カッコいいの定義。



「……えっ、何これ、しょっぱい!」

「ヒールも知らねえの? 大丈夫すか王族」

「いや、違うんだ、ヒールは分かってる。このしょっぱさは何」


 ヒールは体力の回復に効果がある魔法だ。

 回復魔法は、聖なる清き力を持つ者の一部に備わるとされる。才能の優劣はあるが、習得に困難を極める程の魔法ではない。


 本来のヒールは無味無臭。もしも何かの味覚を感じたなら、ニースが習得の際に込めたイメージに原因がある。


「何って、清めるっつったら塩に決まってんだろ」

「ヒールのイメージに塩分を足したのかい?」

「おう!」


 ニースは自信満々で笑みを浮かべ、指2本を立て勝利サインを見せつける。「幽霊にも負けねえ」ではない。

 雑味のあるヒールなど、本来ならば習得からやり直すべきところだ。


「疲れたのを回復するんじゃなくてさ、疲れなくする魔法が欲しいよな」

「疲れるのが嫌なのかい? 馬車を呼べばいいじゃないか」

「ここでどうやって馬車呼ぶんだよ」

「さあ、ボクは呼んだことがないんだ」


 ジェインは飄々と言ってのける。

 城の使用人が馬車を手配したなどとは、全く思いもせず生きて来たらしい。「馬車に乗るには金がかかる」という常識も知らない可能性がある。


「金持ってんだろ? 馬車が通りすがったら……」


 そう言いかけたニースが、道の先に怪しい人物を発見した。

 涼しい爽やかな晴天の下、黒いコートを羽織り、フードまで被っている。


「目合わせるなよ」


 ニースは腕が立つ。相手が人なら斬れないが、剣の腹で殴りかかれば負けはしない。

 だがジェインは丸腰同然。何を持たせたとしてもハッタリにもならない。

 出来れば戦いは避けたかった。


 フードを被った怪しい男は、道の端に座り込んだまま動かない。

 気にしないふりをして通り過ぎる時、それが男であることが分かった。


「上等な装備着てやがる。ジェイン、後ろを警戒しろよ」

「えっ、でも」


 ジェインが不安そうに首を振る。


「警戒してます感出した方が都合がいいんだよ、不意打ちを防げる」

「その間に、前からモンスターが不意打ちしてきたら?」

「あ?」


 ジェインが街道の先を指差す。と同時に地面が僅かに揺れた。


「う、うぉぉっ!?」


 もうすぐ丘陵地の頂上だ。その場所に岩の塊のようなものが立ちはだかっていた。

 よく見れば手足のようなフォルムが窺える。

 崖崩れなどではない。モンスターだ。


「ゴーレムじゃん! え、すげー! 見ろよあれ、ゴーレムだ!」

「図鑑で見た事がある。でも何でそんなに嬉しそうなんだい」

「ばーか、カッコいいじゃん!」

「そ、そうかな? うーん、庶民の感覚ではあれがいいのか」


 ニースは背に担いでいた大剣を嬉しそうに構え、荷物をジェインに預ける。


「あ、え? えっ? ボクは、ボクはどうしたら!」

「おめーは後ろの不審者に注意しとけ!」

「注意?」

「おう! オレはカッコいいゴーレムを倒す! つまりカッコいいゴーレムより強いオレの方がカッコいい!」


 ニースが謎の方程式を口にする。ジェインは苦笑いしながら、不審なフード男へと振り返った。

 不審な男もゴーレムの登場に驚き、立ち上がってニースを見つめている。


 そんな男に対し、ジェインはいかにも怪しんでいると分かる表情で声を掛けた。


「あのー、不審な方。ニースはゴーレムと戦っているので、不意打ちは止めて欲しい」

「えっと……はい?」

「あなたにきちんと注意をしなければと」


 そもそもニースが注意しろと言ったのは、「警戒しろ」と言う意味だったのだが……受け取り方に難があったようだ。


 不審な男は、まさかジェインが話しかけて来るとは思わなかったのだろう。

 ぽかんと口を開け、ジェインと駆け出したニースを交互に見つめる。


「お、俺は君たちを狙っている訳じゃない! 疲れたから休んでいただけだ!」

「人攫いや追いはぎではないんだね?」

「違う! それよりゴーレムが暴れたら大惨事だぞ」


 不審な男は焦りを見せ、背負った長めの双剣を手に取った。

 ゴーレムはとても頑丈な岩の体を持つ。殴打や踏み付けを喰らったなら、1撃で致命傷を負ってしまう。

 武器攻撃職のニース1人では分が悪いため、加勢する気だ。


「もしかして、とても強いのかい? ニースは嬉しそうに向かったのだけれど」

「ゴーレムが殴れば、城壁にも穴が開く! 剣ではなかなか斬れない! ……と言えば分かるか!」

「え、それは大変だ。でもあなただって剣しか持ってないのに」

「確かに剣では難しい、常人ならね!」


 男は風のように速く駆けていく。フードが外れ、赤い頭髪があらわになった。

 年格好はニースより少し上だろうか。200メルテ程の距離があるのに、減速する様子もない。


 そんな男がニースの加勢に入る前に、事件は起こった。


「あ」


 ジェインが短く声を漏らす。同時に駆けて行く男の足が止まる。


「あ、倒した」


 ジェインの視線の先で、ニースがゴーレムに飛び掛かった。

 ゴーレムの背丈はニースの倍ほどもある。


 ニースは振り下ろされたゴーレムの腕を足場にし、前転宙返りを見せた。

 重たい剣がニースの回転よりやや遅れ、その分威力を溜めていく。


 ニースがその回転の力を利用し、剣を振り下ろす。

 剣の軌道が分からない程の振りの速さは、そのままゴーレムを一刀両断してしまった。


 ゴーレムはたった一撃で動きを止められ、ただの岩となって崩れ落ちていた。


「あれ? ゴーレムは剣では斬れないと言っていたのに。もしやあれはボクを騙すための嘘!? やっぱりあの怪しい男はニースを狙って……!」


 ジェインは慌ててニースの許へと走り出す。もう怪しい男はニースのすぐ目の前だ。


「ニース! 大変だ、そいつは君を狙っ……! あっ」


 ジェインがまたもや声を上げた。

 ニースが駆け寄る男の頭をはたいたからだ。


「お前、なんだよ!」


 ニースが腕組みして男に文句を言っている。男は目の前で両手を振り、何やら誤解を解こうとしていた。


「おめーオレの獲物横取りしようったって、そうはいかねえぞ!」

「え、あれ? 俺の事を知らない……? 違うんだ、ゴーレムを相手するのなら加勢をしようと」

「もしこれが俺の受注案件だったら、手伝い料とか言って金と女を要求するつもりだろ!」

「そんなことはしな……女?」

「だって、オレが逆の立場だったら、綺麗な女の子と酒飲みに行きてえもん。キャー強いのねニースさんって、言われたい」


 ニースは手柄の横取りだと思ったらしい。

 遅れて到着したジェインは、息を切らしながらニースに事情を伝えようとする。


「ニース、違うんだ。この怪しい人はニースを狙ってるんだよ」

「えっ!? 何で? オレ女じゃねえぞ」

「ちがーう! 何もかも違う! 話を聞いてくれ!」

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