第21話 魔王 VS 民 その3

 時刻は13時25分。


 ふぅー。後5分で始まるのか。なんで私が緊張してるんだろう。


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 昨日の出来事はなるべく早く忘れたくて、帰った後も珍しく一人で晩酌をした。その後の記憶は殆どない。わかっているのはシャワーも浴びずにいつの間にか寝落ちしてしまった事だけ。朝目が覚めるとまだお酒が残っていたためか、頭痛がひどかった。うん、もう一眠りしよう。そう思い、ふと携帯を見ると眠気と酔いが一気に覚めた。


「え、なにこれ……」


 まさか本当に昨日のアキちゃんと信長さんのやり取りがネットニュースになっているなんて……。嘘でしょ……。私、夢でも見ているのかな。それとも酔っ払っているだけ?まだこのニュースを見ても現実として受け止めきれない。


 あ、奈々ちゃんからメッセージも来てる。


『雪さん!LINEニュース見ましたか?今日の13時30分からYoutubeを観てください!信長さんが昨日のアキちゃんの件、生配信で話すそうです』


 え、信長さんの生配信?今日の13時30分!?


 ちょっと待って。頭がパニックになってる。ひとまず昨日私が途中で怒って帰るって言ってしまったこと、奈々ちゃんに謝らないと。いや、明日会社で会った時に直接謝ったほうがいいか。それとも電話のほうがいい?それにしても…今日の13時半……生配信。だめだ、頭が全然回らない。


 冷蔵庫から500mlの水を手に取りそのまま一気に飲み干した。まずは一旦落ち着こう。


 それから私はシャワーを浴びコーヒーを沸かしながら昨日のことを思い出していた。正直思い出したくはない。でも当分忘れることもできそうにない。それぐらい私にとっては昨日の出来事は衝撃的だった。


 信長さん、あなたは一体何なの?あれ、そういえば私も同じこと聞かれたな。「雪女、お主はなんじゃ?」って。なんじゃって何よ…。改めて思い出すと笑えてくる。


 あっという間に時間は過ぎもう間もなく配信が始まろうとしている


 残り1分を切った。もう二度と会うことはないと思っていた彼に画面越しで会うことになるなんて。なぜかすごくドキドキする。私には関係ないはずなのに……。


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 ついに始まった。画面には信長さんだけが映っている。あれ、なんで目を閉じているの?



「ぶぅううううん!ぶぅうん!はろおぉぉぉ!あ、ゆ〜〜ちゅうぅぅぅぶぅぅ〜〜!どうも、信長様のちゃんねるへようこそ。それがしが信長様の最も信に値する側近。羽柴秀吉でござる」


 ……え。


 ……何今の。っていうか誰?羽柴秀吉?次郎さん……じゃないよね。こんな声じゃなかった気がする。でもわからない。それよりなんでこの声の人は画面に映っていないの?信長さんがメインなのはわかるけど、画面に映っていない人にしては目立ち過ぎな気が。


 ……ん?なんか、この人喋ってた。なんて言ったのか聞きそびれちゃったから誰か教えてほしいんだけど……。この人、今なんで泣いているの?


 信長さんはまだ一言も喋らず静止したままだ。せっかくの日曜日なのに私は今何を見せられているのだろうか。


「皆のもの。よう集まった」


 あ、やっと喋った。相変わらずな口調…。ずっとそのキャラで貫き通すつもりなのね。


「儂が、第六天魔王。織田上総介信長である」


 ……え。


 ……何その挨拶。昨日の飲み会のときよりも進化してない?

秀吉さんの挨拶に対抗したのだとしたら、それ、大失敗だと思います。


 このあともこの秀吉と名乗る謎の男の進行と信長さんの回答はとてもじゃないが見れたものではなかった。「秀吉までおるのやばすぎる」とか「彼女はいるんですか?」など、漫才でもしているつもりなのだろうか。どうでもいいコメントばかり拾って一体何がしたいのかわからない。しかも、やっとアキちゃんに関する質問を拾ったかと思いきや、謝る必要はない。以上。……なにそれ。その理由は言わないの?


 なんか緊張してた私が馬鹿みたい。そう思っていたとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ヒデ、なんで勝手に解決してんだよ。今の質問こそ信長様に答えてもらったほうがいいんじゃないか。なんでアキちゃんに謝る必要がないのか、視聴者が聞きたいのはその納得できる理由だと思うけど」


 うんうん、さすが次郎さん。やっぱり秀吉さんは別の方だったのね。このまま次郎さんが進行役をしたほうが早いんじゃないかな。


「次郎っ!!どういう料簡りょうけんじゃ。お主は黙っておれ。儂は読み手を猿に一任しておるのだ。お主は自分がやるべきことを責任持ってやれっ!!」


「は、はい」


 信長さん……怖い。やっぱりこの人が怒鳴ると私まで緊張する。画面越しからでも伝わるこの雰囲気、迫力。とても演技には見えない。


「いやはや、次郎殿の仰るとおり。大変失礼仕りました。それがしとしたことが、ついつい我を忘れて舞い上がっておりました。殿、再度機会を与えていただき感謝いたす。それでは改めて、殿に物を申したい民衆の文の中からそれがしが責任を持って選定させていただきまする」


 あの…私だけかな。なんかすごく前フリに聞こえるんですけど。これ以上ボケはいらないからね、秀吉さん。


「この者などいかがか」



『アキちゃんを馬鹿にするということはアキちゃんを応援しているファンを馬鹿にするのと同じです。まずは私達に謝ってください』



 ……来た。本命のコメント。(でも、ホントにボケないのかーい。と思ったのは私だけでしょうか)






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