第4話 痛い奴

「猿よ。儂はこの世から元の世に戻り天下を治める必要がある。お主、何か考えがあるか」


「い、いや、そうは言われましても…。殿のいた世界に戻れたとしても、おそらくひ、秀吉によって天下が統一されると思います。なので、も、もし仮に戻れたとしてもその…」


「たわけ。それはこの世から見た過去の話であろう。儂はこうしてまだ生きておる。儂が死んでおらんのであれば、天下はまだ儂を待っておるわ」


「は、はぁ。しかし歴史はす、既に決まったことであり、過去の延長線上が今に繋がっています。な、なので非常に申し上げにくいのですが…」


「なんじゃ。猿よ。何が言いたい?」


「と、殿が戻られたとしても…」


 信長の顔がみるみると朱色に染まっていく。やばい。


「お待ち下さい信長様。俺に考えがありますで候」


「なんじゃ次郎。申せ」


「まずはこの世を治めることから始めてみてはいかがでしょう」


「この世を?」


「はい、信長様は戦国の世からこの令和という日本に多田野信長として転生されました。この世界には信長様が居た世界とはまるで違う文化や物にあふれております。そして一番違うのは、この国では戦がなくなったことです」


「ほう、続けよ」


「しかし、戦がなくなったとはいえこの世界はまだ混沌の世のままです。誰を信じればいいのか、どのようにして生きていけばいいのか。民衆は日々恐怖と不安を抱えながら過ごしています。生きるための希望、道標を示すことができるのは信長様だけなのでないかと思います」


「ふむ」


 いいぞ、いい感触だ。


「お主が申したいことはようわかった。して、次郎よ。儂に何をせよと申すのだ」


 きた。


「まずは、Youtubeから始めるのがいいかと」


「ゆうちゅーぶじゃと?」


「はい、この世はSNS時代と言っても過言ではありません。SNSを制することができれば自ずと混沌の世から天下泰平の道へとつながるのではないかと、わたくし次郎は思うのです」


「制した後はどうする?」


「それは……信長様次第かと」


「……で、あるか」


 信長は考えている。そしてヒデも同じく考え込んでいる。信長はYoutubeを前向きに検討しているに違いない。そして、おそらくヒデは戦国時代から来た信長なのになぜ「Youtube」や「SNS」と聞いてもどういう意味なのか聞いてこないのだろうかと疑問に思っているのだろう。聞いてこないのは当たり前だ。この信長は理解しているのだ。他にもある。彼はスマートフォンのことを賢きと言っているが、正確にはホンではなくフォン。電話だ。これは俺が知っている多田野信長の英語力の低さから来ている。彼は「スマホ」のことを「スマートホン」だと本気で思っていた。


 つまり、これらのことから推測するとこの信長はやはり多田野信長なのだ。事故が原因で、自分が戦国時代から現代という異世界へ転生してきた織田信長であると本気で思い込んでいる。彼のいかにも信長らしい話し方や態度は小学生時代の戦国武将ごっこの信長役で演じていたときのもの。それが三十三歳にもなって自分が本気で信長であると信じているからか、怒りと凄み、そしてオーラが自然と身にまとっているのだ。


 なぜ最後の記憶が今川義元に敗戦したことなのか。これも簡単に説明はつく。二人で最後に打ったパチンコ「信長の野望」。彼は残り1000円で来たビックチャンス、桶狭間の戦いというリーチで今川義元に敗北し、一度も当たることなく3万円負けて絶望していたのだから。


 それにしても困ったものだ。もし本当に戦国時代から織田信長本人が転生しているのであれば何かすごいことが起こりそうではある。しかし俺の推測がもし正しいとなると、この目の前の男は転生してきた織田信長などではなく、三十三歳独身のフリーターがだということになる。……これはこれである意味恐ろしい。





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