第2話 魔法少女の乱舞

 さて、まずは浩介が目撃したものを説明しよう。魔法少女だとすぐに判明した訳であるから、登場した人影が女性、若い少女である事は明らかである。女子にしては背が高く、また一方は銀髪のポニーテール、他方は金髪のややパーマのかかったベリーショートだった。普通の髪色とは違うが、地毛であろうと直感的に思った。

 彼女らの衣装も特徴的である。端的に言ってコスプレの衣装に似ていた。それだけ日常のシーンからかけ離れた、浮世離れした出で立ちであると言っても良かろう。

 銀髪のポニーテールの方はチャイナドレスを想起させるぴっちりとした青い衣装を身にまとい(但しきちんと下履きのズボンを着用している)、その上で水色のショールを羽衣よろしくたなびかせていた。チャイナドレスには金銀五色の糸で様々な刺繍が施されており、中々に壮麗だった。だが、腰の付け根から飛び出しているアクセサリーがひときわ目についた。何しろ、銀白色の尻尾を模した飾りが、四本もぶら下がっているのだから。彼女は片手に扇を携えている。

 金髪のショートヘアーの方は、紅白の巫女装束を衣装化したようなドレスを着こんでいた。模様は殆ど無いが、かわりに袖や裾にはフリルがあしらわれており、清楚さと可憐さを際立たせている。彼女がその手に握りしめるのは、明らかに御幣と思しき代物だった。


「出たっ。出たぞファントム☆ウィザードだ」

「今日もフォックスちゃんはきゃわいいなぁ」

「いやいや、俺はサンダー様推しなんだけどな。金髪碧眼でクールビューティな巫女さんとか正義だろ」

「ツンデレは俺苦手なんだよ。やっぱり正統派美少女なフォックス推しだろ」

「いやいやフォックスは腹黒女子かもしれんぞ。狐だけにさ」

「腹黒とかそれもそれで美味しいんですが」

「…………?」


 オッサンと自分たちしかいなかったはずなのに、妙に周囲がざわついている。何事かと思って首を巡らせた浩介は、驚いて絶句した。何処からやってきたのか、いつの間にか公園の近辺には野次馬たちが集まっていたのだ。先の熱っぽい発言はいずれも魔法少女たちに向けた言葉らしい。ついでに言えば銀髪がフォックスで金髪がサンダーというらしい。

 浩介はゆっくりと前を向いた。そこで、魔法少女たちもこちらを向いている事に気付いた。

 後ろ姿だけでも美少女だろうと思っていたのだが、魔法少女たちは本当に美しい少女たちだった。高校生くらいの、浩介にとっては少し大人に近い存在だ。しかし彼女らは子供のような瑞々しさ、あどけなさ、可憐さを内包しているようにも思えた。

 だからこそ魔法少女なのだと、浩介は嘆息するほどだった。

 が、足元で縋りつくモフモフの感触で我に返った。尋常ならざる光景に、飼い犬のジョンが困惑していたのだ。


「ねぇ、危ないから君もあの人たちみたいに少し離れたほうが良いよ」


 ありがとう……たどたどしく礼を述べ、浩介はジョンを抱え上げた。いつもは抱っこを拒むジョンだったが、異常事態である事を彼なりに感じ取ってくれたのだろう。

難なく抱え上げる事が出来た。

 未だ興奮冷めやらぬ、いやこれから興奮の最高潮を迎えるであろう野次馬たちの中に浩介が紛れ込むと、魔法少女たちは何と、彼らに向かって晴れやかな笑みを浮かべたのだ。


「みんなっ、心配してるかもしれないけれど大丈夫だよ! 私たち、ファントム☆ウィザードが、可哀想な魔獣を救ってあげるんだから! フォックスは今日も頑張っちゃうよ」

「……フォックス。よそ見は禁物」


 あざと可愛い調子で聴衆に声をかけるフォックスと、ジト目でフォックスの不用心さを指摘するサンダー。二人のその声は、歌って踊る大勢のアイドルたちよりも澄んでいて清らかだった。


「フン、俺ヲ救ウダト?」


 ここでゴンザレスが反応した。魔法少女の登場から長らく空気扱いされていたように思う読者諸兄姉もいるかもしれないが安心してほしい。魔法少女の登場から今のシーンに至るまで、実際には数分しか経っていないのだから。

 魔法少女の説明シーンでは、敵が襲い掛かってこないのはセオリーである。恐らくは、ゴンザレス自身も未知の経験だったので戸惑っている所もあっただろうし。

 それはさておき、魔法少女たちの動きを見てみよう。問いに応じたのはフォックスだった。彼女は絹の扇でゴンザレスを指示した。


「俺ニ救イナド要ラン。俺ハ今、トテモ幸セナノダカラナ……」


 ざらついただみ声で告げるゴンザレスの口許からは、黄緑の涎がボトボトと落ちていた。涎が地面に落ちるたびに、ジュウジュウ音を立てて砂や地面が溶けて抉れているのを浩介は見てしまった。ヤツガシランおそるべしである。


「圧倒的力、力ヲ俺ハ得タンダ! ソレヲ貴様ラ魔法少女トヤラハ邪魔ダテスルノカ? グ、グググ……別ニ構ワンガナ。貴様ラガ後悔スルダケダシナァ!」


 天地が割れるかという咆哮を上げるや否や、ゴンザレスが魔法少女らに突進してきた。東屋やベンチを大破したほどの威力である。恐らくはバイクとか自動車レベルの破壊力があるだろう。そんなのが突っ込んできたら、いかな魔法少女とて無傷では済まないだろう。

 しかし魔法少女らは紙一重の所でゴンザレスの突進をかわした。いや……よく見るとゴンザレスから逃れたのはフォックスだけだ。サンダーの姿が無い。


「やっぱり」


 冷徹な声が上空から降りてきた。サンダーだ。彼女は無事に回避していたのだ。しかもどういう機構か解らぬが、フワフワと宙を舞っている。文字通り浩介は目を疑ったが、観衆たちは興奮して見上げているだけで、驚いている人間の方が少ない。

 どうやらサンダーは空が飛べるらしい。魔法少女だから。そう思う事にした。


「躾のなってない駄犬には仕置きが必要」


 短く素っ気ない言葉とともに、御幣を持った手が振り下ろされる。振るった御幣を起点として一筋の稲妻が突如として発生した。この稲妻はまばゆい光と共に真っすぐ落ちていく。落ちた先はゴンザレスだ。

 落雷に遭ったゴンザレスの身体は一瞬見えなくなった。サンダーの攻撃地味にえぐいやん……ゴンザレスの狂暴さを一瞬忘れ、浩介は呑気にそんな事を思っていた。中学生と言えども、雷が危険である事は浩介も知っている。


「ちょっとサンダー。いくら何でも……」


 やり過ぎよ、とフォックスは言うつもりだったのだろうか。しかし彼女は目の前の物を見て表情を引き締めた。ゴンザレスは毛が所々逆立っているだけで無傷だったのだ!


「アレガ魔法少女様ノ攻撃カ? 炭酸水ホドニモキカナカッタナァ……」


 ゴンザレスはそう言うと未だ上空を旋回するサンダーを一瞥する。ゴンザレスはサンダーに飛びかかろうとしていた。フォックスは攻撃を仕掛けるべきかサンダーに警戒するように伝えるべきか悩んでいるようだった。

 そしてその一瞬の悩みが、相手の付け入る隙でもあった。

 ゴンザレスはそのまま機敏に身を翻し、フォックスに向かってタックルをかましたのである。サンダーを襲おうと身構えていたのは、フォックスを油断させるための罠、フェイントだったのだろう。

 恐ろしい魔獣に可憐な魔法少女が叩きつけられる……眼前で繰り広げられているであろう惨劇を思い浮かべ、浩介は一瞬身震いした。

 しかし、フォックスは扇でゴンザレスの前足を押しとどめているではないか。あの、ベンチを大破した怪力を誇るゴンザレスを。少女らしからぬパワーであるが、それもこれも魔法少女であるが故の御業なのだろう。女子力が高すぎる。


「駄目よ。私たちには勝てないんだから。良い子だから大人しく……」

「ホザケェ狐風情ガッ」


 フォックスの力がゴンザレスと拮抗していると見えたのは一瞬の事だった。激したゴンザレスが前足を振るう。フォックスの身体はその動きに耐え切れず、そのまま放物線を描いて吹き飛ばされた。ゴンザレスが狙ったのか否かは定かではないが、彼女は折れて傾いだ東屋の柱に頭からぶつかったのである。それでもまだ意識はあるのか、もがこうとしていた。


「フ、アンナニ飛ンデ柱ニブツカッテモ動ケルノカ。シブトイヤツメ」


 ゴンザレスは軽い足取りでフォックスの許ににじり寄る。フォックスはゴンザレスの姿を見てぶるぶると震えていたが……ゴンザレスの鼻先が近づいたところでニヤリと笑った。


「私たちの術中に嵌ったわね、ワンちゃん」

「ナニッ……!」


 柱に叩きつけられたフォックスの身体がひとりでに爆ぜた。魔法少女大爆発である。但し、見えてはいけないアレコレが見えるような、中学生の浩介が見てトラウマになるようなブツではないので読者諸兄姉はご安心頂きたい。あの特撮でお馴染みの、煙に包まれての爆発シーンに似ていると考えれば問題はない。ただ本家の爆発シーンと異なるのは、その煙の中から白い、仔兎程度のチビ狐がわらわらと出てきた事であろう。戸惑うゴンザレスの毛皮にチビ狐共は取りつき、組体操よろしく狐同士で連結していった。ムカデ人間ならぬ即席のムカデ狐である。しかも連結したチビ狐らは、奇妙に膨れた毛皮のロープに変化していった。ゴンザレスの不気味さと負けず劣らず奇妙な業である。


「本物の私はここよ!」


 そう言いながら自由落下してきたのは、チャイナドレスに身を包んだフォックスだった。初登場時と異なり、腰にぶら下げていた尻尾のようなものが長く伸び、さながら触腕のようにうねっている。フォックスは丁度いい塩梅にゴンザレスの背中に着地する。四本の尻尾は、身動きの取れないゴンザレスに絡みついた。


「エナジードレイン!」


 フォックスが叫ぶや否や、ゴンザレスがフォックスの緊縛を逃れようともがきだした。毛皮の生えた触手のように見えるフォックスの尻尾の色味が変化している。雪のように白かったはずの尻尾は、玉虫色――チワワのゴンザレスにつうずるっこんだオーラの色だ――に染まっているように見えたのだ。いや、玉虫色のオーラは尻尾を通じ虚空へと消えていった。


「ヤメ、ヤメロォォォ……」

「ほら、大丈夫。もうすぐで終わるから」


 エナジードレインという術とやらは相当消耗するのだろう。フォックスも顔を赤くして汗だくだった。しかしそれ以上に辛そうなのはゴンザレスの方だ。もがいて触手から逃れようとするも、その身体は少しずつしぼみ、小さくなっていった。

 魔法少女らしからぬ変態的な術が行使される事およそ三分。フォックスは玉虫色のオーラを全て放出する事に成功したらしい。ゴンザレスは既に恐ろしい魔獣ではなく、ただの可愛いチワワに戻っていた。

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