第9話 オタクは世界を救う


 リアライザーによる『東京大炎上』の決行当日。時刻は夜の18時46分。

 ルウカと凛太、晴子の三人はある場所を訪れていた。


「いやちょっと……マジなのか、ルウカ……?」

「マジじゃなかったら、わざわざこんな場所に来ないわよ。大丈夫、私たちの推理を信じましょう」

「いや、推理が当たるか外れるかじゃなくてさ……」


 いつもなら凛太が晴子の暴走を止め、それをルウカが畑から眺める構図のはずなのだが、今日だけはなぜかルウカが暴走している。おまけに、凛太と晴子が二人がかりでも止められないくらいの勢いときた。


「分かってんのか⁉︎俺たちこのままだと……完全にテロリストだぞ⁉︎」


 三人の服装は、『怪しい』という要素をこれでもかと積み込んだ格好である。頭にバンダナ、そして口元は黒いマスクで完全に覆い隠しており、『テロリスト』という表現は適切だと言えた。

 おまけに_____背負われたリュックには、危険極まりない荷物たち。警察官による荷物検査でもされようものなら、一発で手錠をかけられるだろう。


「大丈夫。今すぐじゃなくて、奴らがここに来ることが分かってから行動すればいいのよ。テロリストに止めるためのテロ活動なら許される!」

「仮にそうだとしたら尚更まずいでしょ……!だって……凶悪なヴィランが、ここに押し寄せてくるってことよ⁉︎」

「見つからなければ大丈夫。そもそも、誰かがここに隠れてるなんて、夢にも思わないわよ」


 三人が身を潜めるのは、建物が並ぶ場所の近くにある木々の中。ほとんど人通りがない中で、三人はひたすら周囲に目を向けていた。

 

「ねぇ、もう二時間経ってるよ……疲れた……」

「なぁルウカ、今からでもファイアマンに連絡してみてくれないか?ヴィランが来るなら、ファイアマンがいないと危ないだろうし……」

「ダメ。ファイアマンに頼らないわ。私は_____自力でリアライザーを止めてみせる」


 頭がおかしくなったとしか言えない妄言だが、ルウカの目に宿る意思が本物であることを理解している二人は言い返すことができない。

 リアライザーというヴィランが何をしようとしているのかを突き止める。ここまでは凛太も晴子も全面的に強力し、共にリサーチを行ったのだ。ルウカの凄まじい頭の回転の速さ、そして推理力に脱帽した二人だったが、それはまだまだ序の口だったのだ。


『ここまで分かって引き下がるわけにはいかないわ。私たちで止めに行こう』


 言われたことを必死に理解しようと努力したものの、時すでに遅し。呆気に取られている間に、いつの間にか今に至っていた。

 

「なぁルウカ。もうこれで五回目だけど……本気なの?」

「本気よ。でも、二人を巻き込むのは本意じゃないの。凛太はバス停を、晴子は橋を見張って欲しいの。ヴィランと思わしき奴が来たら、知らせてほしい」

「おいふざけんなよルウカ。お前……一人で全部やる気じゃないだろうな?」

「……?いや、そのつもりだけど。これ以上、二人を危険に巻き込むわけにはいかない。ここから先は、責任持って私だけでやるわよ」


 本気で心配しているにも関わらず、当の本人は澄ました顔で、平気で命懸けの行動をしようとしている。ここに来てようやく、凛太と晴子はルウカの説得を諦めた。


「……あーもう、分かったよ!一緒について行ってやる!ただし、死なない範囲で、だぞ!」

「あと、ギリギリ犯罪にならない範囲で、ね。私、まだ前科者にはなりたくないわ……」

「二人とも……いいの?本当の本当に、命懸けになるよ?」

「やめろ怖がらせるな!言っとくけど……これ以上何を言っても、俺たちだけで帰ったりはしないからな!」


 説得を諦めるついでに、固い決心をする。ルウカの意思が、行動した時間を通して二人にも伝播していた。


「……ありがとう。じゃあ、まずは_____」


 その時、隠れていた茂みの上を走る道路に、車の停車音が鳴った。音からして、大型のトラックだと思われた。

 トラックは駐車場に止まるわけでもなく、中途半端な路肩に停車する。そして、トラックのコンテナが開けられ_____中から、何人もの人物が現れる。


「無事到着だ!テンションが上がるな!」

「やってやるぜ!」

「楽しみだなぁ!」


 声からして、明らかにこの場所に来るような作業員などではない。工場や倉庫が並び立つような場所で、まるで旅行をしに来たかのように話すなど、余程特殊な人間たちだろう。

 例えば_____この場所を狙った、ヴィランたちなど。


(来た……本当に来た!)


 緊張感によって、周囲の音が消えたような感覚になる。道路の上でガヤガヤと話す声は、やがて少しづつ目的地の方向へと向かっていた。


(マジか……じゃあ本当に……)

(ここを狙うつもりなんだ……コイツら)


 それはルウカが考えうる中で、『最悪』に近いシナリオ。

 想像するだけでも恐ろしいことが、現に目の前で実現に向けて動いている。


「_____やれやれ、遠足みたいにはしゃいじゃって。大人気ねぇなぁ」


 複数人がその場から遠かった後、ある一人がやや遅れてトラックから姿を現した。

 姿は見えないが、その声をルウカは知っている。渋谷での事件で何度も耳にした、狂気を孕んだ悪魔の声。


(……リアライザー……!)

「良くない、良くないなぁ。もっと理知的に振る舞わないと」


 声がする場所からは少し離れているというのに、やけに耳に残る声。声は低く、そしてそこまでよく通る声でもない。

 だというのに_____なぜかその声だけが、大きく聞こえる。気づかれていないはずだというのに、一方的にこちらに向かって話しかけてられているかのような感覚だった。

 やがてその足音が遠ざかり聞こえなくなるまで、三人は一歩も動けず、そして口を動かすこともできなかった。声から感じられた男の気迫は、ここにいることが命の危機であることを認知するのに、十分なものだった。


「……もう、大丈夫。行かなきゃ」

「お……おい待てよルウカ。お前……あんなヤバいやつを止めに行くのか⁉︎」

「私も……やめた方がいいと思う。こういうの信じてなかったけど……あの男だけはダメ。なんていうか……他のヴィランとは、オーラが違うよ。私たちにどうにかできる相手じゃないよ!」


 戦った経験も命を張った経験もない二人が戦意を喪失するには、それは十分過ぎる経験だった。固く誓ったはずの決意を、一瞬で引き剥がすほどの気迫。

 _____それでも、ルウカの意思を挫くには及ばなかった。


「分かってる。でも、ここで引き返すことだけは絶対にしないよ。愚かだと笑われることより、ここで逃げることの惨めさの方が、私にとっては辛いことだから……!」


 ルウカは周囲から人気がなくなったことを確認した後、茂みの中を慎重に歩き始めた。恐怖に負けた二人も、それに釣られて動き始める。

 リアライザーへの恐怖と、ルウカへの信頼。相反する二つの感情に苛まれながらも、二人はルウカへの信頼を選んだ。


「ああもう、ちくしょう!どうにでもなれ!」

「ルウカ、後で絶対……グッズ死ぬほど奢ってもらうからね……!」


 恨み言を吐きながらも、一緒に走ってついて来てくれる二人。ルウカは表情を引き締め、その場所_____東京都市圏の生活基盤を支える超重要拠点、東京第一LNG基地の柵を飛び越えた。





__________





 それは、三人が『東京救出計画』なるものを始動させていた時の話である。


「ヴィランの量産……悪人祭りディスターバンスはあくまで実験……狙いは国落としカタストロフィを起こすこと……?でも、闇雲に暴力に訴えかけるタイプじゃないだろうし……ヴィランを集めるのはなんで?」


 ブツブツと独り言を呟きながら、ノートの上に意味のない文字をひたすら記入していくルウカを、凛太と晴子は不気味なものを見る眼差しで見ていた。


「実験をしているには数が多過ぎる……やっぱり戦力か。でも、何のための戦力?暴れるわけでもないなら……陽動?破壊工作?あるいは……防衛戦力?防衛だとしたら、何の防衛?自分の防衛じゃないし……施設の防衛?何の施設?いや、施設じゃない?暴れさせて陽動っていうのは何度もやっているわけだし、やっぱりこれじゃ……いや待て、数が多いなら複合させることもできるんじゃ?何かの計画を進めるために、陽動し、破壊工作し、何かを防衛する……何のために?リアライザー……悟らせる者、理解させる者……何を分からせる?そういえばアイツなんか言ってたような……。たくさんの人を巻き込んで……何かを分からせる。そのために、ヴィランを集めている……。国落としカタストロフィじゃないなら……んー、国落としカタストロフィ以外の手段で同じくらいの被害を出す方法ってあるのかな?」


 言葉が一つ紡がれる度に背筋が凍る思いをする凛太と晴子。あまりにも不穏過ぎる言葉を、ルウカは特別な意味もないかのように紡ぎ続ける。


「うーん……核攻撃?これだとただ暴れるだけと何も変わらない……インフラの破壊?発電所、水道設備、あとは……ガス設備への攻撃?これで何を伝えようと……資源の大切さ?それとも……自分がいかに恵まれているかを知れってこと?うーん、ピンと来ないなぁ……」

「ねぇルウカ、さっきから何を?」


 三人が現在行っているのは、過去にリアライザーが起こしたと思われる事件を調べた上で、最終的な目的が何なのかを調べる作業である。凛太はリアライザーが起こしたと思われる事件が発生した場所のまとめを行い、晴子は事件発生の日時を図にしてまとめている。そんな中ルウカは、調べたことから推察できるリアライザーの目的を考察していた。


「ん?いや別に……これまでの調べたことから、リアライザーの性格とか価値観がなんとなく分かって来た気がするから、『もし私がリアライザーだったらどうするかな』って考えてたの」

「もしリアライザーだったら……核攻撃とかインフラ設備を破壊するの……?」

「うん。それくらい平気でやると思うよ。リアライザーは……社会を変革させるためなら、一定の人が死んだり苦しんだりすることは、仕方ないって考えるタイプなんだと思う。そう、大事なのは……あくまでも、何かを変えるための仕方のない犠牲ってこと。傷つけることは、あくまでただの手段でしかないこと……」


 そこまで考え、ルウカの頭を渋谷の事件の時にリアライザーが話していたことが思い出される。


『肌を焼かれて、痛いと叫ぶことすらできなくて_____どれだけ包帯を巻いても癒えることのない痛み!そうだよ、これが必要なんだ!』


 必要なのは_____痛み。炎に焼かれる、逃れられない痛み。

 思い出せば、リアライザーはあの時、かなり重要なことを、この他にもたくさん喋っていた。

 例えば、ヴィランによる行動を徹底的に否定したり。


『頭を働かせず視野狭窄になるから_____世の中で起きていることに無頓着になっちまう。あのヴィランたちのように、自分の都合だけで大暴れするクソ野郎が現れてしまう。本当に、良くないよな』


 ヴィランたちを焚き付け、そして何度も恣意的に操作して被害を出しておきながらも、それをどこまでも嫌悪する。


「やっぱり……こいつは、徹底してるんだ。社会を変革させる何らかの目的のために、その手段においては徹底して合理的な選択肢のみを選んでいる。合理的で効率的なやり方だけど、あまりにも人間性に欠けている……」


 凛太と晴子はまたもやブツブツと独り言を呟き出したルウカに気圧され、各々の作業に戻っていった。二人が考えていたのは、『ルウカってこんなにぶっ飛んだやつだったのか……』というものだった。


「なんとしてでも、人々に何かを気づかせたい……いや、どっちかというと思い知らせてやりたい、って感じか。何をそこまでして……あぁ、『痛み』だ。炎で焼かれるような痛みを、大勢の人間に味わわせようとしてるんだ。でもそんなこと、どうやって……」


 ルウカは黙り込んだままベッドの上で唸り声を上げ続ける。そうしている内にも、凛太と晴子の作業が完了した。


「できたぞー、事件発生地点のまとめ地図だ」

「こっちも事件発生日時のまとめ終わったよー」

「分かった。それじゃあまとめたグラフにしよう」


 二人がまとめたデータをパソコンに打ち込み、一つの表が出来上がっていく。リアライザーが起こした事件の発生地点を時系列順に並べた結果が_____パソコンの表に浮かび上がってきた。


「おお……」

「これは……」

「コイツ……意外と遊び心があるんだね」


 浮かび上がるのは、東京の地図に浮かんだ、事件発生地点を時系列順に結んだ線。

 その線はくっきりと_____『大』という漢字を浮かび上がらせていた。こだわりがあるのか、書き順までしっかりと守っている。


「『大』って……何なのコイツ」

「これあれじゃん、『大文字焼き』だろ。『大』の字と同じ形に火を付けて、彼岸の時期に祖先への送り火として行うっていう儀式だよ」

「……やっぱり、そうだ。リアライザーの目的は……炎を放つことだ」


 ルウカは食いつくように画面を眺めながら、リアライザーの有する炎の力について考えを巡らす。渋谷で見せたリアライザーの火力は、ファイアマンのそれに匹敵するほどのものであった。本気で放とうものなら_____『大』の字に囲まれた東京全域を焼き尽くすことも、あるいは可能なのではないか。


「いや……だとしたらヴィランを集めた理由に説明がつかない。単に自分の炎を使うだけなら、周到な準備なんて必要ないはずなんだ。やっぱり、何かを企んでるとしか_____」


 ここでさらに、ルウカの頭に新たな推論が浮かび上がる。思い出されたのは、渋谷での事件時_____リアライザーが他のヴィランに、炎を付着させていたこと。


「ヴィランたちに炎を付着させて……遠隔で操作できたりするのかな?でも、事件からはそこまでの万能さは感じ取れない……でも最後は爆発してしまったわけだから……下手したら、人間爆弾を作れたりするんじゃ……」


 再び、聞くだけでもゾッとするような呟きが始まり、凛太と晴子は青ざめた顔で部屋の隅へと避難した。


「爆弾……焼かれる痛み……たくさんの人に理解させる……それを、一度に一斉に行う方法……あるのか、そんな方法……?考えろ、考えろ私!」


 部屋の中をグルグルと歩き回り、時にはベッドの上で転がったり、時には床の上を何度も転がったり、突然坐禅を始めたり、逆立ちを始めたり_____

 何度も何度も姿勢を変えて、深呼吸をして考えても、答えは浮かばない。


「なんかお腹空いて来ちゃったなぁ……ルウカ、カップ麺とかない?」

「キッチンの棚の下の方にあるよ」

「どうもー」


 晴子がやかんの中に水を入れ、それをガスコンロに置いて湯を沸かしている。

 凛太や晴子は完全に疲れ切った様子であり、先ほどまでの元気はない。ルウカは申し訳ない気持ちになりつつも、何気ない行動から何か一つでもヒントとなるものを見つけられないか考え続けていた。

 着目したのは_____晴子が見張り続けている、ガスコンロの炎。


「ガス……炎…………都市ガス?」


 何気ない呟きは_____やがて確信に。ルウカの脳内CPUが猛烈なファンを回しながら回転を始めた。


「ガスの配管は……巨大な都市圏の至るところに張り巡らされている。ガスが通らない建築物なんてほとんどない……そして、ガスを使えば誰でも簡単に炎を使うことができる……炎……焼かれる痛み……ファイアマンと同じくらい強い、炎の力……」


 論理的な考察であれば絶対に結びつかないはずのワードが絡み合い、様々な想像が生まれた。


「東京中に張り巡らされたガス管……ガス爆発による火事……もしリアライザーが炎を操ることを可能とするなら、ガス管を通して東京中に自分の炎を……そんなことが本当に……いや、多分できる。ファイアマンと同じくらい強いなら、出来なさそうなことも……」


 そして最後に、渋谷でリアライザーが行っていたことを思い出す。


『そのために_____ファイアマンの炎が必要なんだ』

『言ったら_____止めにかかるでしょ、君たち』


 ファイアマンの炎を使った、あからさまな悪事。その中で最も大規模、かつ最悪の被害を出すものがあるとしたら、それは_____ルウカの想像通りのものとなる。


「……東京中のガス管に自分の炎を通して……一斉に着火させる。そうすれば東京中が火の海に……そうして、人々が焼かれる痛みを思い知る……。一斉に着火するとしたら、どうやって……炎を配管中に通すためには……全ての配管に繋がっている場所を……あ、ああ!場所、場所……場所を防衛、破壊工作するためのヴィランたち……それだけじゃない……炎を使って……ガス管……ガスが一箇所に集まる場所……それってどこ!」


 急いでパソコンを走らせる。途轍もないタイピング速度で明らかにした場所は_____大都市の生活を支える、超重要拠点である。


「LNG基地……東京のガス管が一箇所に集まる場所……もしここを通して東京のガス管全てに……あの炎が着火したら……」


 一千万人が暮らす大都市のありとあらゆる場所に_____万物を焼き尽くす死の炎を放つ。

 これは決して、馬鹿げた空想ではない。リアライザーは既に、これほどの計画を実行するだけの実力を有している。そして既に、渋谷での事件を経て計画は最終段階へと入っていることだろう。


「やばい……やばいよ……このままじゃ……!」


 血の気が引き、顔が青褪める。体がふらりと揺れ、立つことすらおぼつかない。

 それでも_____支えてくれる者がいる。


「大丈夫?」

「ちょっと休んだ方がいいって。もう十七時間ぶっ通しだろ、お前……」

「晴子……凛太……」


 ああそうだ。変わると誓ったのだ。

 もう二度と_____助けられるだけの人間にはならないと。


「大丈夫。二人のおかげで……リアライザーの目論見が分かったよ」


 その考えが間違っている可能性も、十分にある。というより、間違っていて欲しい。だが不思議と、確信めいたものがあった。

 もし自分がリアライザーなら_____そんな危険な考え方から導き出された答えは、果たして何を生むのだろう。

 疑問を確かめるべく、三人は大急ぎで行動を始めた。


「計画を止めに行こう。場所は_____東京第一LNG基地だよ」


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