知らない痛み

 一人悲しくなった時は、レイトショーで涙する。これは、俺なりの自分の気持ちを抑える方法だ。今夜も一人で暗いスクリーンに目を落す。誰もいないシアターで孤独に映画鑑賞をする男。そう、俺は今日愛していた人に別れを告げられた。何が起きたのか。今でもはっきりとは覚えていない。ただ、彼女は俺に涙を流し、悲しく苦しそうな表情で去っていったのは紛れもない事実だった。


「あなたは……、身勝手な人よ。私の気持ちなんていつもいつも後回し……。だから、私の辛さにも全く気づいていないんでしょう? もういいわ……。さよなら、あなたとはもうお別れよ」


 スクリーン上でヒロインが主人公に別れを告げると、雨に打たれて泣きながら路地を走っていく。これは、今日の俺と同じだ……。俺は彼女の知らない悩みを見過ごして自分のことばかり考えていたんだ……。そんなひどい男なんてフラれて当然だな。そう思っているところで、シアターは光に包まれる。俺は右手にひしゃげた紙コップを持ってまた震えていた。



 今日は、辛く何度も泣いた。これが……、失恋か…………。ゆっくりと哀愁に包まれながら人気のない交差点を一人歩いていく。しかし、後ろから唐突な衝撃が背中を貫くように伝わってきた。


「ドーーーン! へへへ……。びっくりした? ほら、びっくりした? いやぁ、今日はデートを早退しちゃってごめんね? なんかさぁ、昼に牡蠣食べたじゃん? それが、急に当たっちゃって、それで痛くて耐えられなかったんだよ~~。本当痛かった~~。でも、やっとお腹の調子が戻ったから健君に会いに来てやったんだよ~~。ほ~ら、感謝のお言葉は!?」


「あ……、ありがとうございます……」


「よ~~し、お礼言えて偉いね~~。よしよし、頭なでなでしてあげるよ!」


 俺に別れを告げた五月さつきは昼とは別人のように満面の笑顔を見せてわしゃわしゃと乱雑に頭を撫でまわす。そうだ、こいつがあんなドラマチックな別れを切り出すわけがないんだ。俺はさっきまでの哀愁を返してほしいと思いながらも、五月の手を思いっきり握り返して、一緒に道を歩いていったのだった。

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