第5話 渋谷スクランブルバトル②


(……半分だけ、使うか)


 ファイアマンは、体内に潜ませていた炎を放出した。顔の半分が炎で覆われていき_____やがて炎は、白色を伴った眩い色へと変化していく。


「ああん?」

「色が……」

「なーにぃー?」


 先ほどまでとは明らかに異なった雰囲気を放ち始めたファイアマンに、三人は動かずに警戒態勢を続ける。

 ファイアマンの基本的な戦い方は


①足から炎を噴射することによって可能となる、高速飛行

②高い身体能力とタフネスを活かした肉弾戦

③炎の放射による殲滅


の三つである。

 純粋に強く、硬く、速い。シンプル故に、例外を許さない強さを誇っていた。

 だがそれも、並程度のヴィランを圧倒できる程度のものでしかない。同等以上のスペックを備えたヴィランが三人がかりであれば、高いスペックを活かした正面対決では勝てなくなってしまう。

 実力差で勝てないのであれば、どうするか。


 答えは_____実力の差など簡単に無にす、奥の手ジョーカーを使用すること。


 白色を伴った炎はファイアマンの右半身を完全に覆い、その姿を炎の化身へと変貌させた。高温の炎を発しているが、炎に直に触れている道路のアスファルトが溶け出すことはない。


「……へぇ、さっきまでと何が違うんだ?」


 アンベアーが鉤爪を振るい、爪から放たれた斬撃がファイアマンへと向かっていく。先ほどまでのファイアマンなら、高い機動力を活かして躱していた。

 だが、今のファイアマンはそうしなかった。一歩も動かず、斬撃をその身に受ける。斬撃がその体を切り裂き血の雨を降らせる_____より先に、斬撃が白い炎によって掻き消された。


「すごいな。その炎、普通の炎と何が違うんだ?」


 アンベアーは興味の赴くままに、その巨体でファイアマンへと突進していった。

 アンベアーがその身に宿したヒグマの身体能力は、走行時には時速50km~60kmの速度を出す。その速度で体重300kgを悠に超える巨体がぶつかれば、金属でできた車であっても大破を免れない。

 そこにさらに、ヴィランと化したことによる身体能力の向上が加われば、その突進の威力はトラックの走行を真正面から押し返すほどに強力なものとなる。

 当たれば確実に骨が砕け、人の原型を留めぬ肉塊へと変わり果てるであろう一撃。それをファイアマンは_____白く燃える右手一本で受け止めた。

 もちろんのことながら、それだけで止めることができるわけではない。ファイアマンはアンベアーの突進によって押し出され、そのまま数十メートル離れた渋谷109の壁面へと叩き付けられた。


「……おいおい、マジか?張り合いなさすぎるぜ、ファイアマン……」


 先ほどまで熾烈な戦いを繰り広げていたファイアマンであれば、ただで吹っ飛ばされるようなヘマはしない。だというのに、今の突進には手応えがまるでなかったのだ。それはまるで_____あえて防御をしなかったかのようだった。


「……あ?ちっ、毛に火が付いちまった」


 アンベアーは、突進の際にファイアマンを突き飛ばした腕の毛に_____小さな炎が灯っていることに気付いた。恐らくは、ファイアマンと触れた際に、その体に纏われた炎が僅かに燃え移ったのだろう。

 だが、炎は小さい。手で払えば、それだけで消えてしまうほどに。

 _____だが、何度手ではたこうとも、小さな火は消えなかった。それどころか、ゆっくりと毛に燃え広がっていき、点ほどだった炎が、指先ほどの大きさに広がっている。


「おい、なんだこれは⁉︎これが……ファイアマンの炎なのか⁉︎」


 アンベアーは慌てて腕を、近くにあった水たまりに押し当てた。だが水をかけても、炎は止まらない。それどころか、炎の熱によって水たまりの水をブクブクと沸騰させていった。


「あ、熱い!なんだこれ……!俺の毛皮は、耐火性を備えているんだぞ!なんで……なんで、燃え広がっていくんだよ!」


 指先程度の大きさの炎は、たちまち手のひらほどの大きさに。そして手のひらほどの炎は、たちまち腕全体へと燃え広がっていく。炎の強さも、火花が付着した程度のものから、今や油を注がれたかのような大きさまで燃え盛っている。

 炎は体の表面を焼いていくだけでなく、着ぐるみと結合したアンベアーの人間の体の部分にまで浸透していく。水に浸けても消えることのない炎が_____ついに、アンベアーの人間の体にまで浸透した。


「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」


 焼かれる痛み。肉体が灰になる痛み。細胞が焦げ、身体の水分が奪われていき、神経を直接焼かれる痛みがアンベアーを襲う。

 腕の一部のみを焼かれているだけでも、正気を保てないほどの激痛。それが、ファイアマンのもたらした炎の効果だった。


「痛い痛い痛いいいいい!おい、消せ!早くこの炎を消せええええええ!」


 狂乱状態に陥ったアンベアーは狂乱のままにファイアマンへと突進していく。瓦礫の中から姿を現したファイアマンは、相変わらずその身の半分を白い炎で覆っていた。

 ファイアマンは突進してくるアンベアーを、今度は右手に白い炎を凝縮させて迎え撃つ。接触の瞬間、白い炎が右手と共にアンベアーの全身を焼き尽くした。

 大爆発が起きたのではないかと思うほどに燃え盛った巨大な白炎。それは夜の渋谷をほんの一瞬、日差しが差したのではないかと思うほどに、白く染め上げた。

 光と炎が収まった時、発火した場所に一人の男が崩れ落ちた。

 外身に着けていた熊の着ぐるみを炎によって消滅させられた、アンベアーの中にいた人物。その体は炎に晒されることなく、人肌の姿を保ったままだった。だが皮膚の表面は高温に晒されたことによって、軽度の火傷を負っていた。目立つ外傷はないが、急激な体温の上昇によって熱中症を引き起こしたのだと思われた。放っておいても、すぐに命に別状はない。


「……化け物め……!」


 耐久力をウリにしていたアンベアーの毛皮の装甲すら一瞬で焼き尽くす火力。そして、人体の部分に影響を与えずに無力化した繊細な炎のコントロール。どちらを取っても、その身に纏われた白い炎が極めて危険であることは自明だった。


「死なないけど……死ぬほど痛いぞ」


 それが間接的な降伏勧告であることを、ソームは理解している。

 アンベアーが脱落した今、近接戦に対応できるのはハイドロしかいない。炎への耐性を考えれば、真っ先にソームを倒したのち、ハイドロと一対一に持ち込むのが最も賢明な戦い方となる。


「くそっ……!」


 こうなった以上、ソームにできることは、逃げることしかない。棘を地面へと打ち込み土煙をあげ、視界を遮ったところでビルの影を目指す。

 だが、もはやソームの棘は意味を成さなくなっている。白い炎の前では、棘は一瞬にして燃やし尽くされてしまうのだ。棘を雨霰と発射しても、白い炎の前では一瞬にして焼き消えてしまう。


「逃げるなら……燃やすしかなくなるぞ」

「クソッ!おいハイドロ、手伝え!」

「あぐああああああああ!」


 ソームが呼ぶのと同時に、ハイドロが凄まじい速度で割り込んできた。濃縮したヘドロをいくつも射出しながら、アンベアーをも上回るほどに向上した身体能力でファイアマンを殴りつける。

 だが、白い炎の前では全てが無意味。『ヘドロブラスト』も炎に遮られ、破壊力ごと一瞬で焼き尽くされる。

 そして、炎への潜在的な恐怖すらないままに繰り出された拳は、白い炎によって止められた。


「わっ……あああ、ああつつついいいいいいいいいいい!」


 アンベアーが倒されたことを見てもその原因を理解することができないあたり、ハイドロの知能はヴィランになることに伴って著しく低下したようだ。アンベアーとソームの二人をも上回るヴィランとしての高い能力は、知能を犠牲にしてしまったらしい。


(ヘドロの部分だけを……焼き尽くす!)


 ファイアマンは、アンベアーを倒した時と同じように、人体の部分を巻き込まないような繊細なコントロールを行う。

 だが_____その必要はなかった。何しろ、濃密なヘドロの中には何もなかったためだ。


(コイツ……そうか。既に、手遅れだったのか)


 アンベアーのような変形型、ハイドロのような異形型のヴィランは、人体と何かが融合することによって発生する。ハイドロの場合は、東京を流れる河川に沈殿した沈殿物質ヘドロと人体が融合したタイプだろう。

 このようなタイプのヴィランは、当然ながら人体ではない部分が多ければ多いほど強力になる。そしてその分、人体の部分は侵食され、次第に人としての原型を留めなくなるのだ。

 高い実力、低下した知能。そして、ヘドロの中には既に見つからなくなってしまった人体。これが意味するのは_____ハイドロの中にいた人物が既に、融合したヘドロに食われて養分として使われてしまったという、残酷な事実のみ。

 そしてそのヘドロには、ファイアマンの白い炎が既に付着している。人体の部分が無い以上、もうハイドロは全身を焼き尽くされる以外に選択肢がなくなった。


「……ごめん。でもこのままじゃ、お前も……お前の中にいた人も、苦しいはずだ」


 ファイアマンの脳裏に、助けることができなかったヴィランたちの姿が浮かぶ。

 機械に取り込まれて自我を失い、出力されたプログラムのままに破壊を振り撒くことしかできなくなったヴィラン。

 植物と融合したものの、全身に種子を植え付けられ、身体中に根が広がっていくことの激痛を訴えながら暴走したヴィラン。

 砂と融合し、少しづつ人体が砂となって溶け、最終的には生物の原型を留めない怪物と成り果てたヴィラン。

 彼らはもはや、その命を断つことでしか救うことができなかった。死に際に言葉を交わすことなどほとんど出来ず、意思疎通もできぬまま死んだ者がほとんどだ。

 選択肢が他にあったんじゃないかと、いつも考える。それでも_____こうしなければ、ファイアマンの背中を見ているたくさんの人をも傷つけてしまうから、殺した。炎で、敵を焼き尽くした。

 今回も、いつもと変わらない、無情な命のやりとりに過ぎない。

 _____ファイアマンの右腕が、人体の形を模したハイドロの胴体の真ん中を貫いた。


「おあぁぁぁっ……がぅぁ」

「……じゃあな」


 その身を貫いた白炎が、内側から一瞬でハイドロの全身を焼き尽くした。

 焼かれたヘドロは爆散し、ファイアマンの右腕は何にも触れなくなった。

 これで残るは、タジタジになりながら逃亡を試みるソームのみ。それで、この渋谷を襲った悪人祭りディスターバンスは終わる。東京の人々の平穏な生活は取り戻される。


 _____ガチャリ。

 人が瓦礫を踏み崩す音が聞こえた。思わずその方向に目を向ける。


「……ルウカ?」


 そこには、いてはならない人影が。


「ファイアマン……」





__________





「くそっ……くそっ!」

 

 ソームは、ファイアマンが何かに気を取られているのを見て逃げ出した。既にビルの影に入っているので、そう簡単には見つからない。

 外に出ても警察の包囲網があるので、なんとかして下水道を通っていくしかない。路地裏にあるマンホールを棘でこじ開けようと近づき_____突如、伸ばされた手が三発の弾丸に貫かれた。


「ぐあっ!」

「逃走行為、敵対行為、偽証行為。どれか一つにでも当てはまれば、すぐに撃つ」


 路地裏から現れた人物、リセリアの銃口が躊躇なくソームに向けられる。警告をする前に撃たれた三発によって、ソームの両手はぐちゃぐちゃに破壊されている。


「痛い痛い痛い!よくも、よくも私の手を……」

「黙れ」

 

 威嚇用にもう六発、今度はソームに当たるか当たらないかのギリギリのところで、弾丸は地面を穿った。地面に開いた小さな穴が自分にできていたのでは無いかという恐怖は、威嚇としてかなりの効果がある。


「棘の生成速度、そして射出しても操ることができる能力は脅威。でも、棘の一本一本は弾丸一発で簡単に折れる程度のものだから、銃火器でしっかりと武装した相手には弱い、ってね。私の分析、間違ってる?」


 ファイアマンとの戦いの様子を遠目に観察した上で、ソーム相手であれば銃を武装するだけで十分だと判断したリセリア。夜の闇の中で、その碧眼は妖しい魔物の目に見えたことだろう。


「……こ、この卑怯者め!ここは日本だぞ!銃を使ったらどうなるのか、分かってるのか!」

「……?いや、街をこれだけ荒らしておいて、今更私にどうこう言える立場なの?」

「クソガキがぁぁぁっ!ふざけやがって……殺してやる!」


 銃火器を苦手にするという自信の状況を弁えず、ソームは棘を生成してリセリアに向ける。だがリセリアは警告を無視した相手に躊躇することはなく、すかさずその体に十数発の弾丸を一瞬で撃ち込んだ。

 弱った状態で生成された棘は弾丸によってパキパキと歯切れのいい音と共に砕け、ソームの体は全身を穴を開ける結果となった。間違いなく致命傷であり、リセリアの銃の威力を加味すれば助かる可能性は0に近い。


「……人をナメるな。怒らせた敵が自分を殺すのは、一秒先かもしれないんだから」


 ドサリと倒れたソームからは、ドクドクと血が溢れ出す。残酷な行いだが、こうしていなければ死んでいたのはリセリアである。それに、もしかすると関係のない一般市民が殺されていた可能性もある。リセリアは、そう割り切っていた。

 このまま事件が解決すれば、ソームの死体は警察が勝手に処理してくれるだろう。ソームの体に残った弾丸で身元が割れることはないため、そのまま目も暮れずにリセリアはその場を立ち去ろうとした。


 _____だが、その体に突如炎が灯ったのを見て、立ち去るのをやめた。


(炎……⁉︎)


 ソームは、ファイアマンの白炎による攻撃を受けていない。もし受けていたら、歩くことすらままならなかったはずだ。だというのに、死んだ瞬間に突如として炎が灯った。

 炎は血が溢れる傷口に灯っている。最初は小粒程度の大きさだった炎は、まるで流れ出た血を燃料にしているかのように、全身に次々に飛び火していく。

 やがて全身を炎が覆い、開かれた口と目が炎によって炭と化したその瞬間_____ソームの死体から巨大な火柱が上がった。急激な発火によって爆発が起き、路地裏は荒れ狂う炎によって埋め尽くされた。





__________





 人を惹きつけたいのであれば、徹底した隠し事が必要である。「何を見せるか」ではなく「何を見せないか」に着目しなければ、人の目に留まる仕事はできない。

 なぜなら、人を惹きつける綺麗事の裏には必ず、目を背けたくなる闇が、綺麗事の何倍もあるから。

 ヒーローになるのであれば、それは当然のこと。人々が考えているよりもずっと幼い少年であることも、人々が考えているよりもずっと弱いことも……そして、人々が思っているよりも遥かに残酷なことをしていることも、隠し通さなければならない。

 そうでなければ、人々に笑顔を与えられない。嫌なことを、残酷なことを必死に覆い隠すのも、ヒーローとして大事な仕事だ。


 _____だが、それは時に、ふとしたきっかけでボロが出る。当然のことだ。ファイアマンとて、所詮は炎堂至ルという一人の人間でしかないのだから。

 この瞬間が、いつか来ることは分かっていた。だが、それがまさか_____彼女になるとは。


「…………」


 ファイアマン_____至ルには、ルウカが驚愕によって思考が固まっているように見えた。見られたくない場面を見せてしまったのは事実だが_____今は別に言わなければならないことがある。


「……何をしている、ルウカ。絶対に来るなと……絶対に来るなと、言っただろ!」


 これでもかと声を張り上げ、本気の怒声を浴びせる。


「周囲の状況が見えないのか⁉︎石ころが飛んでくるだけでも死ぬかもしれないんだぞ⁉︎興味本位の行動で、愚かなことをするんじゃない!ああもう、本当に!馬鹿なのか、お前は⁉︎」


 ルウカがこれまでの人生で浴びたことのない、正真正銘の本気の怒り。その怒りは、身に纏った炎をさらに激しく燃え盛らせた。大声だけでなく、憤怒に染まった表情、怒りに応じて猛る炎の熱、様々なものが焼け焦げる匂い_____ありとあらゆる感覚から、至ルの怒りがルウカに届いた。


「……ご、ごめんなさい。私、私……」


 思わぬ怒りに怯えたためか、ルウカは涙目になり、少しづつ後ろに下がっていってしまった。至ルもそれを見て怒りすぎたかと焦ったが_____少し考えて、それで構わないと判断した。


「あぐっ……うっ……」


 ルウカがいる方向とは反対の方向から、一人の男がノロノロと歩いてきた。振り返ると、それはアンベアーの中にいた男だった。火傷と熱中症によって気を失っていたはずだが、まさかこんなにも早く目を覚ますとは。


(……おかしいな。この炎を受けたら、最低でも三日は目覚めないはずだぞ……?)


 白い炎は、普段使っているファイアマンの輝く炎とは性質からして根本的に異なる。そして、それがタフネスさによって防げるような代物ではないことを、至ルは数々の経験から学んでいるが_____男はその炎を受けても尚、息を切らしながらこちらに歩いてくる。


「はぁ……ははっ。やっぱすげーな、ファイアマン……!」

「……どうやって回復した?まともなやり方であの炎は防げないはずだ……!」


 男はよろめきながらも、正気を保ったままでいる。白い炎をその身に受けた代償としては、それはあまりにも軽い。


「ははっ、なーに、簡単さ。俺たちはファイアマンを倒すために集まったヴィランだぜ?ファイアマンの対策くらい、するに決まってんだろ!」

「対策……?」

「ああそうさ!何せ、ただのヴィランじゃ到底かなわねぇからな。強い炎には_____それを上回るくらい、強い炎が必要だってな!」


 着ぐるみを燃やし尽くされてもなお、男は闘争心をむき出しにしている。既に変形型のヴィランではなくなり、その能力は普通の人間となんら変わらないはずだ。

 だが_____その手から自然と炎が上がったのを見て、至ルは考えを変えた。


「炎……⁉︎お前、一体……⁉︎」

「ゲハハハハッ!!ファイアマンに対抗する力をよぉ!」


 男は今、明らかに自分の意思でその手に炎を宿した。それはつまり、男は何らかの超常能力を使って炎を使うことができるということに他ならない。


「ルウカ、逃げろ!」


 ルウカも危機を意識したようで、後ずさって後ろに逃げていく。だが、急にその足が止まった。

 そしてそれを、至ルが咎めることはなかった。

 何せ_____男は自分で発火しながら、自身の肉体をも燃やしていたからだ。


「えっ、あっ、えぇっ?熱い、熱い……アチチチチチチチチ!」


 男が真っ先に炎を出した手は既に炭化しており、指先がボロボロと崩れていっている。炎は既に全身に転移しており、髪の毛の先端に至るまで炎が灯っていた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア■■■■■■■■!!!」


 誰もいなくなった夜の渋谷に、男の絶叫が響き渡る。喉は焼け爛れ、声はもはや生命を宿さない無意味な音と化した。

 その絶叫とほぼ同じタイミングで_____少し離れた場所で、大きな爆発音が鳴った。音の方向には、空に打ち上げられた火柱が見える。


「あの方向は……ソームが……!」


 至ルはファイアマンとして戦ってきたからこそ、目の前にある炎がどんな性質を持っているか、一目で正しく分析することができる。

 だからこそ_____遠くで上がった炎と、今目の前で燃え盛り、男の体を焼き尽くしていく炎が、ということに気づいた。


「なんで……ソームには俺の炎は付いていないはずだ。それにコイツは……自分の手で、俺の炎と全く同じ炎を出してみせた……」


 炎の性質を見極められないルウカも、目の前で尋常ならざることが起きていることには気づいていた。自分が出した炎に焼かれて死ぬ様を見せつけられ、衝撃を受けるなという方が無理である。


「何……が……起こって……」

「うわ、臭っ!」


 突如として現れた声に、至ルとルウカは思わず目を見張る。声の主は、ハチ公前広場から交差点に向かって歩いてきた。見た目はパーカーを着た男であり、特に目立った特徴はない。強いていうなら、この現状と明らかに噛み合っていない口調が特徴だろうか。


「人が燃えるとこんな匂いするんだね……こうやって匂いを嗅ぐのは、意外と初めてか」

「誰だアンタ。危ないぞ」


 至ルが警告をするものの、男はそれを聞いていないかのように、今も尚燃えているアンベアーだった男に近づいた。


「それにしても……良くないよな。こんなに街をめちゃくちゃにしちまって……困る人が大勢出てくるだろーが。バカどもが」


 パーカーの男はそう言うと_____無造作に、その手で燃えている男に触れた。


「ちょっと……⁉︎」

「何してる⁉︎死にたいのか⁉︎」


 至ルが急いで止めに入ろうとする。だが男を引き離そうとした瞬間_____その男の顔に灯った、悍ましいほどに冷たい表情が目に入った。

 その表情を認識すると同時に、想定外の衝撃が至ルの顔を打つ。触れられそうになった男の拳が、至ルの頬にのめり込んだ。

 不意打ちを食らった至ルは、ルウカが立っている場所まで吹き飛ばされる。


「ぬがっ……」

「だ、大丈夫ですか⁉︎」


 いきなり殴られたことにも当然驚いたが_____それ以上に、男の脅威的な膂力に至ルの頭は混乱する。その膂力は、まるで凶暴化したヴィランに匹敵するものであったのだ。


「ふん、まぁまぁの成長だな。やはり種火は、宿った人間すら糧にすることができるっぽいな」

「お前……ヴィランか。そいつらの仲間なのか?」

「……仲間ぁ?冗談でしょ。俺、ヴィランとか大っ嫌いだよ?」


 男は、死にゆく男から取り出した炎を手に取り、まるで自分のものであるかのように操っていた。手に取った炎でその手が焼かれることはなく_____まるでファイアマンのように、炎を操っている。


(あの炎……間違いなく、ファイアマンの炎だ。なのになんで……コイツはそれを、操れているんだ⁉︎)


 ファイアマンの炎は、ファイアマン以外の者では使うことができない。ファイアマンの炎は不滅の炎であり、例え雨風に晒されても尽きることはない。炎を聖火を運ぶトーチにでも移せば、たちまちトーチごと鋳溶かしてしまう。

 その炎を受けてなお、男は平然としていた。さらには拾い上げた炎を収め、まるで自分のものにするかのように炎を握った。

 

「えーっと……あったあった。良かった、まだ燃えてるね」


 男は既に灰となったアンベアー蹴飛ばし、散らばっていたハイドロの残骸に触れた。残骸は白い炎によって焼き尽くされた後に僅かに残っていた断片に過ぎない。だがほんの僅かではあるものの_____白い炎が、今も宿っていた。

 触れれば、一瞬にして命を刈り取る炎。男は躊躇いなくそれに触れ_____そして同じように、その炎をまるで自分のものかのように手中に収めた。


「よし。これで_____ファイアマンの炎も、回収できた」

「お前……一体何者だ?」


 炎に照らされた男の表情は_____ニタリと歪んでいた。

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