第六話 僕は銀髪幼女と和解する

 天界は針のむしろとしか言いようのない空間に変貌していた。もちろん、先ほどの僕のセクハラ案件に端を発している。時間の流れが、一分が一日にも感じられる気の遠くなるようなものに感じられた。実際にどれだけ時間が経ったのかは分からないが、流石に間が持てなくなり、再度僕は彼女と顔を合わせた。こちらの予想に反して、彼女の涙は消えていた。もうずいぶん前に泣き止んでいたらしい。アリスと再び目と目が合った。瞬間、彼女の目にまた涙がたまりだした。そして、涙声でとつとつと話し始めた。


「生きていて良かったです……。もう、人を殺したくなかったですから……。本当に生きていて良かったです……。」

 僕は思考に沈む。本人の口からきくと凄惨だな。僕のような頭でっかちの要領の悪い馬鹿者が首を突っ込むたびに、手を汚していたのか。年端もいかぬ幼女に、人を殺めさせるとは、神々というのもアリスが言うほどには完全無欠ではないらしい。まあ、完全無欠なる存在が、人間同士が角突き合わせる殺伐とした世界なんぞ創造する訳もないけれども。もしかしたら異世界行きを急かしたのも、隠し事に気付かないようにする彼女なりの配慮だったのかもしれない。


 彼女は言葉を続けた。

「天界の掟なのは分かっているんです。私も若いけれど、神の端くれです。そのルールは守らなければなりません。でも、本当は嫌だったんです。誰にも死んでほしくなかったんです。偽善にすぎませんが、あなたを選んだのも、植物状態の人間ならば、一番周囲への影響が少ないし、本人も動く身体を取り戻せると思ったからなのです。」

 普段は辛辣な口調の子だが、根はとても真面目で、優しいのだろう。自身の行為を自己正当化することなんて簡単にできたはずだ。そもそも創造主として生殺与奪の権を握っていることを思えば、正当化する必要すらなかったのかもしれない。ただ単に自らが作ったものを壊すだけなのだから。


 今度はこちらからアリスに言葉をかける。

「君が僕を傷つけたくないのは分かっていたよ。最後に質問していた時、言葉と態度が一致していなかった。一度目の攻撃の時、ごめんなさいと言っていたから、その理由に目星がついた。君と戦闘する過程で、それは確信へと変わっていったよ。」

「あの言葉、聞こえていたんですね。」

 僕は肯定した。アリスは少しの間黙っていた。僕も何も言わない。やがて彼女は口を開いた。

「人のことを君と呼ぶのが癖なんですね。上から目線に感じるので、やめた方が良いですよ。」

「人のことを冷めた敬語で呼ぶのが癖なんだね。慇懃無礼に感じるので、やめた方が良いのではないかな。」

「「ぷっ。」」

 雨降って地固まるというやつかね。二人して思わず吹き出してしまった。さっきまでの殺伐とした雰囲気が嘘のようだ。あの空気はどこかへ飛んで行ってしまったようだ。

「なんか悪い空気がきれいになった気分だ。」

「胸を触った分は残っていますよ。」

 どさくさに紛れて、闇に葬りたかったが、そうは問屋が卸さないか。まあ、この罪は償うべきだろう。どう償うのかは知らないが。

「アリス。」

 突然彼女を呼ぶ声がした。声質からくるイメージは四十歳から五十歳の男性だろうか。厳かな声に聞こえた。同時に、上の方から光が射した。

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