第48話 誤算

「あ、お帰りぃ〜。信長さん達どうだった?」


「ああ。まあ、うまくいったよ」


「ちゃんと明智光秀として認めてもらえたの?」


「おそらくな。疑ってはいたようだけど天下を一緒に取ろうぜって誘ったら、簡単に乗ってきたよ」


「ふぅーん。でも、なんとなくだけどあの信長さんのことだから何か考えてそう」


「何かって何をだよ?」


「私に聞かれてもわかんないよ。でも、なんかすごかったじゃん。あの合コンの日のアキちゃんとの喧嘩。それに次の日の生配信。勢いがあるというか芯があるというか」


「奈々、もういい。あいつの話はやめろ」


「あ、そっか。君、信長さんのこと嫌いだもんね」


「奈々」


「はいはい、わかったわかった」


 ちっ。くそが。


 こいつと付き合い始めた当初はそれなりに楽しかった。顔は可愛いし何よりノリがいい。身体の相性も良かった。だが、残念ながらこの女は知性の欠片もない。二人で住み始めてからなおさらそれが目立つようになった。俺は馬鹿な女が嫌いだ。一緒にいるだけでイライラする。


 まあ、今となっては身体の相性がいいってことだけが唯一の救いだ。別の女が見つかったらすぐにこの家から出ていってもらおう。


 そういえば。さっき偶然再会したユッキー。確か名字は斎藤だっけな。


 初めて会った時はノリが悪そうでさほど興味はなかったが、よくよく考えると綺麗な顔立ちだよな。それに何より奈々なんかと比べ物にならないぐらい知性的に見える。奈々のほうが簡単に抱けそうだったから口説いたものの、今となっては失敗だった。こんなことなら最初からユッキーを狙うべきだったな。


「あ、亮君。そういえばさっき雪さんからメールがあったよ」


「は?メール?雪って……もしかしてユッキー?どんな?」


「なんか亮君と直接会って話したいんだって」


「え?なんで俺と?」


「わかんないよ。ってかこっちが聞きたいぐらいだよ。亮君もしかして雪さんとなにかあったんじゃ……」


「あるわけねーだろ。ユッキーってお前の会社の先輩だろ?手なんかだしたらすぐにお前にバレるだろ。さすがの俺でもそんな人には手を出せねーよ」


「何その言い方?ってことは雪さん以外の私の知らない女性には手を出すかもって言いたいわけ?」


「違うって。勘違いすんなよ。俺が好きなのはお前しかいねーって」


「ホントに?」


「ああ、ホントホント」


 ちっ。面倒くせえな。それより、ユッキーが俺に会いたいだって?おいおいなんてタイミングだよ。まさか俺の心の声がユッキーにも届いたのか?奈々は俺と付き合っていることをユッキーには言ってない。つまり知らない。あっちもあっちで久しぶりに俺と会ったことで意識しちゃったのか?いいね、可愛いじゃんユッキー。


「どんな内容か知らないけど直接俺に会いたいんだろ?いいよって返事してて」


「……会うんだ。雪さんと」


「なんで?なんかの相談かもしれないじゃん」


「でも……。なんで亮君なの?二人は合コンのとき全然話してないよね?それに……雪さんは、その。多分亮君みたいなタイプは苦手なはずだよ……」


 まあ。それは確かにそうだろうな。明らかに俺とは絡みたくなさそうだった。でもそんなの関係ない。俺は今ユッキーに興味がある。


「だったらなおさら気になるわ。そんな苦手なタイプの俺に直接会って話したいんだろ?なんだかんだお前も気になってるじゃん。大丈夫だよ、ただ会って話をするだけ」


「でも……」


「お前もしつこいなぁ〜」


「わかったよ。ごめん。だから怒らないで」


「まっわかってくれたんならオッケー。じゃ、明日は日曜だし明日でどうかって聞いといて」


「……うん。でも、気をつけてね」


「は?何を気をつけるんだよ」


「雪さん、信長さんと付き合ってるみたいだから」


「……は?」


 なんだと?


「まだ直接雪さんに聞いたわけじゃないからわかんないんだけど。この間焼肉屋さんから二人で出てくるのを見ちゃったんだ」


「……二人で?おいってかそんなの初耳だぞ」


 二人でだと?仮に付き合ってなかったとしてもおかしい。ユッキーはあの日信長に対して怒ってたじゃね−か。信長も暴言ばかり吐いてたんだ。普通に考えて仲良くなるはずなんてない。


「……間違いなくその二人だったのか?」


「それは間違いないよ。声をかけようと思ったんだけど、なんか二人共すごくいい雰囲気だったから邪魔するのは悪いかなと思ってやめたの」


「……」


 さっきユッキーはサイゼリアで待ち合わせをしているって言っていた。ってことはやっぱり待ち合わせの相手は信長だったのか……。そうなるとまずい。俺はユッキーと会った時は素の状態で喋ってしまった。俺と会って話したことを信長に言われると光秀のフリをしていたことが奴にバレてしまう。


 どうする。さらに口止めをするか。いや、それは怪しい。ただ交差点でたまたま会って少し話したあと、俺と会ったことは言わないでほしいってお願いしてるんだ。二回目は怪しまれる。いや、むしろ既に信長に伝わっているのかもしれない。そうだとしたらその時点で俺の計画は破綻だ。しくじった。急にユッキーに話しかけられたもんだから対応できなかった。


 くそ。くそ。くそ。


 いずれにしても会うしかない。会って状況を確かめるしかない。ただ、向こうから俺と会いたいって言ってきているのなぜだ?信長からの指示か?だとしたら、なんでわざわざ本人からではなくユッキーを通す必要がある。だめだ、今考えたところで何も解決しない。


 今わかっていることは、俺には会うという選択肢以外ないということだけだ。それにしても奈々のやつ。なんでこんな大事なこと今まで隠してやがったんだ馬鹿が。


 もう俺の船は進みだしてるんだ。絶対に誰にも邪魔はさせない。

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