③突入まで

 三人は一旦引き返し、丹沢山方面へ進む。

 信介は地図を広げながら、進むべき道を確認していた。


「今時、紙の地図ってどうなの。俺、GPS専用機持ってきてるけど、使ってみる?」


 泰彦の言葉に信介はムッとする。


「慣れてれば、紙の地図の方が早く地形を把握できるぞ。それに、電子機器はいざという時ほど役に立たない。

 それとも、それはミスカトニック大学で開発されたGPS機器なのか?」


 GPS機器に信頼を置いていない信介だが、それでもミスカトニックの科学力、開発能力は驚異的なものだということは知っている。次々世代クラスの先端の先を行く技術もあれば、クラークの法則で語られるがごとく魔法にしか思えないほどの超技術も持っているのだ。


「いや、普通に市販で売ってたやつだよ」


 泰彦の返しに、信介は途端に興味をなくす。


「じゃあ、いいや」


「ちょっと、ひどくないか」と泰彦は少なからずショックを受けたようだった。

 それに対し、実隆がフォローを入れる。


「GPSは便利だよな。紙の地図と違って、自分の位置もわかるしさ。

 でも、紙の地図も慣れてれば、地形と照らし合わせて、自分がどこにいるかはわかるよ。それに、電子機器は電池が尽きれば使えなくなるし、故障もしやすい。滑落した時とかさ、本当に頼りにしたい時に使えないこともあるから、紙の地図を使っておいた方が無難なんだよ」


「なるほどねー、そういうもんなんだな」

 泰彦は実隆の言葉でどうにか納得したようだ。


 やがて、信介は比較的緩やかな稜線に辿り着くと、立ち止まった。

 この場所から登山道を外れ、未開拓地へと進んでいくつもりなのだ。


 本来、レジャーとしての登山においては登山道を通るのが原則である。理由はいくつかある。

 まず大きいのは自然保護である。登山者が歩くということはそれだけで草木などの自然が壊されていくからだ。登山者が登山道のみを歩くことで、その破壊が限定的なものになる。その観点でいうと、信介たちには彼らなりの切羽詰まった事情があるとはいえ、あまり褒められた行動とはいえない。

 そして、登山道を離れた場合、いともたやすく遭難の危機が迫るということだ。地図読みと地形の把握に長け、崖であろうと森林であろうと物ともせずに踏破する信介の技術があってこそ、危険を回避できているに過ぎない。

 その点でいうと、登山に不慣れな泰彦の存在は不安要素といえた。


「泰彦、まずはそのストックをしまうんだ」


 信介が泰彦に告げた。

 泰彦は登山用のストックを使用して歩いていた。ストック、あるいはトレッキングポールといわれる、歩行補助のための専用の杖のことだ。登り坂では腕力による推進力を得られ、下り坂では膝への負担を抑えることができる。いずれの場合でも疲労が少なくなるため、ストックを愛用している登山者は多い。


「いや、俺、ストックないとダメなんだよ」


 泰彦は信介の指示に抵抗しようとするが、それに対し信介は怒鳴りつける。


「ダメだじゃねえ。すぐしまえ」


 ここでまた実隆のフォローが入る。


「この後は足場が不安定になるから、両手も使ってバランスを取る必要があるんよ。ストックが手にあるとかえって危険だから、今は従ってくれ」


 実隆の言葉で泰彦も納得し、ストックを荷物の中にしまった。

 信介はこれからの山行が思いやられ、心中に不安が広がっていた。

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