第2話 平戸・根獅子海水浴場

 裕美が由真のメールアドレスを木島先輩にせがまれて、由真も嫌がりながらも結局、了承したため、木島先輩から由真にメールが来て、二人はやりとりをするようになった。木島先輩は、高校へ進学したものの直ぐにやめてしまい、とび職をしながらあちこちで喧嘩をして回ったり、バイクを乗り回したりしていたらしい。


 ある日、どこかへ遊びに行かないかと由真をメールで誘って来た。その頃、裕美とふたりヤンチャになっていた由真は、夜の海、海水浴場で夜、泳ぐことにハマっていた。みんなと花火をして騒ぐ、音楽をかけて踊る、暑くなったら海に入る、暗い海は、何か出てきそうで不安はあるが、そのドキドキがたまらなかった。そう、普通高校に通ってる女の子たちと比べると明らかに不良娘の部類に入り込もうとしていた。メールが届いたその時の晩も裕美たちと平戸の根獅子で泳いで、騒いでいたのだ。木島先輩の誘いに乗ったら危険なことは分かっていたが、そのまま、海の家で夜を明かす予定だった由真は、もし、朝、大丈夫だったら、付き合おうと決め「朝、起きれたら行きます」とメールの返事を出した。


 翌朝、木島先輩はバイクに由真用のヘルメットを積んで根獅子海水浴場に現れた。

由真は、寝る前は絶対起きれないと思っていたが起きてみると不思議と眠くはなくなっていた。まだ眠そうな裕美たちに別れを告げ、ヘルメットをつけて木島先輩の背後にまたがった由真だったが半袖のワンピースの下はまだ水着のままだった。バイクは、ハンドルがやや上がって車高が低いアメリカンタイプの四〇〇cc。燃料タンクの色は、由真のヘルメットと同じワインレッドだった。レザーシートの冷たさが乾いた水着を通して由真のお尻に伝わってきた。

「大丈夫か? 行くぞ」

「はい」

そして由真は確かに大人を感じる男の背中にしがみつきバイクと共に危険な恋へと出発した。

 ――これが大人の男の匂い、なんかいいな。 由真は、夜の暗い海にも似たこの不安とドキドキを感じていた。

しばらくは海を見ながら海岸沿いの道を走った。朝のしょっぱくて冷たい止まっている空気の中を突っ切るようにバイクは進んだ。それで起こった風が由真のまだ乾ききっていない長い髪をなびかせ、ワンピースをはためかせた。やがて、深い青の海に別れを告げ、山越えの道に入った。カーブを右に左に繰り返すようになり、その度に木島先輩の身体もバイクも大きく倒れ由真もそれに沿った。Ⅴツインエンジンの振動がアクセルを回すたびに由真のお尻にも伝わった。バイクに乗せてもらうのは初めてだったが不思議と怖くはなく、これから向かって行く危険な恋への憧れみたいなものと重なった。


 山を登りきると国道に出て、道はだいぶ広くなって、直線も長くなった。その度に木島先輩はスピードを上げ、由真の髪は更に長くなびいた。もうすっかり乾ききっているようだ。大きな病院や教会の側を通ったり平戸は意外と大きい島だった。しばらく行くと今度は、根獅子とは反対側、東側の海を見ながら走ることになった。海の向こう側は、佐世保市だ。南の方には、うっすらと九十九島の島々が見えている。広い砂浜を持つ大きなホテルの前を通り過ぎ、間もなくふたりのバイクは、橋のたもとにある平戸大橋公園に着いた。自動販売機で飲み物を選びながら「怖くなかったか?」と木島先輩が由真に訊いた。

「ううん、面白かった」由真は、先輩、やっぱり優しいなと思いながら返事をした。本当に怖さよりもワクワクとした気持ちがどんどん湧いてきていたのである。ああ、この人と付き合ってもいいなと由真は、そう思った。

公園の奥にある芝生の広場まで二人歩いて行き、木島先輩はコーヒー、由真は炭酸のジュースを飲みながら、平戸大橋と南側の海を眺めた。朱色の橋と対称的なのか海の色は青というより緑色に見えて、奥の方まで何層にもそれぞれ違っていた。

コーヒーとジュースを飲み干すと、ふたりは、再びバイクにまたがり平戸大橋を渡った。渡りきると右へ折れ、今度は平戸島を右手に見ながら佐世保市街地の方へ向かった。市街地までも距離があり、グングン飛ばしていたが、いざ、人が多い市街地に入るとアクセルを回してエンジン音は上げるものの、スピードは上げず、木島先輩が、バイクのエンジンを使って「おーい、今日の俺の彼女を見てくれ。可愛いだろ」と道行く人に叫んでいるようだった。由真もそれが分かってか、気を引き締め、見られてる自分を少し頼もしく思った。

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