第45話 裏切り者

「ここじゃ」


 ここって……博物館?


 信長に連れてこられたのは市内にある博物館だ。そういえば昔小学校の頃に来たことあったっけ。でも確かここに入ったのは俺が転校した後で信長と来るのは今日が初めてだ。


「博物館かー。私ここに入るのは初めてです。それよりも信長さん、ちゃんとした所に連れてきてくれたんですね」


「ちゃんとしたところとはどういう意味じゃ?」


「いえいえ気にしないでください。さ、早く中に入りましょう」


 雪さんはご機嫌なようすで館内の受付に向かっていった。ちゃんとしたデート先に連れてきてもらえて安心したようだ。でも、なんで信長はここを選んだんだろう。彼が歴史を好きのは間違いない。だけど、高校で信長と再会してからは歴史に対してもう関心がなかった。小学生の時はあんなに詳しかったのに、そして戦国時代が誰よりも好きだったのに……そう問いかけても信長はもう興味がなくなったんだの一点張り。そんな彼の姿を見て少し残念に思ったのを覚えている。


「次郎、何をぼさっとしておる?中に入るぞ」


「あ、はい」


 まあ、なんでここに来たのかなんて考えても仕方がない。今日の俺はただデートについてきただけ。二人の邪魔をしないように楽しめる場所として博物館というのは俺にとってありがたい。


 マジかよ。入場料たったの500円、ワンコインでいいのか。


 中に入るとまずは恐竜達が俺達を出迎えてくれた。といっても骨だけなのだが。これはさすがに覚えている。だけど、他の展示物を見ていると本当にここ来たことがあるのかと疑いたくなるぐらい初めて見るものばかりだった。それはそうだろう、来たと言っても二十年以上前のことだ。展示物が変わったのか、あるいは配置が変わっただけなのか。なんにせよ楽しめるということには違いない。


 動物や恐竜の化石、そして昆虫の標本のエリアが終わると、ここからは日本の歴史が学べるエリアのようだ。歴史に興味のない俺でもついつい立ち止まって見てしまう刀や兜。こういうのを見てかっこいいと思えるのは自分が男だからなのか。でもこの博物館の記憶が殆どないということは、当時の俺はそれほど楽しめていなかったんだろう。もし小学生の時に信長やヒデとここに来ることができていたのなら、きっと今でも記憶に残っていたんだと思う。


 刀や鎧兜の展示物コーナーを抜けるとさらに広い場所へとつながっており、そこには当時住んでいた人々の暮らしがわかる建築物の数々が俺達を驚かせた。


「すごいな……」


 思わず口から感想が漏れてしまうほどのスケール。その建築物の数々は今でも住めるのではないかと思える完成度と大きさで、実際に中に入ることもできる。


「私、こんなにすごい博物館は初めてです。そもそも博物館自体、あまり行った覚えがないんですけど、こんなにすごい場所が市内にあったなんて……」


「ここは来たことはあるはずなんですけど、今俺もめちゃくちゃ感動してます」


 更に先に進むと、今度は人が住めるサイズではなく建物自体を小さくし、それを大量に、そして立体的に並べることで出来上がっている一つの壮大な作品と出会った。


「信長さん、次郎さん!これすごくないですか?」


「ほう……」


 これは……町?いや、ただの町ではない。ものすごく壮大で立体的な城下町の模型だ。その大きさにももちろん驚いたが、何よりもお城の背後にはまるでスモールライトを使って本物を持ち帰ってきたのではないかと思える程のリアルな山々、そして実際に水が流れている川。こんなにスケールの大きい城下町の模型は初めて見たかもしれない。


 ここには来たことがあればこんな物を忘れるはずはないだろう。この数十年の間に新しく作られたのかな。やはりそうだ、制作日時が五年前の日付になっている。でも待てよ、何かが引っかかる。なんだろう……ん、模型?


 ……なんだ?今ものすごく寒気がした。俺はこれに似た物を何処かで見たことがあるような。なぜだろう……もう少しで何かを思い出せそうなのに、その記憶に近づこうとすると得体のしれない何かがそれに触れさせないようにと激しく抵抗している。


 模型……城下町……


「なんじゃ?どうした次郎?」


「次郎さん?大丈夫ですか?」


「……」


「次郎、聞いておるのか?」


「……あっ」


「次郎さん?」


「二人共…すみません。俺、ちょっと大事な用を思い出したので帰ります」


「なんじゃと?」


「すみません!」


「え、ちょっと。次郎さん?」


 振り返らずに走った。館内は走ったら駄目。そんなことはわかってる。でも、早くこの場を離れたかった。信じたくない。記憶が間違っていてほしい。嘘であってほしい。


 信長が歴史を嫌いになった理由。もしかしてこれもか……?


 嘘だ。嘘だ。嘘だ。


 俺は……そうか。だから思い出せなかったのか。いや、のか。


 ……ははは。記憶ってすごいな。いや、人間ってすごいわ。んだもんな。


 ひどいやつだ。


 ノブママの言ってたとおり、俺は十兵衛だった。信長みたいになりたかった。でも、残念ながら俺が理想とした憧れの武将にはなれなかったんだ。


 俺がなれたのは、クラスのみんなが思っていた通りのただ嫌われている裏切り者……あの明智光秀だ。






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