第4話 トンネルの向こう

 由真の車は伊万里から二〇分ほど南下し国道三五号線に出ていた。ここからもこんな夜中の時間では、車も少なく信号も黄色点滅だからほぼノンストップだし、単純な道が続く。やがて上り坂にさしかかった左前方に両親がまだ住んでいる夢高団地のかすかな灯りが見えてきた。 両親には、高校時代、勉強もせずにあんなヤンキーと付き合って、随分と迷惑かけた。これから少しでも親孝行できればと思っていた。しかし、早く孫の顔を見たい両親の気持ちとは裏腹に恋愛感情すら生まれなくなった自分を恨めしく思いながらここをいつも通り過ぎる。

 由真のマンションはここを過ぎて佐世保市街側へ更に十五分ほど行った大塔というところにあった。奇しくも夏希の実家もこの十五分程の間の道から少し入った大塔町内にあった。

 由真は、佐世保までのバイパスに入る交差点で初めて赤信号停止をした。右側にウィンカーを点滅させながら止まったが急に眠気が襲って来たというか気づかず一瞬眠ってしまった。本当に疲れていたのだろう。眠気にも気づかず眠っていたのだ。

 目が覚めて何分経ったかまったく分からなかったが、辺りを慌てて見回して、周りに車はなく、信号は青信号に変わっていた。由真は、ホッとして車を走らせた。右に曲がるといつもの上り坂だったが、何かがいつもと違っていた。周りに人がいなくて暗いのはいつもの事だが、今日の暗さは違う。

――なに?  なんでこんなに暗いの・・・・・・あっ、街灯が灯いてない。

 由真のマンションの方へ向かうバイパスには歩道の街灯が数メートル毎にあって片側二車線の道の広さを感じることが出来るのだが、今夜はそれが灯いておらず、由真の車のヘッドライトだけが暗闇を照らし、道がいつもより狭くなっているように感じた。やがて車は下り坂に入り、直線になった。いつもよりその直線が長く感じ、細く見えた。その長い直線の更に向こうに薄く光があるようだった。いつもより強めにアクセルを踏んでる気もしたが、何キロ出てるかは、確認出来なかった。なかなか届かない、その不思議な光に目が集中してしまっていたのだ。近づいているのか離れているのか良く分からない長い時間が続いた。本能的にこりゃ家には帰れないかも? と思った時、その薄い光とヘッドライトの光が重なって急に更に明るくなった。

――なに? 何これ、なんで?

 由真が眩しさに慣れると道幅が更に狭くなっていて車が離合できるかどうかの山道になって、両脇には雑木林が広がっていた。

――どこだろう?  あれ、夜中だったよね? 家へはやっぱり無理か。 家に帰れない予感を感じ、意外と冷静に雑木林を眺めた由真は、車を止めることなくそのまま走らせた。山を抜ける事が出来るのだろうかと不安に思ったが道は下っていて、途中で止めるところも無いのでそのまま走った。五分ぐらい経っただろうか雑木林を抜け、目の前に堤防、そしてその先に青い海が見えてきた。道は狭いまま、まっすぐその堤防に突き当たっていた。堤防まで来た由真はその辺りの空き地に車をとめて堤防の切れ間から海を覗いてみた。

――わあ、海だ。青いなあ。声には出さなかったが海が好きな由真は、そう心で叫びながらあの時の海水浴場の香りが懐かしくて階段を降りてしゃがみ込んだ。そして、海水を手でバシャバシャと泡立たせてみた。海は引潮らしく水は澄んでいて底の方まで見ることができた。湾になっているようで二、三百メートル先の対岸にはフェリーの発着場と遠洋にも出そうな漁船が何隻か繋いであった。

――どこなの? 青いなあ。あれ? お腹空いてる。 お腹がグーと鳴った。

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