第19話 魔王 VS 民 その1

 12月26日。時刻は13時23分。信長初の生配信まで残り7分を切った。病院を出た後、俺は機材の準備の前にありとあらゆるSNSのアカウントで今日の生配信の予定を拡散した。俺のチャンネルもアキちゃんほどではないがそこそこの知名度はある。それに、今回は内容が内容なだけに別の配信者やアキちゃんのファンもこの告知に反応している。おそらく、結講な人数が集まるに違いない。だが、やはり不安のほうが大きい。というのも今回俺はこの動画を撮るだけであって、主役はあくまでも信長だ。しかも生配信なので編集のしようがない。一体どんな話をし、どのように進行するのだろう。信長に聞いても「任せよ。案ずるな」の一言。


 残り5分を切った。俺はカメラの前に既にスタンバイしている。このカメラは隣りにあるモニターにつながっており、モニターには既に信長が目をつむり腕を組んだまま胡座あぐらをかいている様子が映っている。いつでもいけるという意味なのだろうか。それとも何を話すのか、どのように進行するのか考えているのだろうか。ヒデはカメラには映らない位置に座っている。今回ヒデは姿は映さずに声だけを動画に入れるつもりらしい。もちろん信長の指示だ。


 不思議だ。小学生の頃からの同級生が俺の部屋に集まっているだけなのにこの静けさ。そしてこの緊張感は一体なんなんだ。信長とヒデはただ静かにときが来るのを待っているようだ。



 残り……1分。ついに始まる。俺たちの戦いが。信長にとって、最も大事な初陣が。




 _____________________________________


 俺はスタートを押した。この瞬間から信長の伝説の幕開けだ。行こう二人共!


「ぶぅううううん!ぶぅうん!はろおぉぉぉ!あ、ゆ〜〜ちゅうぅぅぅぶぅぅ〜〜!どうも、信長様のちゃんねるへようこそ。それがしが信長様の最も信に値する側近。羽柴秀吉でござる」




 …………。


 ヒデ……。


 終わった。うん、もう解散しよう。まさかのヒデからの挨拶スタート。しかも、当の本人は画面に映ってすらいない。映っているのはまだ一言も喋らず目を瞑り、腕を組んだまま胡座をかいている三十三歳のおっさんのみ。目を開けろ!!せめてお前が話せや!!

 

 それにしても……なんて絵面えづらだ。恐ろしくてコメント欄を見れない。ちなみに既に3000人がこの配信を観ているようだ。


「さささ、今日は多くの民衆が信長様に会いたくて集まっておられますぞ。いやーそれにしても我が殿は寛容じゃ。民の声を聞き、そしてその声に殿自ら答える。今日はなんというめでたき日か。それがしは……それがしは殿の懐の大きさに……涙が…涙が止まりませぬ」


 ………こいつ、本当に泣きやがった。しかも画面外で。まだ信長は最初の姿のまま静止しており、司会進行役の男の鼻水をすする音と嗚咽おえつの生演奏が視聴者に届けられている。……おい、お前ら。俺が泣いていいか?

 新しく書かれたコメントが一瞬で過去のものへ。コメント欄が尋常じゃない速さで動いている。内容を見なくてもわかる。……大荒れしているのだ。


 そんな中ようやく信長の目が開いた


「皆のもの。よう集まった」


 信長の声は何度聞いてもよく通る。決して透き通っている声ではない。が、彼の声は耳というよりも胸のあたりにまで届き、奥底まで響く。コメント欄も、信長が話し始めた途端、少しだけ静かになったような気がした。


「儂が、第六天魔王。織田上総介信長である」


 ………。


 え……。何その挨拶。今までなかったじゃんそういうの。


「殿ぉぉぉぉぉぉ!!!殿ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ヒデは信長の挨拶に感動しているのか、発狂し、泣き叫んでいる。おい、猿。いい加減黙ってくれ。っていうか信長。その挨拶はマジできついぞ。今の今まで黙って目を瞑っててやっと開いたと思ったら…第六天魔王からのそのドヤ顔……。今どきの中学二年生でもそれはないぞ。


 コメント欄に目をやる。うん、読む必要はない。だってさ、もう速過ぎて読めないんだもん……








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