ああ、そうだ。俺はドラゴン退治になど行っていない」


 衝撃の告白に、ジェインが目をまんまるにして驚く。

 しかし、ニースはその隣で首を傾げていた。


「つまりどういう事?」

「え、え……? 今の説明、だいぶ分かりやすかったと思うんだけど」

「アイゼン様は、ドラゴン退治で怪我をしたと嘘を付いてるんだよ」

「あ? 何、勇者仮病すか」

「まあ、早い話がそうだね」


 ニースは心底落胆していた。

 勇者はいつも自信満々で、嘘などつかない存在だと信じていた。


 ニースはかつて「勇者はトイレに行かないんだぞ」と教えられた事がある。

 それからしばらく、「自分もトイレに行かなければ勇者になれる」と思ったくらいに純粋な子だった。


「オレさ、腹痛えっつうから、ゆっくり歩いたのによ。薬飲む真似までしてあざむ……あざむ、く? とかサイテーす」


 アイゼンとジェインが思わず顔を見合わせる。


「え? そっち?」

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