イギリス式の使命

「お菓子、お菓子、お菓子作り~~!」


 彼女のエマがなにやら機嫌よく口ずさんでいる。普通、友人がここまで上機嫌であれば、こちらも嬉しくなるものなのだが今の俺はただただ憂鬱そうにその軽やかな歌声を聞いていた。


「祐一~~! 今日もアタシマフィン作ったの! 是非食べて感想聞かせてよ!」


 キラキラした瞳で俺を上目遣いで見ながらトレーを差し出すエマ。そこには大量のマフィンが積まれていた。……いや、なにもいわれずに見れば石炭のかたまりのようなソレは、尋常ならぬ雰囲気を俺に押し付けてくる。そう、エマは料理が下手くそだ。本人曰く、料理が下手なのは自分がイギリス人だからということにしたいらしいが、いくらイギリス人でもここまでのダークマターを生み出すことはないと思うほど彼女の料理は酷かった。でも、本人もそれを自覚していて俺のために必死に練習してくれているんだから、食べないわけにもいかない。俺は、黒い山の上からまだマシそうなものを手に取ると大きく一口で喉に詰め込んだ。


「どう!? 前よりもだいぶ美味しくなったんじゃない!?」


「うん……。前よりは……、ね……?」


 外は焦げ焦げ中は、ドロッドロ。お世辞にも食べれたもんではない。しかし、マフィンを食べている間のエマはいつも一番の笑顔を見せてくれる。よし、エマが本当に料理が上手くなるまで何度でも付き合ってやろう。俺はイギリス式の使命に一緒に抗うことを決めたのだった。

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