第2話 失踪 ――― 赤羽 涼太

宏美の母親が店内に入って来るなり、ちょっと外に出られるか確認をして来た。

俺は、店の奥で事務作業をしている自分の母親に出掛ける旨を説明して外へ出る。

宏美の母親が運転する車に乗せられ、あなた達がこの前に行った祥子ちゃんの家まで案内してと言われた。

俺は、あの場所へ行きたくは無かったけど、仕方がなく案内する事になり、その道中に理由を聞いてみる事にしたが、返事は、着いてからとしか言われなかった。

「そこを左です」そう言うと、スピードを緩めて、辺りをキョロキョロと見回す様に宏美の母親が外を気にしている様子だ。

焼き焦げた祥子の家へ着くなり、宏美の母親は、俺に車の中で待っている様に言って、一人で家の中心へ何かに導かれる様に移動した。そこには、分厚い石の蓋がされている井戸がある。

しかも、その周辺だけ焼けていないと言う理解不能な井戸が…


数分が経ったのだろう。宏美の母親が車を降りてからと言うもの、妙な胸騒ぎがして仕方がない。息が詰まる。何が何だか説明が出来ないが、急に苦しくなったのだ。

宏美の母親が車に戻ると、ここは危険と言って、すぐに車を走らせた。

そのまま来た道を戻り、今から私の家に行くとだけ言われた。

宏美の家系は、代々霊感が強く、宏美なんかに比べたら母親はもっと強いと聞いている。


「お祖母ちゃん、連れて来たわよ」

久し振りに宏美の家に来た。最後に来たのは、中学の時に、男女合わせて数名で家の外まで来て以来。家に入るのは初めてだ。

パッと見、70歳くらいだろう祖母が玄関に来るなり、俺に向かってお祓い?みたいな事を始める。ぶつぶつと、お経みたいなものを唱えると、今度は俺に向かって塩を振り掛け、最後に背中をドンっと叩いた。

暫くすると、中へ入る様に促され、俺は言われた通り奥の部屋へ入る。

案内されたのは、殺風景な和室だった。

ただ、部屋の中央の隅には祭壇みたいな木製の棚がある。棚の上には、何かに使うのだろう道具が数点あるだけで、以前テレビで見た事がある『お祓いをする道具』にしては少なく感じる。


「あんた、はっきし言ってかなり危険な状態よ?」そんな事をいきなり言われても、正直言って意味が解らない。

「宏美も、そこに居る宏美の母親でさえ振り払えないモノが憑いている。それを今取るから目をつぶって座りなさい」

言われるがまま目を閉じ正座をすると、俺に向かって語り掛けて来る。それに対して、絶対に返事をするなと、最初に言われていた。

俺は、ただただ祖母の語りを無視した。

体がフワっと一瞬し、俺の意識はどこかへ行った感覚になると、次第に強烈な眠気が襲って来たのだ…


気が付いたら、一時間程が経過していた様子。

俺は、その場で倒れて眠っていた様だけど、何も覚えていない。ただ、意識が薄れたなと感じた瞬間、強い眠気に襲われてからの記憶がない。

「おばさん…」目の前にいた宏美の母親に声を掛けると、何があったのか説明してくれた。

どうやら、俺に語り掛けていたのではなく、俺の中に憑いていた『少女』に語り掛けていたとの事で、その『少女』が全ての元凶と言う事。

ここまでは詳しく教えてくれたが、それ以降は言ってくれなかった。

「何で俺に?」と、聞いても、何も応えてくれない。ただ、二度と祥子の家には行くなとだけ、しつこく言われた。


祖母が和室へ戻ってくると、水晶で作られた数珠を手渡してくれた。

「こいつを、肌身離さず付けていなさい。お風呂も寝る時も必ず」と、簡単な説明を受けて、そのまま母親の車で店へ送って貰った。


その日の晩、純平から電話が掛かって来た。

純平も、宏美の家でお祓いを受け、数珠を貰ったとの事。

あの日、あの場にいた全員が取り憑かれたと言うのか?そんな話が、現実にあり得るのか?解らない事だらけだったが、いくら考えても答えが出ない事くらい知っているから、深く考えない様にした。



2022年 4月2日


宏美が退院した。結局は、原因不明の高熱らしいけど、その高熱も祖母がお経を唱える事で翌日には平熱へと回復したと聞いた。念の為、今日まで入院して様子観察していたとの事だ。

勿論、敦司も宏美も水晶の数珠を付けている。俺達4人は、行ってはいけない場所へ足を踏み込んでしまったらしい。

宏美の回復祝いを兼て、4人で食事へと出掛けた。

ただ、誰一人として祥子の家での出来事を話そうとはしなかった。霊感が強い宏美ですら、きっと恐怖しているのだろう…

俺達は、懐かしい話だけをして、その場で別れた。

この日が、純平との最後になった。



2022年 4月5日


警察が店にやって来た。

「赤羽涼太さんですね?私は、高崎警察署の高部ですが、こちらの人物に見覚えはありますよね?」そう言って、純平の写真を見せられた。

それが、どう言う理由なのか解らなかったが、俺は頷いて応えると、今朝、純平の遺体が発見されたと聞かされた…

しかも、その場所は祥子の家。警察が言うには、おそらく死亡推定時刻は、昨夜の23時頃との事。焼き焦げた祥子の家の柱で首を吊っていたらしい。

あそこには行くなと、俺達は言われていたのに、何故、純平はあの場所へ行き、しかも首を吊った?

数珠の事を尋ねると、腕には付いていなかったらしい。だけど、その数珠かどうか解らないけど、首を吊った下に、水晶がバラバラに転がっていたとの事だ。


警察が帰ると、すぐに敦司に電話をした。今から会えないか聞くと、宏美の実家にいるから、今すぐ来る様に言われ、俺は店を母親に任せて宏美の実家へ向かった。

宏美の家は、井野駅を越してすぐ。俺は、とにかく急いで向かう。

途中、線路に引っ掛かると、遮断機が下りた先に風香に似ている人が立っている。

俺は、目の錯覚かと思い、瞬きを数回して、再び遮断機の向こう側を見る。

その時、その姿はいなくなっていた。

きっと、目の錯覚と思いながら遮断機が上がるのを待つと、何も操作していないのに突然カーステレオから不気味なノイズ音が聞こえて来た。

ついさっきまで、好きなアーティストの歌が流れていたのにも関わらず、その曲が消えて…


余りにも恐怖で動けない。ただ、耳だけはしっかりと神経が集中されているのか、ノイズの中に混ざる不気味な声が鼓膜を突き破るかの様に脳へ侵入して来る。

その不気味な声はどことなく風香の声にも似ていた。

『…く…る…み…』と、繰り返し聞こえて来る。


―――くるみ?


俺は、電車が通り過ぎ、遮断機が上がった事にさえ気が付かなかった。

その瞬間、後ろの車がクラクションを鳴らし、我に返ってアクセルを踏み込んだ。

線路を渡り、すぐに左折をし、宏美の家までゆっくりと向かう。

一体、さっきのは何だったんだ?それに、くるみって…

宏美の家に到着するなり、俺はさっきの事を説明した。それを聞いていた祖母が言う。

「くるみ…。ちょっと、宏美、こっちへ来なさい」

宏美が祖母の前に行く。ただ、宏美を見詰める祖母。祖母の目を見詰める宏美。

数分が経っただろう。

「解った。宏美、今度はお母さんをここに連れて来なさい」

言われるがまま、宏美は母親を呼びに行き、すぐに2人で戻って来た。


「正美、宏美の小学校低学年時代の連絡網とか写真を全部ここへ用意して」

どうやら、宏美の母親の名前は正美と言うらしい。でも、何で、そんな昔の連絡網や写真を?それに答えがあるとでも言うのか?

俺も敦司も、何が何だか解らず、とにかくその場でじっと待つ事しか出来なかった。

2人は、必死で見つけた連絡網と写真を持って来て、祖母へと渡した。

祖母は、持って来られたモノを一つ一つ丁寧に見ている。

「やはり、そう言う事か」ボソっと呟いた。


「あんた達3人に聞くけど、この写真の娘を知っているか?」

敦司は、中学は一緒だったけど、小学校は別々だったので、即答で知らないと答えたが、俺と宏美は写真をよく見て思い出そうとしていた。

「くるみちゃん…上野くるみちゃん…」

宏美がそう声を出すと、俺の頭の中で微かに何かが蘇って来た。


―――上野くるみ


確かに俺は彼女を知っている。ただ、それも曖昧な記憶の中に薄っすらと存在しているに過ぎないけれど。

その写真とは、俺と宏美、そして上野くるみが同じクラスの集合写真。

宏美と同じクラスだった事さえ、今やっと思い出した。

写真の上野くるみは、あどけない可愛らしい表情で、ピースサインをしながら笑顔で写っている。

「思い出した!三年生になる頃だったかな?くるみちゃんは突然引っ越しちゃったんだよね?涼太君、違ったっけ?」

「ごめん、俺、あんま覚えてないみたい…でも…」そう言い掛けた時、頭の中に意味不明な映像が流れる。

その映像は、風香と祥子と上野くるみが遊んでいる映像。

確か、あの場所は…

そうだ、小高い丘の上にある神社がある場所だ。


あの頃、確か俺も何回か遊んでた様な気がする。特別、仲が良かったって訳ではないけれど…そして、もう一人誰だったか覚えていないけど、同級生の男と一緒に。

「なぁ、宏美。連絡網に載っている番号に掛けても意味ないと思うけど、掛けてみないか?」そう提案する。

随分前に引っ越したのだから、繋がる筈が無い。そんな事は解っている。

ただ、理由は解らないけど、掛ける意味があると感じたのだ。

それを聞いていた敦司が連絡網から上野くるみの電話番号を見つけ、自分のスマホをスピーカー設定にして電話を掛けた。

祖母がそれを制止した時にはすでに遅かった。


呼び出し音は鳴った。もしかして、別の人が使っている番号なのか?

暫くすると「はい、上野です」と、女性の声がハッキリと聞こえた。

「もしもし?僕、くるみさんの友達の小野寺敦司と申しますが、くるみさんは御在宅でしょうか?」

「くるみの友達?ふざけないで!」怒鳴られ電話を切られた。

「敦司君、くるみって子は、もういないの…」

祖母が言うと、俺達は呆気に取られ、何も聞けずに黙り込んだ。


突然、敦司のスマホが鳴った。着信は、何と昨夜亡くなった筈の純平からだった…








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