⑧見たもの

「とはいえ、ここはもう出発したほうがいい。話は歩きながらだ」


 実隆が先へ進むことを促す。

 信介は二人の様子を窺いながら、号令を発した。


「リーダーは引き続き俺が務める。実隆はその後を付いてきてくれ。殿しんがりは泰彦だ。何か異常や変化があったら、すぐに声を出すように。責任重大だぞ」


 実隆と泰彦のポジションが入れ替わった。

 これまでは実隆が最後尾でパーティ全体のフォローを行っていたが、負傷し、片目を失ったため、それは負担が大きすぎる。かといって、先頭で道を探す役目は信介でないとできない。必然、最後尾は泰彦が務めることになった。

 これは精神的にも不安定になった実隆の面倒も見なければならないということであり、泰彦には荷の重い役割であったが、ほかにできる人もいない。


 彼らは狂乱のカモシカが現れた洞穴へと入っていく。

 ヘッドランプで足元を確認し、周囲に注意を巡らし、慎重に歩いていく。ケガ人がいるのだ。今まで以上に慎重になっていた。


「最初に言っておこうか。俺が見たのは丹沢の成り立ちと、それと崩壊だ」


 実隆が話し始めた。いつになく陰鬱で、それでいて切羽詰まっている。


「信介、お前は悪夢で巨大な神殿が海に沈み、海底火山の誕生とともに分断され、プレートテクトニクスによって運ばれていったと言ってたな。

 それを俺は見たんだ。この目で直接な。まあ、その目はどこかに行ってしまったけれど」


 実隆が自嘲気味に呟く。

 その間にも三人は洞穴の奥へ奥へと進んでいっていた。


「緑色の神殿はこの場所、地底湖に流れ着くんだ。いや、神殿が地底湖に変化した、という方が正確かもしれない。

 それで、たぶん未来のことだと思うんだけど、あの地底湖から、死海から巨大な何かが出てくるんだ。明らかに生物とは言えないほど巨大で、不気味で、無機質で、それでいて躍動感に満ちた恐ろしい怪物……。その禍々しく、大雑把で、あまりにも力強い動きで、丹沢は崩壊していく。この大空洞はもちろん、丹沢の数多くの山が崩れるんだよ」


 実隆は歩きながら、そんな話を語った。そして、最後にため息をつく。


「まあ、こんな話を聞いても、信じられないよな。だが、実感している。あれは実際に起きたことだ。いや、これから起きることか」


 信介も泰彦も時々相槌を打ちながらも静かに話を聞いていた。

 彼の言うことを信介は信じかけている。いや、実感していた。実隆の眼窩に飛び込み、彼に陰鬱な未来を見せた忌々しい蟲――ミシファイカイリーと、信介の体内に入り、たびたび悪夢を見せる寄生虫のようなものは同じものなのだと。

 そうだとすれば、実隆の見たものと信介の夢に共通点があることが頷ける。


 だが、信介には何よりも気になっている点があった。


「実隆、お前、俺の顔を見て『トモダチ』って言っていたよな? あれはどういうことだ? あの時は何を見てた?」


 その質問をした途端、実隆の様子が変わった。

 慎重に一歩一歩進んでいた足が止まり、嗚咽のような微かな声を漏らす。振り返った信介が彼の顔を照らすと、その表情は呆然としたような、何も考えていないような、虚無としかいいようのないものになっていた。


「トモダチ……トモダチ……」


 虚無と化した実隆は信介の顔に気づくと、表情を変えないまま、無造作に信介のもとへ近づいてくる。

 信介は言いしようのない恐怖を感じていた。

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