③超次元の影

「あっ……、くっ、崩れる、崩れるぞぁぉっ!」


 嗚咽のように漏らしていた実隆の声が叫ぶような大きさになる。その表情は恐怖で顔が歪み、まるで狂ったかのように見えた。

 信介は周囲を見渡すが、霧で覆われているばかりで、象人間やそれ以外の存在を見つけることはできない。地面が崩れるような兆候もなかった。


「もしや」と思い、実隆が外していたタオルで出来た眼帯をかけ直す。

 実隆は「ぜぇぜぇ」と息を荒くするが、次第に平静を取り戻したようだ。しかし、どこかゲッソリとやつれたものを感じる。


「すまん。あまり眼帯を外していると周囲が崩れる時間を見てしまうらしい」


 実隆が落ち着いたのを確認すると、再び登山道に合流すべく進み始める。

 歩きながらも、信介が疑問を口にした。


「どうやって象人間を追い払ったんだ?」


「ああ、それか」とぼそりと呟くと、実隆は喋り始める。


「泰彦がさ、象人間のことを超次元クリーチャーだって言ってただろ。つまり、あいつは三次元以上の次元も見ることができ、移動することができる生物なんだ。

 それで、俺の目玉をどこかにやったミシファイカイリーは次元生物だって言ってたけど、そのせいで俺は四次元――時間の流れを見ることができるんだよ」


 実隆の語る内容はわかるようなわからないような話だった。


「それで象人間の動きが俺にはお前より良く見えていた。

 なんていうのかな、超次元の影とでもいうべきか、象人間には避けている影のようなものがあった。三次元の世界では見えないけれど、四次元で見るとそんなものがあるんだ。そこに隠れさえすれば、象人間は俺たちを見失い、そのまま次元の先へ行ってしまったんだよ」


 やはり、信介にはピンとは来ない。

「そんなものなのか」とポカンとした声色で返した。


「多くを見れると、逆に見えなくなるものもあるのさ。

 2Dのゲーム画面に対して、3Dのゲーム画面の方がわかりづらいってこともあるだろ。地図を見た方が道がわかりやすいっていうのも似たようなもんだ」


 そう言われて、なんとなく納得するものがあった。

 三次元と四次元、二つの視覚を持つに至った実隆はその誤差を利用して、象人間から逃げ切ったのだ。


 歩いているうちに霧が晴れてきた。イタカから少し離れたのかもしれない。

 信介は実隆が消耗している様子を見て、足を止めた。


「朝から食事にしていなかったな。ちょっと休憩するか」


 そう言って湯を沸かす。実隆は自分の荷物の中から、リフィルタイプの「どん兵衛 天ぷらそば」を取り出した。

 カップラーメンからカップを除いたようなものだが、かさばらないため、持ち運びに便利だ。専用のカップに入れて湯で戻るのを待つのが正しい食べ方だが、袋麵のように茹でて食べるのでも十分美味しく食べられる。


 麺が湯立ち、適度に茹で上がる。二人分に取り分けると、それぞれ食べ始めた。

 和風だしの香りが立ち込め、汁をすすると醤油の風味が口いっぱいに広がる。天ぷらはふやけているが、汁をたっぷり含んでいて、これはこれで美味しい。麺は少し固かったが、そばの旨味がしっかり感じられ、すすることでだしの味わいを十全に味わえる。

 何より、熱い汁が体を温めてくれた。体力が戻っていくのを感じる。


 気持ちもだいぶ落ち着いた。

「さあ、出発するぞ」

 そう信介が口にした瞬間だった。地面が揺れ始める。本格的な地震だった。二人は身体をかがめ、頭部を守る。いつ終わるともわからない揺れが続いた。


「なんで、こんなに地震が多いんだ?」

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