魔法少女ファントム☆ウィザード

斑猫

第1話 魔法少女の登場

 関西某所、吉崎町。国際色豊かでオシャンティーな港町から車で約五十分ほど離れたその町は、緑と田園と幾つかの工場とパチンコ屋とコンビニ等々があるくらいの、ごくごく平凡な町だった。いや、町であるはずだった。

 しかし最近、世の混乱をもたらすために暗躍する怪人・ヤツガシランの悪だくみにより、突如として異形の怪物が登場したり、無辜の住民やチワワなどのペットなどが狂暴化し怪物化する事案がボツボツと発生していた。

 平和で平凡な町は、阿鼻叫喚のヒャッハータウンに変貌してしまうのか……否、そんな事は無かった! ヒャッハーある所に救世主が来るのは世の常である。

 そう。吉崎町の平和は、二人の魔法「少女」がこっそりと護っていたのだ。

 この物語は、そんな魔法少女たちの真実の物語である。



 その日はごく普通の日曜日となる筈だった。中学生である犬丸浩介は、愛犬の散歩のために公園をぶらついていた。愛犬はポメラニアンのジョンである。フワフワした長毛が自慢だが、両目の上には丸い模様があり、何となく柴犬にも似ている。

 浩介とジョンの散歩は平和な物だった。公園には鳩が集い、子供らが遊び、カップルと思しき男女が寄り添い、そして隅っこで猫が何かないか様子を窺っている。よく見ればチワワを散歩させているオッサンもいた。チワワは神経質そうな表情で辺りを見回しながら、小さな足を動かしてちょこまかと歩いている。

 何処からどう見ても、平和な日曜日の朝の光景だった……十五秒前までは。


「ゴン、ゴンザレスッ! い、一体どうしたんだ!」


 チワワのリードを握っていたオッサンが唐突に叫んだ。チワワの様子は確かにおかしい。苦しそうに震えている。というか浩介には見えてしまっていた。ゴンザレスの背中に、玉虫色に光る謎のオーラがつうずるっこまれるのを。


「キャ、キャヒン……グル、グルルルルル!」


 ゴンザレス君が飼い主の声に応じたのか否か。それは今では定かではない。しかしそれ以上の事が起きてしまった。獰猛な唸り声を上げたかと思うと、チワワの肉体がムクムクと巨大化していったのだ。オシャンティーな首輪は秒でちぎれ飛んでいく。

 呆然とするオッサンの前で、チワワのゴンザレスは巨大化してしまった。今やその身体は薄汚れた黒系統の色合いに変貌し、グレートデンすらも小さく見える程の巨大犬になっていたのである。


「ガアッ、ガアァァァァ……」


 天に向かって異様な咆哮を上げるゴンザレス。オッサンは呆然としてその場にへたり込んでいる。鳩たちは群れを成してそのまま曇天の向こうへと避難していった。ヤツガシランだ。ヤツガシランの仕業だ。子供らしい声がそんな事を言っているのが聞こえる。

 魔獣と化したゴンザレス。その両目は紅く光り、口許から垂れる涎は不気味なメロンソーダの色味である。オッサンなど一瞥もくれずに、彼は走り出した。しゃにむに走ったゴンザレスはベンチにぶつかる。ゴンザレスの動きはそれほど早くなかったが……ぶつかられたベンチは軋んだ音を立てて大破した。ちなみにベンチの利用者はすぐに逃亡していたため、人的被害が無いのが救いか。


「グン、グゥン……」


 一瞬でスクラップと化したベンチを見て、ゴンザレスは喉を鳴らしている。何となくであるが喜んでいる事に浩介は気付いてしまった。


「グググ、ゴ、コレガ俺ノ力カ……オモシロイ、オモシロイゾアオオオーン!」


 ゴンザレスの喉からは、だみ声であるが今や人語さえ出てきているではないか。既に何処に出しても恥ずかしくない怪物である。ゴンザレスはそのまま遊具に犬パンチをかましたりアホな落書きだらけの東屋にチョップをかましたりしている。オッサンは真っ青になって震えているが、犬が怪物化したからなのか、はたまた怪物と化した犬の破壊行動の規模の大きさに震えているのか解らない。

 気が付けば、公園に入る面々は殆ど逃げてしまったらしい。公園にいる生物と言えば、オッサンとゴンザレス、そして浩介と飼い犬のジョンだけだった。



 お、俺たちも逃げなければ……そう思ってジョンのリードを引く。しかしジョンは微動だにしなかった。四肢を突っ張り耳を立ててゴンザレスを見つめている。怖がっているのか。それともジョンなりに何か思う所があるのか。若しかしたら、家族が散歩させるときに顔を合わせるのかもしれない。

 いつの間にかゴンザレスは浩介たちに視線を向けている。木くずにまみれた鼻面を歪め、こちらに向かって歩き出してきたではないか。


「ヤツガシランに操られた哀れな魔獣、暴れるのはそこまでよ!」

「私たち、魔法少女として活躍する」


 凛とした声が浩介の耳朶を打つ。いつの間にか出来した二つの人影が、ゴンザレスと浩介の間に佇立していた。浩介たちを庇うかのように。

――来た、本当に来たんだ……


 二人のその声とその風体を見た浩介は、彼女らこそが魔獣を迎え撃つ魔法少女である事を悟った。


 さて魔獣を迎え撃つ二人の魔法少女。その風貌とその活躍とはいかなるものか――中編にてそれがつまびらかにされるであろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る