第8話 炎は何処に


 ルウカたちが三人で『東京救出計画』なるものを進めているのと、同時刻。

 渋谷警察署では、要人が集まった会議が開かれていた。


「協力、感謝する。君たちの立場を危ういものにしてしまったことを、申し訳なく思うよ」

「やめてくれ、別に何とも思ってない。それよりも、今後の話をしよう」


 部屋の中には、スーツを着込んだ警察職員らが並ぶ。その中で、明らかに浮ついた雰囲気を纏う人物が二人。顔に傷跡を残した少年と、銀髪と碧眼を持つ日本人離れした美貌を持つ少女の二人。

 炎堂至ルとリセリアの二人である。


「君たちが戦ったというヴィラン_____リアライザーの素性についての調査は進めているが、大した収穫はないよ。証拠になりそうなものは、全て燃えてしまっているようだ」


 二人に現状の説明をしているのは、警察庁刑事局ヴィラン対策課課長の押村おしむらという人物である。年齢は既に五十代後半のはずだが、未だに白髪の一本も生えておらず、撫で付けられた真っ黒な髪と整えられた髭が若々しさを際立たせている。

 至ルとリセリアとはかねてから親交のある人物であり、二人とは砕けた口調で話を進めている。


「それより、リアライザーが使っていたという_____ファイアマンの炎に酷似した能力の方が、私としては気になっているよ」

「酷似なんてものじゃない。あの炎は間違いなく_____ファイアマンの炎だった」

「ならば、尚更気になるね。全く同じ炎の力が、自然発生的に偶然生まれるなんてことはあり得るのか?」

「あり得ない。ファイアマンの炎は特別な力だ。単なる炎使いのヴィランとはワケが違う」


 この会議室に集まっているのは、全員がヴィラン対策課の刑事のみ。渋谷警察署の署長である宇佐美でさえも、この会議室への立ち入りは禁じられているのだ。

 故に、一般人では知り得ない、ファイアマンやヴィランに関する話は遠慮なくできる。


「では、他の可能性は?例えば_____、とか。他人に燃え移ることで、似たような能力が発現する可能性はあるんじゃないか?」

「……今のところ、一番可能性が高いのはそれだ。でも……いつも使ってる方の炎はただ強いだけで、人に移っても、水をかければ消えちまう」

「でも……ファイアマンの炎は一つだけじゃない」


 至ルがその手に白い炎を生成した瞬間、会議室の温度が一気に三度上昇した。急激な温度の上昇に、その場にいた刑事の全員が汗を滲ませる。

 

「この炎は、例え水をかけられようとも、宇宙空間に行っても燃え続ける。炎が消える唯一の条件は_____燃え移ったものが燃え尽きることのみ。燃やせないものはない」

「もしその炎が人間に付着したら……どうなるんだ?」

「……骨すら残さず、燃やし尽くす。例外はないし……過去に助かった人間もいないはずだ」


 至ルの脳裏を、過去に白い炎を使った倒した_____否、殺したヴィランたちの姿がよぎる。初めてヴィランに対して使った時は、何をしても消えることのない炎を、心の底から憎んだものだ。

 今となっては、これもまた必要な力なのだと理解している。だからこそ____炎に対する恐怖心が消えることを、至ルは何よりも恐れている。

 この炎を恐れなくなった時、きっと至ルはファイアマンではいられなくなるだろう。不思議と、そんな確信があった。


「そこが気になるな。本当に例外はないのか?白い炎に人間が耐える可能性は?」

「屈強な体を持ったヴィランでも、耐火性を持った体のヴィランでも耐えられなかったんだ。それに耐えるなんてことは……」

「その例外がいる可能性を捨てきれないから、今日こうして集まっているのでしょう?」


 リセリアの一言に押村が頷き、部下に資料を持って来させた。分厚い紙の束が机の上に広げられる。

 今日の会談の意味は、ファイアマンが有する情報と、東京でのヴィラン事件を管轄するヴィラン対策課が有する情報の共有によ、リアライザーの正体を突き止める手がかりを見つけるというものである。双方、この日のために様々なリサーチを進めてきたのだ。


「これがヴィラン対策課のデータベースにあった、過去にファイアマンが解決した事件の関係者リストになる。その中でも、特に見るべきは_____『白い炎』を使用した激しい戦闘があった事件の関係者だな。ヴィランに協力していた一般人や、巻き込まれただけの一般人、事件の被害者なんかも並べてる」


 ずらりと並べられた人物表には、実に数百人もの人物の写真が並べられている。もし押村の推察が正しければ、この中に該当する人物がいる可能性もある。


「被害者まで出しているのはなんでなんだ?」

「中には、激しい戦闘に巻き込まれた者もいる。巻き込まれた側の人間が炎に触れてしまう可能性も否定できないだろう?それに_____平和に暮らしている中で突然巻き込まれた人間のストレスは計り知れない。ヴィラン対策のためにも、過剰なストレスを受けていると判断された人間は全てデータとして残すことにしているんだ」

「……被害者、か」


 ヴィランが生まれるメカニズムについては、未だにほとんど明らかになっていない。過剰なストレスや精神異常によって生まれるとは言われているものの、そもそもヴィラン自体が元は人間であり、研究対象とすることが法律上できないのである。

 鎮圧され拘束されたヴィランに対してメンタルケアを行ったところ、ヴィランとしての肉体的特徴が消失したと言われているため、ヴィランから普通の人間に戻る方法は存在するらしい。だが、中には渋谷で戦ったばかりのハイドロのように、取り返しのつかない状態になってしまうヴィランもいる。

 何が原因でヴィランになってしまうのか、そしてどこからどこまでが人間なのかも分からない以上、ヴィラン対策課のような公的機関は、一切の例外を出さないように厳重な情報管理を行う必要があるのだろう。被害者に至るまでの詳細なデータを集めているのには、そういった事情がある。


「とはいえ、ここから選び出すには、あまりにも手がかりが少ない。そこで、だ」

「ええ。これの出番ね」


 リセリアが鞄から取り出したのは、一つのUSB。

 それが会議室のパソコンに差し込まれると_____その画面に、先日の渋谷での事件の映像が映される。


「映像保存コンタクトによる映像収録……どうやって作ったんだ?刑事にはうってつけの道具なのだが」

「洗えば何回でも使えるけど、作り方は分からないから私専用よ」


 その映像は渋谷での事件時、リセリアが目につけていたコンタクトによって撮影された映像である。事件の様子がリセリア視点で事細かく把握できる上に_____今必要な、最も重要な情報を入手することができる。

 映像は、リセリアが交差点のところへと向かい、ファイアマンと戦うヴィラン、リアライザーをその目に写したところから始まっている。尚、刑事たちに見せる関係で、銃を映している部分は事前に編集してカットしている。

 

『俺は単に_____人々が互いを思いやって生きていけるようにしたいだけさ』


 その声を拾った瞬間、リセリアの目がしっかりとリアライザーの顔を捉えた。

 パーカーを着た、幼さの残る男の顔。年齢は精々二十台前半といったところではないだろうか。髪は平均的な黒さであり、顔もありがちな日本人の顔である。容姿には、これといった特徴がない。

 だが_____映像で流される狂気的なその姿は、『平凡』という言葉からはかけ離れている。

 ファイアマンの炎による攻撃を嬉々として受け入れ、酔ったように自分の考えを語る姿は、まるで_____


「……幼稚なガキだな。力と思想に酔いしれているのが見え見えだ。ペラペラと自分の考えを喋らず、黙って戦っていればもっと面倒な敵になっていただろうな」


 押村は、つまらなさそうに鼻を鳴らした。これまで数々のヴィラン事件を取り扱ってきた押村にとって、こういったパターンのヴィランはありふれているのだ。自分の持つものに酔い、調子に乗った愚か者たち。理性を失い、話が通じなくなったヴィランの方が、遥かに手強かった。


「_____思い出した。アイツ、こう言っていたんだ。……『ファイアマンの炎も、回収できた』って」

「……回収、か。もしコイツがヴィラン事件の中でファイアマンの炎を燃え移された人間だとして……わざわざ回収する必要なんてあるのか?既にファイアマンの炎を持っているんだろ?」

「前からもらっていた炎と、この前回収した炎は違う、ってことなのか?」


 これについては、至ルも思い出せることがない。そもそも、ファイアマンの炎については常に細心の注意を払っているため、事故のようにして他に燃え移る、なんてことは基本的に起き得ないのだ。過去の自分の徹底ぶりを信じるのであれば、事故に酔って誰かに燃え移してしまったなんてことはあり得ない。

 押村の長年の経験に基づく推理も、不思議なファイアマンの炎に関しては思いつけることがない。推理は再び、平行線を辿るようになってしまった。


「深まるばかりの謎を追っても無駄。まずは分かるところから」


 リセリアはパソコンにアップされた状態のリアライザーの顔と、人物表の顔を見比べている。数百人分の顔であるにも関わらず、リセリアはたったの十数秒でその全てに目を通した。


「…………あった」


 その言葉に、部屋にいた全ての人物がパソコンと机の上に視線を向ける。


「いたよ、リアライザー。本名は……影宮かげみやまどウ。年齢は21歳。四年前に起きた、新宿での悪人祭りディスターバンスでの被害者の一人」

「四年前……」

「相当前だな。っていうか……お前さんがまだ、ファイアマンとして活動したての時だったんじゃないのかい?」


 四年前に起きた新宿での悪人祭りは、今でも覚えている。五人ものヴィランが同時多発的に出現し、大暴れを繰り広げた大事件。当時まだ未熟だった至ルはヴィランの鎮圧に苦戦し、多数の犠牲を出してしまった。怪我人は1000人を上回り、数名の犠牲者をも出してしまったのだ。犠牲者を前にして泣いていた親族に対して至ルができることは、何もなかった。


「……よく覚えてるよ。最悪の気分だったのを、覚えてる」

「その事件の時に、火傷を負って病院送りになってる。もしかしたら、この火傷が……」

「……ってことだろうな。この時、白い炎を使ってたのか?」

「ああ、使った。強いヴィランが一体いて、その時に。そいつは全身を金属で覆っていたけど……炎に焼かれて跡形もなくなったはずだ」


 その炎に焼かれて生き残ることなどあり得ない。至ルは何度も、自分と、周りの人間に言い聞かせた。

 それでも_____現実は、それを超えて押し寄せてくる。


「仮にコイツが当時の火傷からファイアマンの炎を得ていたとして……その能力を使いこなすことは可能なのか?」

「……ファイアマンの炎を受け止めるには、焼かれる痛みを克服するほどの強い意思が必要になる。でも、普通に暮らしてる一般人が耐えられるようなものじゃない。俺は特別な訓練を受けていたから、何とかなったけど」

「強い意思、ね。影宮ってやつがそれを持っているかどうかは、分からないな。今はとにかく、影宮という人間の現在と、過去の経歴について調べてみよう」


 押村が目配せをし、数人の刑事が部屋を出ていく。優秀な彼らであれば、すぐに影宮の過去を洗いざらい調べ上げるはずだ。


「これで正体が分かるのは時間の問題となりそうだが……肝心なのは、今後の動向だな。目的が分からん内は何もできんが」

「一つだけ確かなことは、アイツはファイアマンを狙っているということだね。もしかすると……東京の壊滅でも狙ってるんじゃないのかな?」

「……なぜそんなことが分かるんだ?」


 リセリアの不穏過ぎる発言に、押村は慌てた疑問を投げかける。当のリセリアは、逆に押村の疑問が理解できないといった表情だが。


「分からない?原理は不明だけど、炎を使って強いヴィランを従えることができる上に、本人の戦闘力もファイアマンと互角。仮に渋谷での事件よりも大規模な悪人祭りディスターバンスを実行する能力があるなら_____私なら確実に、まずファイアマンを倒して、その後、ファイアマンがいなくなった東京を狙うけど」


 リセリアの指摘に、その場にいた刑事全員が押し黙る。

 警察庁がこうしてファイアマンとの協力を図っているのは、ファイアマンの力がなければ、ヴィランの暴走を有効的に止めることができないためである。

 もしファイアマンが倒され、その上で大規模な悪人祭りディスターバンスを実行されれば_____東京は確実に危機に陥るだろう。


「渋谷での事件で分かった最大の問題は、ファイアマンによって守られてきた東京の安全保障を覆しかねないほどの力をリアライザーが持っているということ。リアライザーの行動計画次第では_____ヴィランとの戦争になるかもね」

「……二度目の国落としカタストロフィが起きるとでも?」

「あの強力なヴィランたちを利用するほどのヤツだよ?実行能力は十分にある」


 国落としカタストロフィ。それは悪人祭りディスターバンスのさらに上をいく、ヴィラン災害。破壊を振りまくヴィランが組織化し、社会を崩壊させるという明確な目的の元に同時多発的に出現し、一つの都市、場合によっては国家そのものを標的としたテロ活動を行う。

 東京でも過去に一度発生し、新宿での悪人祭りが霞んで見えるほどに甚大な被害を出した。霞ヶ関、永田町の国家機関が狙われ、これを機に国家機関の大半が地下に拠点を移すこととなった。主要な交通機関も狙われ、東京駅周辺や六本木周辺は特に甚大な被害を受け、都市の構造そのものを抜本的に見直すことになったのだ。

 この事件を機に警察庁はヴィラン対策に本格的な力を入れることになったのだが、押村はそれが起きる前からヴィラン対策の見直しを求めていた。押村としては自分の提案が通らなかったがために多数の犠牲者を出した苦々しい記憶であり、それと同時に人々の意識が改まった変革でもある。


「渋谷での事件を見る限り、リアライザーはかなり用意周到に計画を進めてきた可能性がある。早めのうちに対策をしないと_____手遅れになる」

「……分かった。ヴィラン対策課の全権を使って、リアライザーの捜索を行わせよう。今のうちに、自衛隊にも応援要請を出しておく」


 押村の指示に従い、刑事たちが慌ただしく動き始める。リアライザーの脅威がどれほどのものなのかは、部屋にいた全員に隈なく伝わっている。


「私たちはリアライザーへの対策方法を練ってくるよ」

「頼む。君たちが、東京の最後の砦だ」





__________





 東京郊外にある、とある工場跡地にて。


「パフォーマンスは十分やったし……そろそろ本格的に警察が動き始めるかな」


 錆びた機械の上に座るのは、パーカーのフードを深く被った、暗闇の中でパソコンを眺める青年。パソコンには、SNSに投稿される大量の情報が映されている。

 渋谷で発生した悪人祭りディスターバンスのニュースに対する人々の反応は様々である。


『ヴィランやばい』『ファイアマン来てないの?』『渋谷終わったじゃん』『警察何してんの……』『被害大きすぎん?』『ファイアマンつえぇ!』『避難して良かったわ』『ヴィラン死んだらしいよ』『処刑された?www』『復旧キツそう』『建設会社が儲かるな!』『死人でたの?』『ファイアマンが殺したってマ?』『ワイ死にかけたで』『東京ってこえ〜』『ヴィラン多過ぎ』『対策できんの?』


 雑多に書かれた数々の投稿の中で特に注目されている意見は、とある著名な評論家による投稿である。


『ヴィランであっても、最後は法の裁きを受けさせなければならない。殺してしまっては、それは違法な私刑だ。ファイアマンの行った殺人については、厳正に処分を下すべきである』


 その投稿を見て、青年_____リアライザーは歯軋りをする。


「……ゴミクズめ。戦う痛みを知らないくせに、机上の知識だけで偉そうに語りやがる。あぁ、本当に良くない。良くないなぁ……」


 自らきっかけを作っておきながら、ファイアマンに対する非難の声に怒りを見せる。側から見れば、リアライザーの精神は明らかに矛盾する動きを見せていた。


「まぁいい。コイツももう少ししたら_____思い知ることになる」


 リアライザーは、工場跡地に次々と姿を現す者たち見下ろした。その数は、十人を悠に超えている。

 リアライザーの数年間に及ぶ準備の中で仲間として引き入れた、ヴィランの卵たち。全身がこの社会に対する強い怒り、憎しみを抱えており、リアライザーの信念に共感している。


「みんな、予定通り集まってくれてありがとう。計画は順調に進んでいるし、あとは最後のアクションを起こすだけとなった。最後のアクション_____『東京大炎上』は、明日の日没と同時に開始する」


 リアライザーの発表に、ヴィランの卵たちは拍手を浴びせる。待ちに待った計画実行を目前に、彼らの胸の内は興奮に滾っていた。


「全員分の役割と配置は、メール指示の通りに。各員、今のうちに英気を養っておくといい」

「……ちょっと待て、リアライザー。聞きたいことがある」


 リアライザーの発表を遮り、発言する者が一人。作業服を着たその男、木村は仲間と思わしき三人と共に、不満そうな表情をしている。


「どうしたんだい、木村」

「渋谷での事件、見たぜ。アンベアーとソームが死んだらしいじゃねぇか」


 アンベアーとソームも、以前からこの集まりに顔を出しているヴィランだった。事件によって死んでしまったものの、木村にとっては同じ志を抱く仲間だと思っていたのだ。


「あぁ、あの二人については確かに残念だ。惜しい仲間を失ったね」

「とぼけてんのか……?あの二人を殺したのはお前だろ⁉︎」

(うわっ、めんどくさ)


 木村の指摘に、リアライザーは顔を顰める。この場にいる全員に炎の『種火』を渡しているのだが、そこに不信感を持たれるのはまずい。


「お前、本当は『種火』を渡した人間を操作できるんじゃないのか?俺たちを、計画の駒として利用するつもりじゃないだろうな⁉︎」

「いや、操作はまだできないかな。それに、あの二人は能力を暴走させて勝手に死んだだけだよ?まぁ知能が低下していたし、生き残っても使い道なかっただろうけど」

「使い道だと……?」

「ていうかそもそもさぁ……計画のための駒だってことを理解せずに、僕の仲間になったわけじゃないよね、木村?」

 

 木村だけでなく、他の者たちも一様にリアライザーに対して疑いの眼差しを向けるようになった。リアライザーはそれを把握し_____この場を収める方法が一つしかないと、冷静に判断した。


「なんだと……?」

「目的達成のためであれば手段は選ばない……最初からその方針なんだから、君達も、そして僕も含め、『仲間』という存在は目的達成のための駒でしかない。当たり前のことじゃないか。それとも、自分は『駒』じゃないと思っていたのかい?」

「ふざけんな!テメェ、俺たちのことをなんだと思ってやがる!」


 リアライザーは機械の上から地面に降り立ち、木村たちと同じ目線に立つ。一部の者は、彼が地上に降り立った瞬間に、その場の雰囲気が一変したことを感じ取っていた。


「もちろん、目的達成のための大事な仲間さ!アンベアーとソームも、欠けてはならない仲間だったし_____そして、目的達成のために、彼らはその役目を全うした」


 一歩ずつ近づくリアライザーに何かを感じたのか、木村は無意識に後ろへと下がっていた。じりじりと距離が詰まり_____その度に、圧迫感が増していく。


「はぁ……良くないよ、木村。君たちも俺も、そしてウジャウジャと街を歩く一般人共も、みんな同じく社会を構成するただの部品だ。一人や二人いなくなったからといって何か変わるわけではない、ガラクタのようにちっぽけな存在だ。それを弁えないと、ダメだろう?」

「何が言いてぇ……?」

「それを弁えず、まるで自分が特別で頭抜けた人間だと勘違いしたヤツらが……みっともなく騒ぐ。自分は他の人間より恵まれて当たり前だと、我が物顔で権利を主張する。あぁ、気持ち悪い、気持ち悪いなぁ……!自分がちっぽけだと弁えない人間を見ると……本当に吐き気がするよ……!」


 その腕に、炎が灯った。まるで地獄の業火に油を注いたかのような、重く激しく猛る炎。工場跡地内の温度が急激に上昇し、集っていた者たちの背筋を汗が伝う。それを間近に眺める木村たちは、全身から噴き出した汗によって、既に顔がぐっしょりと濡れている。


「おい、何をする気だ……リアライザー……!」

「前夜祭さ」


 リアライザーが手を木村に向けた途端_____木村の手から、大きな炎が上がった。


「あ、ああああ⁉︎」


 炎はたちまち木村の腕を伝い、全身へと伝播していった。服を焼き焦がし、汗すら蒸発するほどの熱が、全身を隈なく巡る。木村の悲鳴が絶えることなく響き渡り、のたうち回り肉を打ち付ける音が、集った者たちの恐怖心を煽る。

 このまま木村が焼き殺されると誰もが思ったが_____炎は十数秒したのち、綺麗さっぱり消えてなくなった。木村は炎が消えてもなお絶叫をあげていたが、程なくして自分が助かったことを認識し、服が焼け焦げ裸になりながら、地面の冷たさに肌を這わせた。木村の肌に火傷の跡などはなく、いつも通りの肌色のままだった。


「どうだい、木村。熱かったろ?」

「ふぅ、はぁ、はぁ……」

「君は、自分は『駒』なんかじゃないと言っていたけど……本当にそうかな」

「……ち、違う。俺が間違っていた。お、お、俺は……『駒』でいい」

「良かった。ちゃんと分かったようだね」


 ニコリと笑顔を浮かべたリアライザーに、その場にいた全員が顔を引き攣らせた。

 炎を制御し、肌を焼くことなく、焼かれる痛みのみを再現する、炎の拷問。見せしめとしては、十分過ぎるほどの効果があった。


「そうそう、僕は今の木村が味わったような痛みを_____。皆殺しなんて非生産的なことはしないさ。痛みを知った人間が増えれば_____君たちが感じてきた痛みを理解する者も、きっと増える。そのために、僕たちは戦うんだ」


 圧倒的なまでの恐怖。そんな存在が、自分の味方をしてくれることの安心感。

 リアライザー恐怖と安心感の両方を巧みに使い、彼らの心を完璧なまでに掌握していた。アメとムチによる完璧な人心掌握に、ヴィランの卵たちは決して逆らえない。


「他人の痛みを理解できない愚かな人間をなくす。この目的が達成される日は近いよ。さぁ_____一緒に頑張ろう!」

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