第五話 僕は自身の魔法を知る

 僕は今度こそ死んだなと思った。生まれてから今に至るまでの光景が走馬灯のように目に映る。……走馬灯の上映が長い。というより、先ほどと同じ状況である。つまりは、僕が生きているということである。再度走馬灯から目をそらして、自身の身体を確認してみる。先ほどと全く変化なしだった。光の曲線も、アリスが手ごたえが無いと判断したためか、いつの間にか消失していた。

 この貴重な間隙を縫って、僕は考える。一度目の攻撃から生還したのは、彼女が無意識に攻撃を紙一重で直撃させなかったことが原因だと予想した。しかし、こうして二度の光の直撃で生還しているということは、実は僕の方に理由があるのではないだろうか。アリスは僕が一つだけ魔法が使えると言っていた。それ以外に思い当たる節がない。だが同時に確証もない。もしも、推測が間違っていたら、今度こそ塵になってしまう。


「くっ、らちが明きません。一体どうすれば良いのでしょう……。」

 しびれを切らすアリスの声が聞こえた。

「そうです。始めからこうすれば良かったのです。全方位に向かって、広範囲に球体を展開すれば誰も逃げられません。」

 確かにそうだね。いよいよもって万事休すだ。しかし、同時にアリスの宣言で僕は腹を固めることができた。一か八かの大勝負にでるしかない。僕の魔法がこちらの読み通りの性能ならば直撃を食らっても塵になることはないはずだ。加えて、球体を掘り進めていくことで、アリスにも接近できるかもしれない。この不毛な勝負にけりをつけるためには、彼女を説得するしかない。


 全方位に大規模な球体が展開された。今度はただその場に立ち続ける。激しい動悸がして仕方がないが、それでも歯を食いしばって球体が到達するのを待つ。ついに、光の巨大な球体が僕に直撃した。そして……、僕に接触した部分のみが消滅した。

「良かった……。」

 僕は安堵した。推測は確信に変わった。結論を言えば、僕が使用できる唯一の魔法とは、魔法の無効化だったのだ。一度目の球体攻撃も、二度目の曲線の多方面展開攻撃も、僕に接触した途端に消滅した。より厳密に言えば、攻撃全体が消滅したわけではない。僕に接触した箇所のみが効果の適用対象だ。そうでなければ、この第三攻撃も球体全体が消滅していなければおかしい。しかし、実際は虫に食い進められた果物の実のように、僕に接触した箇所のみが消滅し、洞窟になっている。そういうわけで、強力な魔法のわりにはレンジがとても短い。まあ、今は僕一人が助かれば良いのだからこの欠点については眼をつむろう。僕は光の球の中を走り始めた。向かう先は球の中心部である。そう、術者であるアリスのいる場所だ。


 球の中はあまりに眩しく、西も東も分からない。したがって、直線で最短距離を走っていたのかは定かではないが、走り続けること数十秒、ついに僕の手は何か温かいものに触れた。この場で生命体と思しきものは僕とアリスの二人しかいない。ならば、これは人肌、否女神肌だ。僕が触ったのはアリスで間違いない。彼女を離すまいと僕は彼女を包み込むように手を移動させた。両手を数十センチ移動させたとき、それぞれの手の指先に小さい突起が当たった。その瞬間、ビクンと身体を震えさせるアリス。ううんという吐息も漏れ聞こえた。僕は理解した。やってしまった。要するに僕はアリスの胸部に手をまわしていたのだ。最初の内は全く気付かなかった。彼女は貧乳だから、さもありなんである。そして、ついには乳房の中心部に到達し、あれにも触ってしまったのだ。しかも、左右両方共である。そもそも、異常事態だったとはいえ、女の子の身体を撫でまわした時点で場所に関係なくアウトであるが。

「キャーーー!」

 とっさに手を離した僕。光の球は先ほどの衝撃的出来事でアリスが取り乱したことによるのだろう、影も形もなくなっていた。

「あ、いや、本当に、その、ごめんね……。」

 ひとまず謝罪する。現在の位置は彼女の後ろであり、目の前には背中がある。僕は彼女と顔を合わせようと移動する。もちろん、合わせる顔がないのは百も承知である。目と目が合う。アリスの目元には涙がたまっていた。当然、僕の生還に感極まったからではない。アリスは右手を大きく振りかぶった。

 パチーン!

 それは僕のほほを打ち返したホームランの音だった。

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